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最終章 箱と哀愁のベルスーズ
箱と哀愁のベルスーズ ㉜ ~ 禁断の恋 ~
しおりを挟む「結月は、どこいったんだ!?」
元日。本家の集まりを終え、帰宅した私たちは、本館がもぬけの殻になったことを知って、酷く狼狽えた。
誰が、こんなことを想像できただろう。
屋敷の主人だけではなく、その主人に仕えていた使用人たちもが根こそぎ姿を消し、町の人々は、口々に『神隠しにあった』と噂していた。
そして、それは、見るからに異様な光景だった。
だけど、屋敷の中を進み、結月の部屋に入れば、それが、神隠しでないことは、すぐにわかった。
なぜなら、結月の机の上には『手紙』が置かれていたから。
そして、それは、間違いなく結月の手紙だった。
娘が、両親に宛てて書いた──最後の手紙。
そして、そこには、身を切るような思いが綴られていた。
もう限界だと書かれてあった。
ここを出ていくから、探さないでくれとも。
そして、親を脅すほどの証拠をそろえた上で、会社を変えてほしいとも書かれていた。
私は、洋介が結月を探し回る傍らで、その手紙を立ちつくしながら読んでいた。
娘が、親を捨てて出ていったのだと分かって、無意識に体の力が抜ける。
やっと、望みが叶った。
だけど、決して許してはいけない文面が、そこには書き連ねてあった。
『私には、今、好きな人がいます』
好きな人がいると書かれた、結月の言葉。
そして、その相手が、五十嵐なのは、すぐにわかった。
だって、他に誰がいるだろう。
こんな大がかりなことができるのは、あの執事以外、考えられない。
それに『8年も前から支えてくれた人』そう書かれたいたことで、結月と五十嵐は、8年前から面識があったのだと気付かされる。
確かに、結月は8年前にも『好きな人がいる』と言っていた。
私達に、反抗してまで、餅津木家との結婚を拒んだのは、そこまで、想いを寄せた人がいたから。
だけど、そんな昔から、二人が思いあっていたなんて、考えもしなかった。
じゃぁ、五十嵐が阿須加家にやってきたのは、始めから、結月のためだってこと?
好いた女を救うために、わざわざ執事になってやってきたの?
だから、自分の立場すら顧みず、結月を守ってくれたの?
もし、そうだとしたら、まんまとしてやられたと思った。
結月に全く興味がないフリをしながら、私たちを完璧に欺いていたのだと。
だけど、それは同時に、喜ばしいことでもあった。
こちらから宛がわれたのではなく、結月が自ら恋をし、結ばれた相手。
なにより、そうまでして、結月を救い出そうとしてくれた人がいた。
わざわざ執事になって乗り込んででくるほど、結月を愛してくれる男がいる。
それが、どんなに幸せなことか、わからないわけじゃなかった。
きっと、五十嵐とだったら、結月は幸せになれる。
そう、五十嵐が
結月の『兄』でさえなかったら──…っ
✣✣✣
「───♩」
時は戻り、元日の深夜。
美結は、一人部屋に籠もり、子守唄を歌っていた。
膝の上でくつろぐ白猫の背を撫でながら、優しい優しい声を響かせる。
それは、まるで、我が子を寝かしつけるように。
どこかに消えてしまった娘に。抱きしめたくても、抱きしめられなかった我が子に懺悔でもするように、美結の切なげ唄は、月夜の世界に流れていく。
そして、その唄を奏でながら、美結は、これまでの日々を思い出していた。
洋介と恋をして、阿須加家に嫁いだ。始めの頃はとても幸せで、満ち足りた日々を過ごしていた。
だけど、洋介が当主になってから、世界は一変した。
跡取りを産むことをせがまれ、10年も苦しみ、そして、その苦しみが限界を越えて、不貞を犯してしまった。
名前も知らない男と関係を持ち、夫を裏切り、結月が産まれた。
だけど、それでも結月は、とても可愛いくて、同時に、この子の未来が心配になった。
私達のような人生を歩ませたくない。
阿須加家に縛られ、死んだように生きて欲しくない。
だから、手放す道を選んだ。
いつか、この子が、私たちを捨てて、明るい未来に旅立てるように、心を鬼にして、冷酷な母親になりきった。
そして、その願いが、やっと叶った。
やっと、全てが終わった。
18年にもわたる、長い長い戦いが――
「♪──」
子守唄を歌い終えると、美結は、膝の上でうずくまる白猫を撫でながら、また月を見つめた。
何もかも終わって、望んでいた通りになった。
それなのに、心は全く満たされない。
まるで、ぽっかりと穴でも空いたみたいに──
「やっぱり、箱の底には……絶望しかなかったわね」
まるで、諦めたように囁く。
それは、純粋に疲れていたからかもしれない。
これまでの日々は、なんだったのだろう?
あんなにも苦労してたどりついた先は、更なる不幸の始まりのような場所で、何もかもが、無駄だったようにすら思えた。
「やっぱりあの時、結月を……殺しておけばよかった」
そして、思ったのは、まだ赤子の結月に手をかけた時のこと。
あの日、一思いに殺しておけば、結月は親に虐げられることも『禁断の恋』に堕ちて『禁忌』を犯すこともなかったのかもしれない。
「なんで……次から、次へと……っ」
さすがに疲労し、心は悲鳴をあげていた。
たった一度、過ちを犯しただけで、不幸は、次から次へと押し寄せてくる。
希望を探して、ひたすら足掻いて、それでも、神様は、掴ませてはくれなかった。
それどころか、更に苦しめと言わんばかりに、絶望という試練を与えてくる。
どうして、こんなことになったのだろう?
結月の幸せを願っていた。
心から、愛していた。
決して、この思いが伝わらなくても、愛する我が子が幸せなら、それでいいと思っていた。
それなのに──
「どうして……やっと結月が、幸せになれたのに……私は、あの子たちを、引き裂かないといけないの?」
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