お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

幸福と贖罪

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「どうして……やっと結月が、幸せになれたのに……私は、あの子たちを、引き裂かないといけないの?」

 一般的に、兄妹の恋は、許されないとされていた。

 義理の兄妹ならともかく、血の繋がった兄妹での婚姻は、法律的にも認められていない。

 だから、お嬢様が、執事と結ばれれば、ハッピーエンドでも、それが実の兄となれば、話は変わってくる。

 それに、あの二人は何も知らない。
 何も知らずに、禁忌を犯してる。

 自分たちが、兄妹とも知らずに──

「……ユヅキは、どうしたい?」

 迷いに迷った挙句、美結は、膝の上でくつろぐ白猫に語りかけた。

 もし五十嵐が、兄だと知っていたら、結月は五十嵐を好きになっていただろうか?

 もし、兄妹だと分かっいたら、あの二人の間に愛は芽生えていただろうか?

 しっぽを揺らすユヅキは、美結の膝の上で鳴き声一つあげず、それでも美結は、静かに答えを待った。

 娘が、答えてくれるのを──

 でも、答えてくれるはずなんてなかった。
 この子は、結月ではないから──…

「……やっぱり、引き裂かなきゃダメよね」

 悲しげに笑えば、申し訳なさそうに、ユヅキの背を撫でた。

 なら、もう、とっくに出ていた。
 
 兄妹の恋なんて許されない。
 だから、引き離さなきゃいけない。

 だって、洋介の間には、10年も子供が出来なかった。なら、どうみたって、結月の父親は、望月玲二だ。

 なら、引き裂くしかない。

 どんなに嫌がっても、どんなに泣かれても、二人の恋を認める訳にはいかない。

 だけど、その結月と五十嵐は、完璧な駆け落ちを披露してみせた。

 世間には、神隠しにあったと偽の噂を広め、自分たちの拡散力を見せつけてきた。

 探し出そうとすれば、内部告発をし、阿須加家を訴えると──

 そして、そうすることで、ホテルの内情を改善し、社員たちですら救おうとしていた。

 なんて、賢い子達だろう?

 自分たちの身の安全を確保したうえで、会社まで救おうとするなんて──

 そして、その『命令』のせいで、自分たちには、もう為す術がなかった。

(探し出して引き離すなんて、言語道断だわ。それをすれば、阿須加家が潰される)

 でも、美結自身は、阿須加家なんて、もう、どうでもよかった。

 いっそ潰れてしまえばいい。

 だけど、結月と五十嵐は、それを望んでいなるのだろうか?

 力を持ちながら、あえて手を下さなかったのは、阿須加家が沈むと同時に、沈んでしまう人たちがいるから。

 だから、結月たちは、親を改心させ、一族を変えようと目論んだ。

 だから、自分たちが、今やるべきことは、上に歯向かい、当主としての実権を奪い返し、会社を一新させること。

 でも、だからって、あの二人を見過ごしていいの?
 兄妹かもしれないのに、ほっといていいの?

 美結は、額に手をあて頭を抱えた。
 窓際にいたからか、指先は氷のように冷えていた。

 そして、先とは対象的なことを考える。

 例え兄妹でも、本人たちが幸せなら、それでいいじゃない。

 なにも知らなければ、あえて、引き離す必要はないでしょ?

 もう何が正しくて、何が間違いなのか、よく分からなかった。

 人の幸せは、他人には測れない。

 結月の幸せを決めるのは、結月自身であって、美結ではなかった。

 もし、五十嵐が、自分の兄だとしったら、結月は、何を思うだろう?

 犯してしまった過ちに、苦悩するだろうか?
 それとも、愛を貫くのだろうか?

 答えの出ない問いに、美結は、ひたすら頭を悩ませる。

 結月にとっての幸せは、どれ?

 兄妹でも、五十嵐を選ぶ?
 それとも、兄妹なら、五十嵐を選ばない?

(この秘密を、私が墓場まで持っていけば、何もかもが丸く収まるのかしら?)

 箱の中に閉じ込めて、誰にも打ち明けず、誰にも悟らせず、この秘密を死ぬまで守り抜けば、結月は幸せなままでいられるのだろうか?

 だけど、美結は、もう限界だった。

 秘密を抱え、守り抜いてきた18年間。

 愛しい人を裏切り
 可愛い娘を虐げ続け
 自分らしくあることすら捨てて、悪女を貫いてきた。

 それなのに、まだ続くの?
 
 いつまでたっても、終わらない。
 望みは叶ったのに、心は晴れない。

 秘密はなくなるどころか、増えていくばかりで、心が休まる暇すらない。

 でも、これが、罪を犯した人間の宿命なのだとしたら、もう何も言えなかった。

 絶え間なく続く苦痛を受け入れ、悩み懺悔し、絶望をただひたすら繰り返す事だけが、犯した罪に対する贖罪。

 なら、もう受け入れるしかなかった。

「神様は意地悪ね……娘の幸福を人質にとって、一生、苦しめって言ってるんだから……っ」

 声は、切なく響いた。
 なにもかも、諦めたように。

 もう、希望なんて、どこにもないのだろう。
 この先も苦しみながら生きていくしかない。

 愛しい子を守りたいなら──
 
(もう、箱に夢を見るのは……やめよう)

 その箱に夢を見るのは、やめよう。

 だって、その箱の中には、初めから『希望』なんて入ってなかったのだから──…


 ──コンコンコン!

「……!」

 だけど、その瞬間、扉がなった。
 
 美結が、ゆっくりと部屋に扉に目を向ければ、そこから入ってきたのは、ひざ掛けとティーセットを手にした戸狩だった。
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