284 / 289
エピローグ
ルナと結月
しおりを挟むレオを待つ間、結月は、和室の中でルナと戯れていた。あのあと、着替えた結月は、たった一人で、お留守番をしている。
もちろん、ルナはいるため、1人とは言い難いが、やはり初めての体験には、ドキドキするものだった。
だって、これまでは名家のお嬢様だったのだ。
屋敷の中には、いつもたくさんの使用人がいたし、生まれてこの方、一人で留守番をすることなど一度もない。
だが、その初めての経験は、少しだけ成長できたような、喜びと刺激を与えてくれる。
(レオは、いつ帰ってくるかしら?)
こうして、好きな人に帰りを待つのが、こんなにも待ち遠しいとは。
そして、それは、さながら、夫の帰りを待つ奥さんのような?
「あ、そうだわ、ルナちゃん。レオのために、朝ごはんを作っておくのは、どうかしら?」
すると、はっと思いついた結月は、花のような笑顔を浮かべた。
料理は、簡単なものなら、屋敷にいる時に、富樫に習った。だから、一人でもできるだろうと、結月は、和室から出て、キッチンに向かう。
廊下を進み、キッチンにつくと、結月は、ぐるりと辺りを見回した。キッチンというよりは、台所と言った方がいいかもしれない、和風で趣のあるその場所は、まさに庶民の世界だった。
「えーと、お鍋はどこかしら? それとも、具材が先かしら?」
すると、結月は、奥に鎮座する冷蔵庫を見つめた。
屋敷の冷蔵庫とは、全く違う、こじんまりとした冷蔵庫だ。
(これが、家庭用の冷蔵庫なのね?)
なんて、可愛らしいのかしら?
そんなことを思いながら、結月は、扉を開け、朝食になりそうな材料を探す。
だが、そこに──
「にゃーーん!」
と、ルナが、まとわりついてきた。
結月の足元に擦り寄るルナは、にゃーにゃー!と、声をあげていて、それはまるで、何かをねだるようで
「もしかして、お腹がすいてるの?」
冷蔵庫を開けたから、なにか貰えると思ったのだろうか?
そう思った結月は、先にルナにご飯をあげようと、料理探しを中断し、猫缶を探しはじめた。
「えーと、ルナのご飯は……?」
中腰になり、引き出しや戸棚の中を探す。すると、それからしばらくして、猫のイラストが乗った缶が見つかった。
「あ、きっとこれね!」
「にゃーん」
どうやらこの缶で正解らしい。
ルナもよく知ってるのか、しっぽを振りながら、早く早くとせがんでくる。
すると結月は、早速、食べさせてあげようと、ルナ用のお椀を床に置き、蓋を開けようと試みる。
だが──
「あれ? これ、どうやって開けるのかしら?」
手に収まるほどの筒状の缶には、蓋がついていなかった。
ちなみに、この猫缶、缶切りを使わなければ、あけられない。だが、残念なことに、名家のお嬢様である結月は、缶切りの存在すらよく知らなかった!
──コンコン!
とりあえず、叩いてみる。
だが、うんともすんとも言わないため
──フルフル。
と、次に縦に横にと振ってみた。
だが、なにもしても缶は開かない。
(どうして? ピクリともしないわ。もしかして、呪文でも、唱えるのかしら??)
なにか特殊な呪文でもあるのだろうか?
開けゴマ!とか、そんな感じの?
「んにゃー!」
「きゃ!」
すると、ルナが待ちきれない!とばかりに、結月に飛びかかってきた。
「ニャー!!」
「ちょ、ちょっと待って、ルナちゃん!?」
缶に肉球を押し当てるルナを見て、結月は、困り果てた。早く何とかしなければ!!
「ちょっと待っててね! すぐ本で調べてくるわ!」
すると、猫缶をテーブルの上に置いた結月は、元いた和室に戻る。
あろうことか、結月は、本の中に猫缶の開け方が載ってると思っていた。
そして、部屋に戻ると、机の上に置いていたトランクを開けた。
実は、すぐに取り出せるよう、トランクの中に忍ばせていたのだ!『猫の飼い方』と書かれた、この本を!
(これを読めば、きっと猫缶の開け方も……)
もちろん、載ってない。
缶の開け方に缶切りをつかうのは、常識でもある。
だが、結月は、ルナのために、必死に缶詰の開け方を探した。しかし、どれだけ探しても載っているはずがなく
「ど、どうして? えっと、缶の開け方は……っ」
おかしい!
なぜ、猫の飼い方の本に、缶の開け方が載ってないのか!?
これでは、ルナにご飯をあげられないではないか!!
「あ、そうだわ。なにか、開けられそうな道具は持ってなかったかしら?」
すると、結月は、本で調べるのを諦めたのか、トランクの中を再び見つめた。
とにかく、缶をあけるための道具を探そう。
そう思った結月は、あたふたと荷物の中を探る。
だが、その瞬間、ふと気づいた。
「あれ?」
そう言えば、トランクの中に入れはずのものが、見当たらない。
そう、ここに来てから『箱』を目にしていないのだ。
結月とレオが大切にしていた、あの──空っぽの箱を。
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる