お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ㉘ ~ 望月 ~

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「あれ、くん?」

 その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべたのが『餅津木家』のことだった。

 だけど、なぜ五十嵐がそう呼ばれたのか?

 初めは、何が起こったか分からず静観していると、その女性は、五十嵐にむけて親しそうに話しかけてきた。

「やっぱり、望月君だ! 久しぶり~、私のこと覚えてる? 小学校の時、一緒のクラスだった桂木かつらぎ! びっくりしちゃった~、望月君、中学上がってすぐに外国に行っちゃったから、もう会えないと思ってたのに。まさかこんな所で会えるなんて……!」

 まるで同級生にでもあったみたいに、朗らかに話していた。

 いや、実際に同級生なのだろう。
 五十嵐と、歳頃も変わらなさそうだし、小学生の時も同じクラスだと言っている。

 そして、小学生の話を聞いて、ふと思い出しのは、昔、阿須加家のホテルに『人殺しだ』と言って乗り込んできた男の子のことだった。

 うちのホテルでコンシェルジュとして働いていた従業員の子。

 事故死した──望月もちづき 玲二れいじの息子。

「申し訳ありませんが、どなたかと人違いをなさっているのでは? 私の名前は、"望月"ではなく、"五十嵐"です」

「え!? ウソ!?」

 だけど、五十嵐は、それをハッキリ否定した。
 でも、私の目には、あの時の少年の姿が、五十嵐にしっかり重なっていた。

 目鼻立ちも雰囲気も、あの子に、よく似てる。
 もしかして、五十嵐は、あの時の子?

 でも、もしそうだとしたら、どうして、その五十嵐が、と似てるの?

 五十嵐は、私を救ってくれたあの男と、そっくりだった。

 そして、あの男もまた、自分にそっくりな息子がいると言っていた。

 もう、19年前も話だ。
 彼には、1歳になる息子がいて、とても可愛いと笑っていた。

 でも、もしその息子が、あの時の小学生で、そして、その子が成長していたら、ちょうど五十嵐と同じ年だ。

(まさか……っ)

 違う。そんなはずない。
 頭の中では、必死にそれを否定してた。
 
 だって、五十嵐の両親は、健在だと言っていた。今もフランスにいると──
 
「では、奥様。別邸の方へ」
「……っ」

 再び五十嵐に声をかけられ、私は我に返った。

 あまりのことに思考が追い付かない。
 だから、咄嗟に出た言葉は

「いいわ」

「え?」

「やっぱりいいわ。車は、黒沢に出してもらうから。あなたはここにいなさい」

 あんなにも「車を出せ」と豪語していたのに、私は、あっさりそれを覆していた。

 だって、分からなかった。

 もし、五十嵐が望月玲二の息子だとしたら、五十嵐は、何をしにここに来たの?

 だけど、それと同時に、五十嵐がの息子かもしれないと思ったら、不思議と縋り付きたくもなった。

「……結月は、明日学校があるのよね?」

「え?」

 すると、私は続けざまにそう言っていて、五十嵐は、少し困惑しながら

「はい。明日は月曜日なので、早朝授業もございます」

「そぅ……じゃぁ、明日は休ませてあげて」

「休ませる?」

「えぇ、きっと疲れているでしょうから」

「…………」

 意味深なことをいって「気づいてくれ」と、心の中で訴えた。

 どうか、結月を助けてほしい。

 私のように、怖い思いをしないように。
 未来が絶望で、染まらないように――

「それじゃ、結月は21にいるはずだから、あとのことは頼んだわよ」

 そういって、一方的に結月を託せば、私は黒沢の運転する車に乗り、会場を後にした。


 ✣✣✣


 だけど、その後、別邸に向かう車の中で、私はひたすら考えていた。

 五十嵐と、同じ年くらい女性が「望月」と言って、五十嵐に声をかけていた。そして、その言葉を、五十嵐は人違いだといって否定していたけど……

「──ねぇ、黒沢」
「はい、奥様」

 私は後部座席から、運転する黒沢に声をかけた。

「昔、うちのホテルに、事故死した従業員がいたでしょ。名前は──望月もちづき 玲二れいじ

「はい、確かそんな名前の従業員だったかと……ですが、それが如何いたしました?」

「その男の親類縁者、洗いざらい調べてくれる。ちょっと気になることがあるの」

「気になることですか?」

「えぇ……」

 闇の中を走行する途中、私は、再びあの少年のことを思い出した。

『お前達のこと、絶対に許さないからな!』

 そう言って、私の前に立ちはだかった小学生くらいの男の子。

(まさか、あの子……)

 本当に、五十嵐なの?

 まだ、確証はない。だけど、思いだせば思いだすほど、五十嵐は、あの時の少年に、よく似ていた。

 あの日、私たちを『人殺し』扱いした望月 玲二の息子に──

(嘘よね。どうか違って……っ)

 ただの、他人の空似であってほしい。

 だけど、あの少年の父親が、もしかしたら、私を救ってくれたかもしれない。

 そう漠然と思って、私の瞳からは、無意識に涙が零れ落ちた。

 だって、もし、本当にそうだったとしたら

 彼はもう


 この世には、ということだから──…
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