お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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エピローグ

ルナと結月

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 レオを待つ間、結月は、和室の中でルナと戯れていた。あのあと、着替えた結月は、たった一人で、お留守番をしている。

 もちろん、ルナはいるため、1人とは言い難いが、やはり初めての体験には、ドキドキするものだった。

 だって、これまでは名家のお嬢様だったのだ。

 屋敷の中には、いつもたくさんの使用人がいたし、生まれてこの方、一人で留守番をすることなど一度もない。

 だが、その初めての経験は、少しだけ成長できたような、喜びと刺激を与えてくれる。

(レオは、いつ帰ってくるかしら?)

 こうして、好きな人に帰りを待つのが、こんなにも待ち遠しいとは。

 そして、それは、さながら、夫の帰りを待つ奥さんのような?

「あ、そうだわ、ルナちゃん。レオのために、朝ごはんを作っておくのは、どうかしら?」

  すると、はっと思いついた結月は、花のような笑顔を浮かべた。

 料理は、簡単なものなら、屋敷にいる時に、富樫に習った。だから、一人でもできるだろうと、結月は、和室から出て、キッチンに向かう。

 廊下を進み、キッチンにつくと、結月は、ぐるりと辺りを見回した。キッチンというよりは、台所と言った方がいいかもしれない、和風で趣のあるその場所は、まさに庶民の世界だった。

「えーと、お鍋はどこかしら? それとも、具材が先かしら?」

 すると、結月は、奥に鎮座する冷蔵庫を見つめた。
 屋敷の冷蔵庫とは、全く違う、こじんまりとした冷蔵庫だ。

(これが、家庭用の冷蔵庫なのね?)

 なんて、可愛らしいのかしら?
 そんなことを思いながら、結月は、扉を開け、朝食になりそうな材料を探す。

 だが、そこに──

「にゃーーん!」

 と、ルナが、まとわりついてきた。

 結月の足元に擦り寄るルナは、にゃーにゃー!と、声をあげていて、それはまるで、何かをねだるようで

「もしかして、お腹がすいてるの?」

 冷蔵庫を開けたから、なにか貰えると思ったのだろうか?

 そう思った結月は、先にルナにご飯をあげようと、料理探しを中断し、猫缶を探しはじめた。

「えーと、ルナのご飯は……?」

 中腰になり、引き出しや戸棚の中を探す。すると、それからしばらくして、猫のイラストが乗った缶が見つかった。

「あ、きっとこれね!」
「にゃーん」
 
 どうやらこの缶で正解らしい。
 ルナもよく知ってるのか、しっぽを振りながら、早く早くとせがんでくる。

 すると結月は、早速、食べさせてあげようと、ルナ用のお椀を床に置き、蓋を開けようと試みる。

 だが──

「あれ? これ、どうやって開けるのかしら?」

 手に収まるほどの筒状の缶には、蓋がついていなかった。
 ちなみに、この猫缶、を使わなければ、あけられない。だが、残念なことに、名家のお嬢様である結月は、缶切りの存在すらよく知らなかった!

 ──コンコン!
 
 とりあえず、叩いてみる。
 だが、うんともすんとも言わないため

 ──フルフル。

 と、次に縦に横にと振ってみた。
 だが、なにもしても缶は開かない。

(どうして? ピクリともしないわ。もしかして、呪文でも、唱えるのかしら??)

 なにか特殊な呪文でもあるのだろうか?
 開けゴマ!とか、そんな感じの?

「んにゃー!」
「きゃ!」

 すると、ルナが待ちきれない!とばかりに、結月に飛びかかってきた。

「ニャー!!」

「ちょ、ちょっと待って、ルナちゃん!?」

 缶に肉球を押し当てるルナを見て、結月は、困り果てた。早く何とかしなければ!!

「ちょっと待っててね! すぐ調べてくるわ!」

 すると、猫缶をテーブルの上に置いた結月は、元いた和室に戻る。

 あろうことか、結月は、猫缶の開け方が載ってると思っていた。

 そして、部屋に戻ると、机の上に置いていたトランクを開けた。

 実は、すぐに取り出せるよう、トランクの中に忍ばせていたのだ!『猫の飼い方』と書かれた、この本を!
 
(これを読めば、きっと猫缶の開け方も……)
 
 もちろん、載ってない。
 缶の開け方に缶切りをつかうのは、常識でもある。

 だが、結月は、ルナのために、必死に缶詰の開け方を探した。しかし、どれだけ探しても載っているはずがなく

「ど、どうして? えっと、缶の開け方は……っ」
 
 おかしい!
 なぜ、猫の飼い方の本に、缶の開け方が載ってないのか!?

 これでは、ルナにご飯をあげられないではないか!!

「あ、そうだわ。なにか、開けられそうな道具は持ってなかったかしら?」

 すると、結月は、本で調べるのを諦めたのか、トランクの中を再び見つめた。

 とにかく、缶をあけるための道具を探そう。
 そう思った結月は、あたふたと荷物の中を探る。

 だが、その瞬間、ふと気づいた。

「あれ?」

 そう言えば、トランクの中に入れはずのものが、見当たらない。

 そう、ここに来てから『箱』を目にしていないのだ。

 結月とレオが大切にしていた、あの──空っぽの箱を。


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