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最終章 箱と哀愁のベルスーズ
箱と哀愁のベルスーズ ⑰ ~ 露呈 ~
しおりを挟む新年の集まりを終えた夜。別邸に戻り、私室でくつろぐ私に、戸狩が声をかけてきた。
「奥様、お茶をお持ち致しました」
温かなカモミールの香りが、冷えた身体を落ち着かせてくれる。親族の集まりは、いつも気が重いが、今年は例年に増して疲れている気がした。
そして、それは、結月の事があったからだろう。
「本館から、連絡はあった?」
「はい。お嬢様は帰宅後、ずっと泣いてらっしゃったそうですが、夕方には落ち着き、今日は、早めにお休みになられたそうです」
「そう……」
戸狩の話を聞きながら、私は、静かにお茶を飲み進めた。
結月には、酷いことをした。
一方的に怒鳴りつけて、屋敷に送り返した。
そして、それには、洋介もかなり驚いていて、帰りの車の中では、少し口論になった。
『結月を、勝手に送り返すなんて! それに、親族の集まりに出席させないって、そんなこと許されるわけないだろう、結月はいずれ阿須加家を背負ってたつ人間だぞ!』
そう言った、洋介の言い分はもっともで、だけど、私は、そんな洋介をきつく怒鳴り返した。
『結月を連れていけば、いつも跡取りのことばかりいわれるでしょ! もう嫌なのよ、男の子を産めなかったっていわれるのは!』
本心とは違う、嘘の言葉。でも、そう怒鳴りつければ、洋介は、すぐに黙り込んだ。
この先も、親族の前で、妻と娘が、騒動を起こすかもしれないと思えば、洋介だって従うしかなかったのかもしれない。
洋介にも、結月にも、酷いことをしたと思ってる。
でも、こうしなければ、守れないとおもった。
私が経験した数々の苦しみが、全部、結月に受け継がれてしまう。当主の妻の重圧も、跡取りを産めという苦悩も。
でも、そんな理不尽な私の行動には、戸狩も思うことがあったのかもしれない。紅茶を飲む私に、憚《はばか》りつつも苦言を呈してきた。
「奥様、不躾なことを申しますが、どうして、そこまで、お嬢様に辛くあたるのですか?」
「……なによ、いきなり」
「いえ、あれでは、お嬢様が、あまりにも可哀想で」
戸狩には、娘がいると言っていた。
阿須加に来た時に、7歳と言っていたから、今はもう15歳くらいだろう。
そして、同じように娘がいるからこそ、結月の事が不憫で仕方ないのかもしれない。だけど、そんな戸狩の意見に、私は厳しく言葉を返した。
「文句でもあるの?」
「いいえ、奥様に逆らうなんて滅相もないことでございます。ですが、お嬢様のことを思うと、やはり……それに、ずっと、気になっていた事があります」
「気になること?」
二人きりの室内に、戸狩の躊躇うような声が響いて、私は首をかしげた。
何を聞きたいのか、検討もつかなかった。
でも、聞きたいというなら、聞いてやらないこともなかった。
「何よ、言ってみなさい」
私が、そう言えば、戸狩は私を見つめたあと
「では、申し上げます。奥様は、なぜ、お嬢様のことが、お嫌いなのですか?」
「な、なぜって……そんなの、女の子として生まれてきたからって、何度も言ってるでしょ」
「本当に、それが原因ですか?」
「……なにがいいたいの?」
「前々から、思っていたことがあります。奥様、長次郎様に脅えてらっしゃいますよね?」
「──!」
その瞬間、私は息を飲んだ。
いきなり出てきた義兄の名前に、心拍が一気に跳ね上がる。
「な、何を言って……っ」
「お嬢様が、お産まれになる前の話でございます。奥様は、長次郎様に、お一人だけで呼び出された事がございました。あの時、なかなか戻らない奥様を心配して、私は、一度ラウンジに行ったのです」
「…………」
「でも、そこに奥様の姿はなく、数時間後、戻られた時には、なぜか香水の香りが変わっておりました。スカートにも、不自然なシワがよっていて、思えば、あの時から、奥様は長次郎様を避けるように」
「……っ」
ティーカップを持つ手が、微かに震え出した。
戸狩の言葉に、忘れたくても忘れられない光景が、フラッシュバックするように蘇る。だが、そんな私の心中をかき乱すように、戸狩は言葉を続ける。
「もしかして、あの時、奥様は、長次郎様に──」
「やめて!!」
その瞬間、ティーカップが滑り落ち、カーペットの上で砕け散った。表情は青ざめて、瞳には涙が溜まって、雪の中をさまようように震えが止まらなくなる。
「やめ、やめて……っ」
「やはり、そうなのですか? だから、あんなにっ」
「やめて、お願い! もう……言わないで……っ」
聞きたくないと、私は慌てて耳を塞いだ。
静かに室内には、私の震えるような声が響いて、戸狩は、そんな私の前に膝をつき、優しく声をかてきた。
「ずっと、お一人で抱えてらっしゃったのですか? 奥様が、お嬢様を嫌う理由は、旦那様の子ではないからですか?」
「……っ」
戸狩は、義兄に犯されたと思っているのだろう。
そのせいで、私が結月を嫌ってると思い込んでる。
でも、義兄の子ではなくても、洋介の子でもなくて、私は、はっきりとした否定の言葉を発せなかった。すると、戸狩は
「どちらの子か、しっかりお調べになったのですか?」
「調べて、ない……でも、私が、結月と洋介のDNA鑑定をしたなんて知られたら、どうなるか……っ」
だが、そういった間際、私は慌てて口を押えた。
思わず口走ってしまった言葉は、まるで、その事実を肯定するようでもあって
「まだ調べてないのですね。では、ちゃんと調べてみませんか?」
「え?」
「だって、もし、旦那様の子なら、奥様が、お嬢様を嫌う必要は、なくなるじゃないですか!」
「……っ」
その言葉に、私の瞳からは、じわりと涙が伝った。
ずっと、洋介の子だったらと願ってきた。
でも、ずっと授からなかった。
何年とまっても、きてくれなかった。
だから、絶対と言ってもいいくらい、その確率は低かった。
「無理よ……だって、10年よ、10年も出来なかったの! それに、どうやって調べるの……結月とは、別々に暮らしてるのに……っ」
「私が調べます」
「え?」
「私が、奥様の代わりに、旦那様とお嬢様のDNAを採取します。そして、私の名前で検査にだせば、奥様が調べたなんて、誰にも気づかれません」
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