お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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エピローグ

破壊と再生

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 レオと結月の新しい住居は、古くとも趣のある武家屋敷だった。

 斎藤の妻の実家は、そこそこ名家だったのかもしれない。塀で囲まれた庭付きの一軒家は、二人と一匹が暮らすには十分すぎるくらいの広さがあり、とても立派な家だった。

 そして、その屋敷からでたレオは、穏やかな田舎道を見渡しながら歩いていく。

 朝が早いからか、世間は、まだ静かだった。
 
 山々には、雪化粧がかかり、空を見上げれば、透き通るような青空が広がっていて、これまでは都会の雑踏の中にいたからか、空が、やけに広く見えた。

 なにより、一月二日のその空は、とても美しく晴れやかだった。これは、心情面の変化があったからというのもあるのかもしれない。

 今は、とても穏やかで、開放的な気分だ。


 ──ガチャ。

 その後、5分ほど歩くと、レオは、電話ボックスをみつけ、その中に入った。

 人が一人はいれるくらいの箱型のボックス。

 全面ガラス張りのその中には、緑色の公衆電話が鎮座していて、レオは、財布から10円玉を取り出すと、それを十数枚、電話機の上に積み重ねた。

 ガチャッと受話器を取れば、慣れた手つきで番号を押した。すると、発信音が鳴って、しばらくしたあと

『はい。ルノアールですが』

 と、青年の声が聞こえてきた。

 ルノアールは、フランスの姓だ。そして、レオが電話をかけた相手は、古くからの友人である──ルイだった。

「ルイ。俺だ」

『あー、レオか。そっちはどう? 荷物は、もう片付いた?』

「あぁ、あらかた片付いた。みんなが掃除をしたり、荷物を運びこんでくれてたおかげで、楽なものだったよ」

『そっか。それは良かった。新しい家は気に入った? なかなか広くて快適でしょ? 部屋数も多いし、庭もついてるし。まぁ、お嬢様の屋敷に比べたら、小さいだろうけど』

「あの屋敷と比べるな。それより、阿須加家の方は、どうなった?」

 すると、レオの声がワントーン下がった。

 その真剣なもの言いに、ルイの雰囲気も、陽気さが抜け、真面目なものに変わる。

 ルイは、レオと結月を送り届けたあと、すぐに星ケ峯の町に戻り、阿須加家の動向を見張った。

 夕方になり、結月の両親が慌てて屋敷に入って行ったのを確認したルイは、変装をし、黒髪の日本人に成りすまし、予めレオが用意していた盗聴器を使い、中の会話を盗み聞きした。

 そして、レオは、今まさに、その成果を確認しようと電話をしてきたわけだ。

『結月ちゃんの両親、そうとう困惑してたよ』

「それは、そうだろうな。娘が、神隠しにあったとなれば」

『まぁね。特に父親の方は、激怒したり落ち込んだり、ひどいものだったよ。結月ちゃんの好きな人が、レオだってのも気づいたみたいだし……でも、流石に、手も足も出せないって理解したみたい。レオと結月ちゃんのことは探さず、会社を改善するつもりでいるよ』

「そうか……」
 
 その後、ルイから詳しい話を聞くと、レオは、ほっと息をついた。

 あの二人が結月の手紙を読んだ後、どのような行動に出るかは、やはり蓋を開けてみないと分からなかった。

 もしかしたら、こちらの要望など無視し、死に物狂いで、探しに来るかもしれない。

 そうなれば、しばらく、隠れ住むことになるだろうし、また、別の策を考えなければなない。

 だが、その心配はなくなったらしい。

「結月の言葉は、あいつらに届いただろうか?」

『多分ね。僕が聞いた感じだと、そんな感じがしたかな。でも、レオから聞いてた話とは、ちょっと違ってさ。なんで、手紙の内容に、会社の改善なんて項目が増えてるの? レオは、阿須加家に、潰すつもりだったんじゃないの?』

