お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ㉖ ~ 恋心 ~

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「初めまして、五十嵐レオと申します」

 世の中には、似た人間が3人はいると言う。

 だが、その五十嵐という男に会ってみれば、あの男とは、また違う雰囲気があった。

(この子、本当に19歳なの?)

 顔は似ているけど、あの男とは全く違った。

 あの男は、ひたすら優しかった記憶しかないのに、この五十嵐という男は、穏やかな佇《たたず》まいの中に、不思議と鋭さのようなものを感じさる男だった。

 まるで、刃ころび一つしない真剣のような、そんな強かさを視線の奥に感じて、あの男とは、似ていないと思うほどだった。

 でも、常に主人の側に仕え、お嬢様を守らなければならない執事いう役職。なら、そのくらいの鋭さを持ち合わせているのは当然だった。

 なにより、まだ19歳という若さでありながら、その所作には、無駄ひとつなかった。

 まさに、熟練の執事にも劣らない程の身のこなし。それに、話せば話すほど、その優秀さに驚かされた。

 それこそ、あの日、出会ったホテルマンなど、足元にも及ばないくらいに──

「じゃぁ、貴方を正式に阿須加家の執事として採用します。諸々の手続きをすませて、来月から働いてちょうだい。執事服も、メイドに準備させておくわ」

「かしこまりました」

「それと、結月は、この阿須加家の大事な跡取り娘です。なにがなんでも守り抜きなさい」

「はい。深く心得てございます。お嬢様のことは、この命に変えて、お守り致します」

 新しく雇った執事が、美しく頭を下げる。
 私は、それを見て、今度こそはと気合いを入れた。

(そうよ。守って貰わなきゃ困るわ。あなたには、結月を救って貰わなきゃいけないんだから)

 そして私は、羽田の時と同じように、その五十嵐レオという男は、注意深く観察することにした。

 きっと羽田のように、彼も、結月に恋心を抱くようになるだろう。そう思っていた。

 だけど、それから、三ヶ月がたっても、五十嵐は、


 ✣✣✣


「どうして!? 少しくらい意識してもいいでしょ!?」

 五十嵐が、結月の執事になって、三ヶ月ほどがたった頃、私は一人きりの部屋の中で、猫のユヅキに愚痴っていた。

 正直、焦っていたのかもしれない。

 なぜなら、餅津木家との縁談の話が、ついに持ち上がったからだ。

 しかも、その顔合わせは、餅津木家の長男・春馬の誕生日パーティーの中で行われるらしく、そんなことになれば、もう逃れられるはずもなかった。

 なにより、礼儀を弁えているあの結月が、そのような社交場で、前のように『結婚したくない』と、言えるはずもない。

 しかも、洋介は、他にも餅津木家に条件をだしていた。それは『籍を入れるのは、子供を授かってからにする』というもの。

 本来なら、有り得ない条件だけど、これは、私たちに、10年も子供ができなかったせいもあるのかもしれない。

 親族からの誹謗中傷が、洋介自身、トラウマになっているらしく、これに関しては、本気で結月のためになると思っているようだった。

 だけど、このまま縁談の話が進めば、結月は一生、阿須加家から逃げられなくなる。

(早くしなきゃ。このままじゃ、結月が……っ)

 私と同じように、苦しむことになる。
 だからこそ、心を鬼にして、悪女を貫いてきた。

 結月が、心置きなく、親を、阿須加家を捨てられるように。

 だからこそ、五十嵐のように、見た目も中身もよい、優秀な男を側に置いたのに、私の予想するとおりには一切ならなかった。

 なにより、年の近い男女が、常に傍にいれば、恋愛感情の一つや二つ、抱くものだろうと思っていた。

 だから、結月と五十嵐が、恋仲になれば、駆け落ちでもして、この阿須加家から、逃げてくれると思っていた。

 だけど、肝心の五十嵐は、結月のことを、全く女として見てはおらず、あくまでもでしかなかった。

(なんてことなの。優秀だと思って雇ったけど、まさか、ここまで優秀だとは思わなかったわ)

 全く、つけいるスキがない。
 
 だが、本来なら、執事は主人に邪な感情など抱かないし、それが当たり前。

 だけど、ちょっと腑に落ちないのは

「ていうか、うちの子、あんなに可愛いんだから、少しくらい意識しなさいよ!!」

 ネコのユヅキを抱きしめながら、再び、愚痴る。

 だって、あんなに清楚で上品な女の子、そうはいないわよ!?
 
 スタイルだっていいし、声も可愛いし、ピアノもフルートもバイオリンも上手だし、おまけに、優しくて美人!

 それなのに、恋をしないなんて、五十嵐って、どういう趣味してるの!?

 もしかして、とんでもないデブ専なの!?

「執事として、完璧すぎるのも考えものね……っ」

 それに、思うようにいかないのは、五十嵐だけじゃなかった。

 なぜなら、結月だって、五十嵐をとしてしか見ていないようだったから。

(……まさに、完璧なお嬢様と執事ね)

 そんな二人を、くっつけようとするのが、そもそもの間違いなのか、軽くお手上げ状態だった。

 だが、結月のことを思うからこそ、まだ諦める訳にはいかなかった。

(こうなったら、少し強引な手に出るしかないわね)

 見守っているだけじゃ、埒が明かない。

 だから私は、五十嵐が少しでも、結月を意識するよう、できる限り手をつくすことにした。


 ✣✣✣


「五十嵐。あなた結月のって、知ってる?」

「………え?」

 それは、結月にドレスをプレゼントしようと、洋介から言われた、あとの話だった。

 餅津木家のパーティーに着ていくドレスを新調させようと言われていて、私は、五十嵐を呼び止めた。

 本来なら、仕立て屋を呼び寄せるところだけど、それですら、上手く利用しようとした。

 すると五十嵐も、スリーサイズなどといわれ、珍しく驚いているようだった。

 でも、身体のサイズの話をすれば、少しくらい意識すると思った。

 だって、スリーサイズよ?

 今、結月の体を、少しは想像したでしょ?
 胸のサイズは、どのくらいだろうか?とか考えたでしょ?

 などと目論見ながら、私は、五十嵐の反応を伺う。 すると

「申し訳ありません。いくらお嬢様のこととはいえ、さすがにスリーサイズまでは」

 と、五十嵐は、眉ひとつ動かさず言ってきて

「それもそうね。知ってたら知ってたで、今すぐクビにするところだったわ」

 と、私は更に動揺するようなことを言ってみた。
 しかし、五十嵐は、それでも平然としていた。

(なんなの!? 少しくらい動揺しなさいよ!? 本当に、やましいこと一つないのね!?)

 五十嵐は、どんな時も執事だった。
 羽田のような、ちょろさは一切ない。

 しかも『あさってまでに、結月のスリーサイズを調べてこい』と、無理難題を吹っ掛けたても、五十嵐は、しっかりと期日までに持ってきた。

 あろうことか、メイドの相原に頼んで!!

(なんで、メイドに頼むのよ。これじゃぁ、私の計画が、全くすすまないじゃない……!)

 このままでは、結月と五十嵐が、恋人になるのは不可能に近かった。

 そして、その後も、何一つ私の思い通りにならないまま、季節は秋を迎え、餅津木 春馬の誕生パーティーの日がやってきた。
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