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最終章 箱と哀愁のベルスーズ
憶測と真実
しおりを挟む「奥様、ひざ掛けと、お飲み物をお持ちしました」
部屋に入って来た戸狩は、無駄一つない動作で、美結の前まで来ると、ひざ掛けを差し出し、その後、紅茶を入れ始めた。
そのせいか、冷え込んだ空間が、ほんの少しだけ、暖かくなった気がした。
だが、もう深夜で、いつまでも拘束しているわけにはいかないと、美結は、すぐさま追い払った。
「ありがとう、もう下がっていいわよ」
「そういうわけには参りません。奥様が、お休みになられるまで、お供いたします」
だけど、律儀に頭を下げた戸狩は、美結の指示を断った。
相変わらず、優秀な子だ。
でも、今は一人になりたかった。
「いいから下がりなさい。一人で考えたいこともあるのよ」
そう言って、再度、突き放せば、戸狩は、淹れたての紅茶を差し出しながら
「落ち込んでらっしゃるのですか?」
「え?」
その突然の問いかけに、美結は困惑する。
それが何をさしているのかは、すぐにわかった。
きっと、結月の事だろう。
だって、自分たちは、娘に捨てられたのだから……
「何を言ってるの。落ち込んでるわけないでしょ。私は、あの子が嫌いだったのよ。いなくなってくれて、せいせいしたわ」
だが、それでも気丈に振舞い、美結は、普段通りの奥様を貫いた。
娘と同じ名前の猫を撫でながら、忌み嫌うように娘のことを口にする。すると戸狩は
「そうですか……私は、奥様にお仕えして、もう10年になりますが、未だに奥様のことを、理解できていないようです」
「そう。あなたも大変ね。こんな気まぐれで、わがままな奥様に付き合わされて。うちに来たこと後悔してるんじゃない?」
「いいえ。両親を亡くした時、奥様が、私を阿須加家のメイドとして雇ってくださった時のことは、深く感謝しております。ですが、あの時の事があったからか、ずっと疑問に思っていることがありました」
「疑問?」
「はい。奥様には、私や相原など、身寄りのない子や、家出した娘を雇ってくださるような心優しい一面もでございます。ですが、お嬢様にだけは、その優しさを、一欠片も、お見せすことがありませんでした。だから私は、奥様は、本気でお嬢様の事が、お嫌いなのだと思っていたのです。でも、それは間違いだったのかもしれません」
「……何を言ってるの?」
「ですから、奥様は、あえて、お嬢様に冷たく接してらっしゃったのではないかと」
「………」
その言葉に、白猫を撫でていた手が、ピタリととまる。
そして、何もかも見透されているような言動に、平静はあっさり崩れさる。
「な、何言ってるのよ、そんなわけないでしょ。なんで、わざわざ、そんなことする必要があるの!?」
「では、何が終わったのですか?」
「え?」
「先程、仰っておりました『やっと、終わった』と」
「……っ」
確かに、言った。
それは、無意識に盛れた本心の言葉だった。
だけど、まさか、あれを聞かれていたなんて……
「あれは……っ」
「奥様、これは、私の憶測でございますが……終わったのは、お嬢様が出ていったからですか? 奥様は、口では嫌い嫌いと言いながら、時折、お嬢様を守るような言動をされることがございました。今日だって、旦那様が、お嬢様を探し出そうとするのを、必死に阻止してるようにも見えました。奥様は、本当は、お嬢様を追い出たかったのではありませんか? わざわざ別々の屋敷で暮らし、お嬢様が逃げ出しやすい環境を作り、親に情を抱かせないよう、あえて厳しく接してらっしゃった。そして、追い出したかった理由は──お嬢様が、旦那様の子ではないからですか?」
「……っ」
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