「………」

 ルイの質問に、レオは、軽く目を伏せた。
 確かに、その件に関しては、ルイには話せていなかったから。

「すまない。土壇場で計画が変更になったんだ」

『変更?』

「あぁ、結月に言われたんだよ。『復讐なんてさせない』って」

 レオは、数日前のことを思い起こす。

 ルイに、父親のことを、結月にも話せといわれた日、レオは、これまで話せずにいた事を、全て結月に打ち明けようとした。

 だが、結月は、全部知っていた。

 父が、阿須加家のホテルで働いていたことも。
 亡くなったことも。

 そしてレオが、最初は復讐のために、結月に近づいたことも。

 だけど、それを全部、理解した上で、結月は自分を愛してくれた。

 そして、言われたのだ。
 復讐なんて、絶対にさせない──と。

「結月は、復讐を果たしたあとの俺を、すごく心配してた。阿須加家を潰せば、それによって巻き込まれる人たちが、どうしても出てくる。罪のない人たちを犠牲にしてしまったら、俺が心を病むんじゃないかって……だから、復讐するんじゃなくて、阿須加家を変えてくれって」

 復讐をして阿須加家を潰すのではなく、過酷な労働を強いられ、レオのお父様のように苦しんでいる人のたちを救ってほしいと、結月は、あの一族を変えることを求めた。

 破壊ではなく、再生を望んだ。

『へー、だから、復讐が救済に変わってたんだ。でも、全く聞いてなかったから、最初は両親が、なんの話しをしてるのか、よくわからなかったよ』

「それは、すまなかった」

『うんん。おかげで、僕もほっとしたから』

「ほっとした?」

『うん。僕もレオに、復讐はして欲しくなかったから』

 そのルイの声は、酷く安心したように、柔らかな音を奏でた。

 もしかしたら、長いこと心配をかけていたのかもしれない。
 
 一番の味方であり、ずっと、見守ってきてくれた親友。でも、復讐をすることに関しては、あまり賛同していなかったのかもしれない。
 
 思い返せば、迷い悩みながら進む自分の話を、いつも傍で聞いて、時には、道を踏み外さないように諌めてくれていた気がした。

「ありがとう、ルイ。お前には、たくさん助けられた」

 自分は本当に、良き友人を持ったと思った。

 だから、改めて、お礼を言った。
 心からの感謝の気持ちを込めて──

 するとルイは、どこか擽ったそうに

『お礼をいわれるようなことは、特にしてないよ。僕が好きでやったことだし。それに、僕には、レオの復讐をとめることはできなかったしね。その点、やっぱり結月ちゃんは凄いね。言ったとおりだったでしょ? 結月ちゃんは、レオを"守れる人だよ"って』

「あれって、そう言う意味だったのか?」

 そういえば、父のことを、結月に話そうと決心したのも、ルイに言われたからだった。

 ルイは、初めから、結月に賭けていたのだろうか?
 友人が、復讐者にならないように──

『しかし、やっぱりレオは、結月ちゃんに弱いなー。お嬢様に逆らえないのは、執事そのものだよ。案外、尻に敷かれそう』

「は? なんだって?」

『だって、結月ちゃんのために執事になるほどなんだよ。レオって、好きな子に尽くしまくるタイプだよね。だから、なんだかんだ世話焼いてそうだし、お願いされたら断れなさそう』

「…………」

 ズバズバと、歯に衣を着せぬ物言いに、レオは黙り込んだ。

 確かに、結月に弱いのは認める。
 だって、あんなに可愛いのだから──

『それよりさ、もう執事はやめちゃうの? あんなに頑張って、執事のスキル会得したのに、ちょっと勿体ないよね。レオの天職だったかもしれないのに』

「仮にそうだとしても、俺が仕えるのは、結月だけだ」

『はいはい。だから、尻に敷かれるって言ってんの』

「な……っ」

『ふふ。まぁ、良かったね。阿須加家の弱みはしっかりにぎってるし、親が改心して会社を変える気になってるなら、隠れ住む必要もない。そして、レオが執事を辞めたなら、僕の役目も、これでかな?』

 すると、ルイが切なげな声を発した。
 それは、最後の別れがきたと言わんばかりだった。
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