お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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エピローグ

ヤマユリの花言葉

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「俺と、結婚してくれますか?」

 その真剣な眼差しに、結月は息を呑んだ。

 答えは、もう決まっているのに、レオの瞳は、どこか不安げに揺れていた。

 でも、レオが不安になるのも、仕方ないことかもしれない。

 結月は、ずっと、お嬢様として生きてきた。

 そして、そのお嬢様が、これからになる。

 だけど、結月は、それを望んでいた。
 普通の女の子として、好きな人と生きる人生を──

「ねぇ、レオ。私の幼い頃の夢を覚えてる? 私ね、夢がたくさんあったの。でも、叶わないことばかりだったわ。屋敷の中の世界しか知らなくて、自由なんてほとんどなくて……でも、そんな私を、レオが救ってくれたの」

 ふわりと優しい笑みを浮かべ、結月は、レオを見つめ、穏やかに話し始める。

 その慈愛に満ちた表情は、まるで女神のように神々しく、お嬢様としての品格は、全く衰えていないことを垣間見る。

 こんな田舎町に移り住んでも、結月は、何も変わらない。

 培ってきた気品は、決してなくならず、これからも結月は、美しく魅力的な女性であり続けるのだろう。

 すると、結月もレオが言ったように、同じ言葉を返してきた。

「救われたのは、私の方よ。あの時、レオに出会っていなかったら、私はずっと死んだように生きていたわ」

 心が死んだ状態は、果たして、生きていると言えるのだろうか?

 例え、煌びやかで裕福な生活をしていても、一緒に食事をする相手すらいない人生は、幸せなのだろうか?

「私の方こそ、ありがとう。レオのおかげで、私は、今たまらなく幸せよ。それに、プロポーズなら8年前にもされたわ。ヤマユリの花と一緒に。私はあの時、レオに全てを捧げたの。誓いの言葉を言って──」

 空っぽの箱を手にしたレオの手に、結月は、自身の左手を重ね合わせる。

 キラキラと光り輝く指輪は、結月の薬指で、幸せを象徴するように煌めいていた。

 そして、その指輪を見つめながら思い出したのは、8年前のことだった。

 まだ幼い、あの頃、自分たちは、ひっそりと誓いを立てた。二人だけの教会で、ヤマユリの花を手にした結月とレオは、こうして『箱』に手を重ね合わせながら、愛を誓いあった。


  病めるときも
  健やかなる時も

  喜びの時も
  悲しみの時も

  常に相手を敬い慈しみ

  死が二人をわかつまで
  愛し抜くことを誓いますか?


  そして、そんな幼い日の誓いを思い返し、結月は、改めてレオに返事を贈る。

「あの時の気持ちに、今も変わりはありません。私は、あなたと一緒に、この人生を楽しみたい」

 それは、結月の好きなヤマユリの花言葉だった。

 ──人生の楽しみ

 そんな温かな意味を持つヤマユリは、いつしか二人の思い出の花になった。

 すると、結月は、再びレオを見つめ、花のような笑顔を浮かべた。

「私は、五十嵐 レオを愛しています。だから、私を、あなたのお嫁さんにしてください」

 そう言って、ハッキリと結婚の意志を伝えれば、レオは、喜びを噛み締めるように、温かな笑みを浮かべた。

 長い年月、ずっと、この時を待ちわびてきた。
 愛する人と『家族』になる、その時を──

 すると二人は、どちらともなく身を寄せあい、口付けを交わす。

 幼い頃と同じように、箱に手を重ねたまま、まるで、約束を封じ込めるような優しいキスをする。

 それは、とろけるように甘く、夢の中のようにふわりと揺蕩たゆたう。

 だが、決して夢ではない。
 幸福感が満たすこの世界は、すべて現実だった。

 なにより、幼い頃のプロポーズは、キスの後に『別れ』がやってきた。

 でも、このキスの後に、二人が引き裂かれる事は、もうない。

 だって、二人は、もう、お嬢様でも、執事でもないのだから──


「っ……」

 その後、なごりおしくも唇を離せば、二人は、どちらともなく笑いあった。

 幸せそうに笑う結月に、レオの心は深く満たされる。すると、レオは、更に幸福な報告を続けた。

「あの二人は、会社を変える気になったらしいよ」

「え? あの二人って、まさか、お父様とお母様?」

「うん。さっき、ルイと電話で話してきた。結月がいなくなって、かなり動揺していたらしい。でも、神隠しの件も含め、手も足も出せないってわかったみたいで、会社を改善し、俺たちを探すつもりもないと……結月の思い、しっかり、あの二人に届いたよ」

「……っ」

 その言葉に、結月は、また涙目になった。

「ほんと? 本当に、お父様たちが……っ」

「あぁ、それに、探す気がないなら、もう隠れ住む必要もなくなった。俺も復讐はしなかったし、ルイたちとの縁を切る必要もない。また、春になったら、みんなで会いに来ると言ってたよ」

「……っ」

 その報告に、結月は、胸がいっぱいになった。

 夢を叶えるために、捨てなければならないものがあった。

 でも、失う覚悟でいたものを、もう会えないと別れを惜しんだ者たちを、失わずにすんだ。

「凄いわ、レオ!」
「わっ!」

 すると、感極まった結月は、レオに飛びついた。

 突然のことに、二人一緒に畳の上に倒れ込むと、結月は、レオの上に覆いかぶさりながら、また微笑む。

「レオは、まるで魔法使いね。私の願いを、全部叶えてくれた」

 喜びに歓喜する結月は、涙ながらにそう言って、レオは、優しく結月の髪を撫でた。
 
 結月は、いつも凄いと褒めてくれるけど、本当に凄いのは、結月の方だ。

 復讐を果たそうと目論むの執事も、会社で苦しむ社員たちも、そして、あの劣悪な親ですら、全て変えてしまったのだから──

「全部、結月のおかげだよ。それに、やっと、終わったんだ。やっと、俺たちは家族になれる」

 ほっと息をつき、レオがそう言えば、結月は同調するように微笑み

「うん、これからは、ずっと一緒よ」

「あぁ、幸せになろう」
 
 微笑み、また目を閉じると、二人はキスをする。
 日に何度と口付けても、飽きる気がしなかった。

 だが、そこに──

「にゃー」

 と、ルナの声がして、結月とレオはハッとする。

「あ、そうだったわ。私、ルナちゃんに、ご飯をあげようと思ってたの」

「そうだったのか。じゃぁ、みんなで朝食にしよう」

「た、私も手伝うわ! それに、ルナちゃんにご飯もあげてみたい!」

「そうか……わかったよ。じゃぁ、ルナのご飯は、結月にお願いしようかな」

 どうやら、ルナと打ち解けようと、張り切っているらしい。気合い十分といった結月に、レオは頬を緩めた。

 だが、そこに──

「じゃぁ、缶を開けるを教えて!」

「ん? なんの話?」

 だが、その後、耳を疑うような猫缶の開け方を聞いて、これは想像以上に楽しい日常が始まりそうだと、レオは、しばらく笑いが止まらなかったとか。
 
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