神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【第2部】第1章 高校生と新生活

第55話 女の子と女子高生

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「この前話した高校の文化祭の時の話ですけど、神木くん、その時、女の子に声をかけたの、覚えてますか?」

「……」

 珍しく真面目な顔をした大河を前に、飛鳥は黙りこくる。彼の言う文化祭とは、おそらく彼が自分に一目惚れをしたと言っていた、あの三年半前の桜聖高校の文化祭のことだろう。

「俺、あの日、たまたま友人に連れられて桜聖高の文化祭にいったんですけど、その時、小学生くらいの女の子が、一人でいるのをたまたま見かけたんです」


◇◇◇


 それは、3年半前の11月──
 
 当時、高校2年生だった大河は、桜聖高校の文化祭に友人と共に訪れていた。

 そして、それは丁度お昼頃だったと思う。昼食を手にし、高校の廊下を友人と二人で歩いていた大河の横を、3~4年生くらいの女の子が一人で通りすぎた。

 だが、その女の子を気にかける人なんて誰もいなかった。泣いていたわけでもないし、困っているような素振りもなかったから……

 でも、その時──

「どうしたの?」

 その子の目線に合わせるようにわざわざ座り込んで、たった一人だけ声をかけた人がいた。

 だが大河は、なぜその人が女の子に声をかけたのか、それすらもよくわからなかった。

 でもその後その人は、女の子と少しだけ話して、またにっこりと笑うと、それをみた女の子は急に涙目になって、その時はじめて大河は「女の子は困っていたんだ」と気づいたのだった。

 今にも泣きだしそうな女の子をなだめながら優しく笑い手を引いていった姿がスゴく印象的で「素敵だなー」と素直に思って、まさに「一目惚れ」だった。

 だが、そのあと、数年ぶりに隆臣と再会した大河は、その人が「神木 飛鳥」というだと言うことを聞いて、とてつもない衝撃を受けることになったのだが……


◇◇◇


「俺、あのときの神木君みて、マジで感動したんです! あーやって、人の些細な変化とか気持ちに気づけて寄り添える人って、すごいなーと思って……俺、こんなだから、人の気持ちとか察するのチョー苦手で、逆に困らせたり、傷つけちゃったりして……だから、神木くんと一緒にいたら、俺でもそういうの、少しは分かるようになるかなって…っ」

「……」

 大河のその顔は、素直に飛鳥を尊敬している、そんな表情をしていた。飛鳥はその話を聞いて、少しだけ隆臣がいっていたことの意味がわかったような気がした。

(確かに、悪いやつではないのかもね……)

 少し熱くてウザったいタイプではあるが、とても素直な人だと思った。

 そうと思うと、飛鳥は少しだけ申し訳ない気持ちになり大河から視線をそらす。

「あーでも、あの時の姿の神木くんマジで可愛かったです!!」

「!?」

 だが、感傷に浸る間もなく、立て続けに降ってきた大河の言葉に、飛鳥は顔を顰めた。

(あぁ、そうだった。俺あの時、女装してたんだった。え、俺そんな格好で、そんな目立つことしてたの!?)

 そう、実はあの時の男女逆転劇。飛鳥はクラスメイトからの要望で、を着て舞台に立つことになったのだが、女の子を見つけたのは、まさにその劇を終え、教室に移動する途中の話だった。

「あの時の女装姿、すっっごく似合ってました!! 足長いし綺麗だし、髪も下ろしててサラサラだったし! なんかもう、醸し出す雰囲気が女の子でしかなくて!! 絶対あの時の子もだと思ってますよ! 男だなんて、詐欺ですよ、詐欺!」

「あの、ごめん。今すぐ忘れて……っ」

もう、穴があったら今すぐ入りたい。

「ていうか、話戻りますけど! 俺は神木くんの中身に惚れてファンになったんですよ! 決して外見だけじゃありませんし、見た目につられてホイホイ惚れるような軽い男じゃありませんから! あ…でも、俺自身はあんまり取り柄とかないんで、神木くんには、本当迷惑な話かも知れないんですけど…」

 捲し立てるように飛鳥に詰め寄ったかと思えば、大河はその後、自分を卑下するような言葉を放つ。

 ──取り柄がない。

 その言葉を聞いて、飛鳥はきょとんと目を丸くすると

「そんなことないと思うよ?」

「──え?」

「そうやって他人の良いところ見つけられて、それを素直に素敵だって思えるのは、とても素晴らしいことだと思うよ。立派な「取り柄」なんじゃない?」

 そういうと、飛鳥は大河を見つめて、再びにっこりと笑った。

 すると大河は、その言葉に酷く胸を打たれたらしい──

「ああああぁぁぁぁ神木くん!! やばい、泣きそう!! てか、今の笑顔なに!? 俺に?俺にだよね!! あああ写真撮りたい!! 後世に残したい!!」

「ねぇ、それホントなんとかならない?」

 ひどく感銘を受けたようで、頭を抱え叫び声をあげる大河。飛鳥はそれを見て、再び残念な気持ちになる。

 この熱心な信者っぷりさえなければ、彼のことも少しは受け入れられただろうのに…




「あ。しまった。俺バイトいかなきゃ!」

 だが、やっと我に返ったのか、大河は時計の時刻を見て再び声をあげた。

「あ。バイトしてるんだ?」

「はい。俺、今一人暮らししてるんですけど、実は実家が母子家庭で。だから、せめて自分の生活費くらいは、自分で稼ごうと思って! コンビニとか遊園地とか、色々と掛け持ちしてるんで、なんかあったら言ってください!それじゃ、俺もういきますから。神木くんも気をつけてー!!」

 そういうと、大河はブンブン手を降りながら、足早に走り去っていった。

 去っていく大河を見つめ、飛鳥も買い出しがあったことを思い出すと、その後大学をでて商店街を目指す。

 すると、商店街を目指す道中、再び大河ことを思いだし、飛鳥は目を細めた。

(一人暮らしか……なんか、意外だったな。チャラついてるように見えて、ちゃんと地に足つけて頑張ってるんだ)

 大河のその姿は、飛鳥の胸を微かにざわつかせた。

 彼はしっかりと自立しているように見えた。進むべき道を見据えて、確実に、前に進もうとしているように…

 それに比べて自分は、未だあの家から出る勇気すらない。

 たとえ年齢が大人になっても、環境も中身も、まるで変わっていない。

 いや、無理にでも変えたいのなら、方法はいくらでもあるはずなのに、いくら理屈ではわかっていても「感情」が邪魔をする。


(このままでは、いけないんだろうけど──…)

 華と蓮は今、大人になろうと、もがいてる。ならば二人が成長する前に、この厄介な「感情」を、なんとかしなくてはならないのに

あの頃の幼い自分が、それを強く拒絶して、まるで雲をつかむように、その先のイメージが全くできない。




「はぁ……」

 飛鳥は、その足取りを一旦止めると、そのままゆっくりと空を見上げた。

 深いため息が、まるで体を巡るようにその思考や心に暗い影を落とすと、出口のない迷路をさ迷っているかのような、そんなとてつもない「不安」が波になって押し寄せてくる。

だが──



「……はは、なに考えてんだろ。俺らしくもない…っ」

 飛鳥はそんな自分を振り払うように小さく自責の言葉を紡ぐと、再び前を見据えて歩き始めた。



 決して考えないように
 決して開けないように

 飛鳥はその感情に気づきながらも、再び「蓋」をする。

 まるで幼い頃のあの「記憶」を


 思い出したくないとばかりに──…




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