お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
277 / 289
最終章 箱と哀愁のベルスーズ

潔白と懺悔

しおりを挟む

「追い出したかった理由は、お嬢様が、ですか?」

「……っ」

 その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃を受けた。
 戸狩の言葉が、上手く飲み込めず、美結は、ただただ狼狽する。

「な、何を言って……っ」

「私の母は、生前、メイドとして奥様のお傍で仕えておりました。口数が多く、とてもお節介な人で、私とは、あまり似ておりません。ですが、メイドとしては、とても優秀て誠実な人だったと思います。奥様のことや阿須加家のことを、家族の誰にも話す事はありませんでしたから。でも、そんな母が父と共に亡くなった時に、私は、母の遺品の中から、信じられないものを見つけたんです」

「信じられないもの?」

「はい。DNAの鑑定書です」

「……!」

 その言葉に、一気に場の空気が重くなった。

 心拍は徐々にあがり、美結は、身動きひとつできず、戸狩の話を聞き続ける。

「それを見つけた時は、とてもショックでした。母は、私が父の子供であるかどうかを、疑っていたのかと。母には父以外にも、そのような関係の男性がいたのかと……だけど、同時に疑問も抱きました。私は、父にそっくりだったんです。わざわざDNA鑑定をするまでもなく、私が父の子であるのは一目瞭然でした。なら、この鑑定書は、一体誰のものなのだろうか?と」

 戸狩の言葉は、普段と変わらず淡々としていた。
 だけど、その声を聞く度に、美結の背筋からは冷や汗が流れ落ちた。

 そして、思い出したのは、戸狩の母親のことだった。

 10年前に美結の仕えていた、戸狩とがり 夏子なつこのこと──

「もしかしたら母は、誰かの代わりに、これを調べたのではないかと思いました。その証拠に、この鑑定書は、母の仕事用のカバンから出てきたんです。なら、母に依頼した人物は、阿須加家の屋敷にいる誰か……でも、使用人の中には、それらしい人物はおりませんでした。なら、やっぱり母の物なのかもしれない。そう思って、今日まで過ごして参りました。でも、先程の奥様の発言を聞いて、もしかしたらと思ったんです」

 戸狩は、美結の前まで来ると、メイド服のポケットから、封筒を取り出した。

 少し年季の入ったその封筒には、病院の名前が記してあった。そして戸狩は、その封筒を美結の前に差しだすと

「これを、母に命じたのは、奥様ではありませんか? この鑑定書は、お嬢様と旦那様の親子関係を精査したものではありませんか?」

「……っ」

 一気に呼吸ができなくなった。

 そこにあるのは、紛れもなく鑑定書で、それと同時に、美結は、戸狩 夏子の言葉を思い出す。

『私が調べます。私が奥様の代わりに、旦那様とお嬢様のDNAを採取します。そして、私の名前で検査にだせば、奥様が調べたなんて、誰にも気づかれません』

 戸狩は、美結の代わりに調べようとしていた。
 美結が、不貞を働いたと疑われないように。

 でも、美結は断った。
 断定するのが、怖かったから……っ

 だけど、戸狩は、秘密裏に調べていたのだろうか?
 私たち親子の為に……?

「奥様。本当は、お嬢様を嫌ってはいたわけではないのではありませんか? でも、お嬢様が旦那様の子ではないと思い、その将来を案じて、阿須加家の柵から解き放とうとしてらっしゃったのでは?」
 
「違う、違うわ……ちが……私は……頼んで……ない……っ」

 だけど、美結は、とっさにその言葉を否定していた。

 実際に、頼んではいなかった。
 それは、戸狩 夏子が勝手にやったことだから。

 だが、美結が、聞きたくないとばかりに耳を塞ぎ否定すると、戸狩は、美結の前にあった封筒を、再び手に取ると

「そうですか……では、やはり、この書類は母ものなのかもしれません。私の母は、不貞を犯すような人だったのですね……申し訳ございませんでした。私の勝手な憶測で、奥様の名誉を傷つけてしまいました。処分なら、どんなことでもお受けします。この鑑定書も、これを機に処分」

「ま、待って! 戸狩は……あなたのお母さんは、そんなことしないわ!!」

 瞬間、美結は、慌てて立ち上がると、封筒を手にした戸狩の手を掴んだ。

「違うの……! 戸狩は、あなたのことも夫のことも、とても大切にしていたわ! だから、絶対に不貞なんて犯すような人じゃない! これは……これ、は……私が……頼んだの……不貞を……犯したのは……私よ…っ」

 途切れ途切れに呟く声は、酷く震えていた。

 だけど、戸狩の潔白だけは、絶対に晴らしておきたかった。

 自分のせいで、不貞を犯した人間だと勘違いされたくなかった。

 なにより、この子は、10年もの間、母の不貞を疑い続けてきたのだろうか?

 自分の母親が、そんな人間ではないと信じたいがために、今まで阿須加家に仕えできたのだろうか?

 でも、答えの出ない年月は、どんなに辛かったことだろう。

「ごめん、なさい……あなたたちまで、巻き込んで……っ」

 戸狩の手を握りしめ、美結は、涙を流した。

 今思えば、どれだけの人が、自分のせいで不幸になっただろう。

  たった一度、過ちを犯した、あの日から、不幸は次から次へと舞い込んだ。

 もし、あの時、私が道を踏みはずなければ、こんなことにはならなかったのだろうか?

「ごめんなさい、ごめん……なさい……っ」

 その後、美結は、何度も謝った。

 10年分の──いや、18年分の懺悔をこめて、戸狩に謝罪する。だが戸狩は、特に怒りもせず、手にした封書を見つめて
 
「そうですか……では、私の母は、これを奥様に届ける前に亡くなってしまったのですね。では、いかがなさいますか?」

「え?」

「この封筒の中身を……旦那様とお嬢様が、親子であるかどうか。そのを、ご覧になりますか?」
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...