285 / 289
エピローグ
流涕
しおりを挟む「ただいまー」
レオが戻って来たのは、それから数分後のことだった。ルイと話をするために、家を空けたのは、せいぜい15分ほど。
冷え込む寒空の下、足早に結月が待つ家に戻ってきたレオは、静かに玄関の扉を開けた。
装飾に凝った玄関には、熟練の職人が掘ったのか、美しい百合の花が描かれていた。
こんなにも立派な家を譲り受けてよかったのかと心配になるほど、古風で悠然とした武家屋敷だ。
そして、中に入れば、そこは、外とは比べ物にならないくらい温かかった。
しかし、帰宅すれば、結月が出迎えてくれるかと思ったが、残念ながら予想派はずれてしまったらしい。
「にゃー」
「ただいま、ルナ」
出迎えたのはルナだけで、レオは、可愛い愛猫を抱き上げると、そのまま頬に擦り寄せ、帰宅の挨拶をする。
その後、ルナを抱いたまま、レオは、奥へと進んだ。
台所を確認しながら、一直線にむかったのは、さっきまで、結月と一緒に眠っていた和室だ。
渋い焦茶色の廊下をすすむ、鯉が描かれた襖を開ければ、中に結月がいた。
だが、和室の中で座り込む結月を見た瞬間、レオは目を見開いた。
なぜなら、一人で留守番をさせていた結月が、大粒の涙を流しながら泣いていたから──
「ゆ、結月?」
その瞬間、レオは、あからさまに狼狽えた。
なんで、泣いてるんだ?
俺が、置き去りにしたから?
たった一人で、留守番をさせたから?
「ごめん、結月!」
そう言って、すぐさま結月の元に駆け寄ったレオは、慌てて、流涕《りゅうてい》する結月を、きつく抱きしめた。
身体は、まだ温まりきらず、冷たい手が結月の全身を包む。
外に言っていた時間は、ほんの15分ほど。
だが、結月はその15分ですら、不安でたまらなかったのかもしれない。レオは、結月を抱きしめながら、何度も謝った。
「ごめん、一人にして。結月が、こんなに怖がるなんて思わなくて」
ここに連れてきて早々、泣かせてしまうなんて。
レオは、自分の不甲斐なさを憂《うれ》いた。
執事として、ずっと傍に仕えてきた。
結月のことは、なんでも把握していた。
だから、これまでの経験から、好奇心旺盛な結月なら、留守番を怖がることはなく、逆に楽しみそうだと思っていた。
なにより寒空の下、連れ出すよりは、ルナと一緒に留守番の方がいいと思っていたのに、どうやら、それは間違いだったらしい。
これでは、執事失格だ。
いや、結月の恋人として、こんなに不甲斐ないことはない。
「ごめん。次は、絶対に一人にはしないから」
優しく髪を撫でながら、子供をあやすように、レオが声をかける。すると、結月は
「ち、ちがうの……私、留守番が怖くて……泣いてたわけじゃなくて……っ」
「え?」
すると、予想とは違う返答が、返ってきて、レオは困惑する。
留守番が原因でないなら、なんだと言うのか?
レオは、抱きしめていた手を緩め、結月と目を合わせた。
「じゃぁ、何があったんだ?」
「……っ」
更に問いかければ、結月は、更に涙ぐんだ。
よほど、辛いことがあったのかもしれない。
溢れる涙は、レオが抱きしめても止まることはなかった。
「結月、どうしたんだ? 一体、なんで泣いてるんだ?」
「っ……あのね、レオ……怒らないで聞いてくれる? うんん、怒ってもいいわ……怒ってもいいから……私のお願いを……聞いてほしいの」
「お願い?」
頬を涙で濡らす結月は、酷く神妙な面持ちをしていて、レオは小さく息を呑んだ。
一体、何があったのか、本気でわからない。
まるでこの世の終わりかとでも言うように、泣き続ける結月に、レオの胸は、苦しさでいっぱいになる。
結月の頼みだったら、何だって叶えてやる。
これまでだって、そうだった。
なにより、こんなにも愛しい人を。
やっと手に入れた最愛の人を、怒れるわけがない。
「怒らないよ。結月の願いなら、なんでも叶えてあげる。俺に何をして欲しいの?」
濡れた瞳に視線を合わせ、レオは当然の如く、お願いを聞く。
そのレオの瞳は、慈愛に満ちた温かな色をしていた。
結月は、その瞳を見て、また涙を流し、レオに謝った。
「レオ、ごめんなさい……私、もう一度……あの屋敷に戻りたいの」
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる