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エピローグ
親友
しおりを挟む『レオが執事を辞めたなら、僕の役目も、これで終わりかな?』
しんみりと、哀愁をこめた言葉は、受話器ごしに静かに響いた。
それは、3枚目の10円玉を入れた直後。通話は、まだ継続できるはずなのに、最後と言われると無性に胸が苦しくなる。
なにより、レオはルイに話したことがあった。
結月を奪ったあとは、あの町の繋がりを全て断ち切って、二人だけで暮らしていく。
だから、ルイとの縁も、それまでだろうと──
『この電話が、レオとの最後になるんじゃないかって思ってたんた。寂しくなるけど、元気でね?』
すると、ルイが、改めて別れの挨拶して、レオは、申し訳なさそうに苦笑した。
「その事なんだが……お前との縁は、まだ切る訳にはいかなくなった」
『え?』
「結月、5年後に、一度だけ阿須加家に戻るつもりでいるんだ。遺産放棄の手続きをするために……でも、その条件は、職場の環境が改善されたと確認できたらで。つまり、あの親たちが、真面目に職場改善に務めているかどうか、これまでどおり探偵役として、俺に報告を入れて欲しい」
『…………』
その予想外の言葉に、ルイは目を丸くする。
理解するのに、軽く時間がかかった。
確かに、盗聴していた時、あの親たちもそんな話をしていたが……
『ちょ、ちょっと待って! 話、違くない!? 今までの、しんみりとした空気は、なんだったの!?』
「仕方ないだろ。復讐者である俺との縁なんて、ない方がいいと思ってたんだ。でも、俺は結局、復讐はしなかったし、アイツらも心を改めたみたいだし、なにより、俺たちを探し出すつもりがないなら、逃げ隠れする必要もない。だから、ルイとの縁も、切る必要がなくなったんだ』
『……っ』
レオの言葉に、ルイは言葉を詰まらせた。
それは、感極まったのか、はたまた、気が抜けたのか?
『な、なにそれ。そんなのアリ? 僕は、てっきり……だいたい、それなら、そうと言っといてよ』
「悪かった。でも、この電話で親の動向を確認するまで、なんとも言えなかったんだ下手に期待を持たせて、やっぱり、サヨナラでしたって言うのもアレだしな」
『まぁ、そうだけど……ていうか、僕、探偵じゃないよ。たまにモデルやってる、翻訳家! それなのに、なんで3つも掛けもつことになってんの?!』
「お前、探偵としても、なかなか優秀だと思うぞ」
『嬉しくない。全く嬉しくない! ていうか、僕は僕で、レオの尻に敷かれてる気がする』
酷く脱力したような、それでいて、どこか喜んでいるよう、そんな声が、電話口から零れた。
だが、ここで終わるかもしれないと思っていた親友との関係が、この先も続く。
そう思うと、二人の口元は、自然と笑みを浮かべていた。
『そっか……じゃぁ、まだレオの友達でいられるんだね』
「あぁ」
真冬の電話ボックスは、酷く冷えていた。
だが、心が温かいからか、不思議と寒さは気にならなかった。
『あ、そうだ。昨日、冬弥くんが、うちに来たよ』
すると、ルイが思い出したように、昨日、やってきた客人の話をした。
冬弥くんとは、あの餅津木 冬弥のことだろう。
「あぁ、アイツ、もう家を出てきたのか? 早かったな」
『うん、阿須加家が婚約破棄の話をしに来た時に、色々、爆発して、親に絶縁状を叩きつけてきたんだって。今、僕に横で、話したそうにしてるけど、かわる?』
「別にいい」
『おい! 俺は、お前に言いたいことがあるんだよ!!』
すると、ルイから受話器をもぎとったのか、酷く荒ぶった冬弥の声が聞こえてきた。
その声は、ルイの美声とは対照的で、ひどく耳障りな声だ。
「なんだよ」
『お待っ、態度、悪すぎんだろ!?』
「あいにく俺はもう執事じゃないんでね。君に敬語を使う必要も、様付けする必要もないんだよ」
『はぁ!? 様つけろ、様! つーか、言っとくけどな、俺が餅津木家に謀反を起こさなきゃ、お前ら終わってたからな! 今頃、餅津木家の総力を持って探し出されて、結月、連れ戻されてたぞ!』
「そうなのか? それは感謝する。でも、俺の彼女を呼び捨てで呼ばないでくれるかな。様付けろ、様」
『なんで、俺が、結月のことを様づけで呼ばきゃならねーんだよ! お前、本当にムカつくやつだな!!』
キーキーと煩い声が聞こえて、レオはしかめっ面で、受話器から耳を離した。
むかつくのは、こっちも同じだ。
結月に、散々酷いことをしておいて。
だが、二人の険悪な雰囲気を察したのか『冬弥くん、変わって』なんていいながら、ルイがまた受話器を取り返した。
『冬弥くんは「結月ちゃんを幸せにしなかったら許さないよ!」って言いたいみたい』
「そうだろうとは、思った」
『まぁ、餅津木家も阿須加家から手を引いたみたいだし、結月ちゃんは、完全に自由だよ。それと、冬弥くんは、しばらく、うちで預かることにしたから、安心していいよ』
「そうか、世話をかけるな」
『ホント、このボンボン、結月ちゃんに負けないくらいのお坊ちゃんでさ。生活能力、皆無だったよ。だから、しばらく居候させて、家事とか料理とか覚えさせようかなって。このまま放り出したら、野垂れ死にそうだし』
「……お前、本当に面倒見がいいよな」
相変わらず、人たらしな上に、厄介者をすぐに抱え込む。そのせいで、昔からルイには、苦労させられたものだった。
しかし、自分もまた、その厄介者の一人で、ルイに助けられてきた者の一人なのだろう。
『じゃぁ、またねレオ。結月ちゃん、今、一人で留守番してるんじゃないの?』
すると、ルイがまた話しかけてきて
「あぁ、はじめてのお留守番に、四苦八苦してるだろうな」
『あはは、じゃぁ、早く帰ってあげなきゃね。それと、春になったら、逢いに行くよ、みんなで』
みんな──その言葉に、レオは目を細めた。
思い出すのは、自分たちのために、必死に手を尽くしてくれた、仲間たちの姿だった。
「あぁ、歓迎する」
柔らかく微笑むと、レオは、その喜びを噛み締める。
復讐を果たさなかったおかげで、大切な人たちとの繋がりを切らずにすんだ。
そして、これも全て、結月が、俺を止めてくれたから。
なにより、このことを結月に報告すれば、どれほど喜ぶだろう?
今から、それが、たまらなく楽しみだった。
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