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最終章 箱と哀愁のベルスーズ
箱と哀愁のベルスーズ ⑭ ~ 別離 ~
しおりを挟む「美結、なぜ、あんなことをしたんだ!?」
その騒動があったあと、私と結月は引き離された。
娘をいつ殺すかわからない女の元に、大事な跡取り娘を置いておくなんてできるはずもないだろう。
だけど、突如、豹変した私の姿には、何人か、納得いっていない者もいたようだった。
そして、その一人が、洋介だった。
「結月を、殺そうとするなんて……あんなに可愛がってたじゃないか!?」
結月が生まれて、約一ヶ月。
私も洋介も、結月を、とてもとても可愛がっていた。
先日は、初宮参りを済ませ、とても穏やかなムードで、だからか、その直後に起きた最悪の出来事に、洋介は酷く困惑していた。
「何が、あったんだ……! どうして、結月を……っ」
それは、洋介自身、とてもショックなことで、この日の洋介は、まるで母親の代わりとばかりに、よく結月の様子を見に行っていた。
でも、そんなことをされたら、結月は、洋介に情を抱いてしまう。だから、私は、洋介ですら、コントロールしなくてはと考えた。
結月が、この屋敷から出ていくためには、両親ともに嫌われなければならなかったから……
「ずっと、思ってたことよ。私は、男の子が欲しかったの。大体、みんな言ってたじゃない、男の子を産めって」
「そうだが……でも、やっと生まれた子なんだぞ、10年も待った子だ!」
洋介は、必死に説得しようと、私の肩を掴んだ。
洋介のいいたいことは、よくわかった。
私だって、同じ気持ちだったから。
すっと、待っていた子だからこそ、愛しくて仕方なかった。
でも、ずっと待っていたからこそ、あの子に、この一族の全てを背負わすのが怖かった。
「そうよ、10年もかかってやっと授かったの……私たちには、最後のチャンスだったわ。だから、洋介だって、本当は思ってたはずよ! 生まれるなら、男の子がいいって」
「そ、それは……っ」
「だって、そうでしょ! あなたは当主なんだから! 私たちが普通の家の夫婦だったら、どっちでもよかったかもしれない! でも、違うのよ! 私たちは、阿須加家の当主で、だから、ずっと言われ続けてきたんじゃない、跡継ぎを、男の子を産めって!! 結月が、生まれてからも、みんなして言ってくるわ! 次は男の子をって! だから、女の子じゃダメだったの! 洋介ならわかるでしょ!!」
「…………」
強い口調で捲し立てれば、洋介は、何も言わず俯いた。
娘は可愛いけど、できるなら、男の子が欲しかった。
それは、きっと、私たち夫婦の『本音』だ。
男の子だったら、この重圧も、少しは軽くなったかもしれない。
この苦しみだって、和らいでいたかもしれない。
でも、苦しさは和らぐことなく、重圧は更にのしかかる。
そして、それは、結月が、女の子だったからだ。
「洋介……私も結月を可愛がりたかったわ……だから、この一か月は、母親でいようと頑張ったの……でも、結月の顔を見るたびに『この子が、男の子だったら』っておもってしまって、その度に苦しくなるの……愛してあげたくても、今はもう憎しみしか生まれてこない……っ」
ほんの少しの真実を混ぜ込みながら、私は嘘の言葉を並べた。結月を、憎んでいるという心にもない嘘。
だけど、洋介は、その嘘の言葉を信じたらしい。
「美結が、そこまで追い詰められていたなんて思わなかった……すまない、本当に……っ」
自分の身内が、妻をここまで追い込んだのだと分かり、洋介は、ひどく落ち込んでいた。
でも、追い込まれたのは事実だった。
でなければ、洋介以外の男に、体を許したりもしなかった。
「洋介、ひとつお願いがあるの」
すると、私は、落胆する洋介にむけて、更なる要求をした。
「家を建ててほしい。私と洋介が暮らす新居」
「私と洋介って……結月は?」
「あの子は、この屋敷に置いていくわ。別々に暮らすの」
「な、何を言ってるんだ!? 別々になんて」
「じゃぁ、私がまた結月の首を絞めてもいいの?」
「……っ」
それは、まさに脅迫だった。
娘の命と引き換えに、洋介に、無理やり別離を迫った。
でも、父親は、母親よりも父性が育つのが遅いと言われていたから、その感情が育つ前に、結月から引き離してしまったほうがいいと思った。
だって、洋介が、結月を可愛がれば、結月は、親を捨てられなくなる。
「お願い。私を人殺しにしたくなかったら、叶えて」
その後、更に念押しすれば、洋介は、暫く悩んだ後「わかった」と頷いた。
場の空気は、とても冷え込んで、そして、そんな私たちの姿を、戸狩が悲しげに見つめていた。
正直、洋介には、酷いことをしたと思ってる。
でも、血の繋がらない他の男の子を、洋介に育てさせるのは、酷だと思った。
なにより、この先、結月と同じ屋敷で暮らして、日常的にいたぶり続けるのは
私自身が、耐えられなかった。
✣
✣
✣
それから、数ヶ月──
私たちは新居を建て、別邸に移り住んだ。
結月の面倒は、その後、メイドの白木に一任された。
白木は、まだ入ったばかりの若いメイドだったけど、当主の娘を育てるという重圧にも負けず、結月のことを大切に育ててくれた。
そして、何より幸いだったのが、結月の容姿が、私によく似ていたこと。
父親の面影がわからないくらい、結月は、私にそっくりで、成長するに連れ、不貞をはたらいたことが明るみになるという不安は、結月が5歳を迎えるころには、すっかりなくなっていた。
でも、正直な話、どちらの子かは、DNA鑑定をすれば、すぐに判別できた。
でも、私の周りには常に使用人がいたし、そんな監視下の中で、結月と洋介のDNAを採取するのは容易ではなく。それに、検査をしたことを知られたら、どうなるか?それを想像すれば、とてもじゃないができなかった。
なにより、私自身が、避けていたのもあるかもしれない。
10年も、洋介との間に子供ができなかったことを思えば、父親が誰かは明白だった。
でも、検査をして正確な事実を突きつけられるよりは、ほんの1%でもいいから、洋介の子かもしれないと、淡い夢を見ていた方が幸せだと思った。
でも、そんな私の計画にも、一つ誤算があった。
それは、結月が私たちを、嫌いにならなかったこと。
「お母様、見てください。花かんむりをつくったんです!」
時折、屋敷に顔を出せば、結月は、よくこうして、私たちにプレゼントを用意していた。
それは、両親の絵だったり、折り紙だったり、お花だったりと、子供らしい可愛いもの。
でも、その度に、私は手厳しい母親として、ふるまわなければならなかった。
「いらないわ、そんなもの。大体、花なんかいじってる暇があるなら、勉強をしなさい」
「え? あ、その……っ」
「そうだぞ、結月。大体、ピアノのレッスンはどうしたんだ! ちゃんと、やってるのか!」
「は、はい! ちゃんと……やってます」
両親に怒られる度に、結月は、縮こまっていた。
そして、この頃には、父親である洋介も、大分変っていたように思う。
それは、離れて暮らしていたために娘という実感が薄れたのかもしれないし、当主としてのプレッシャーによるものかもしれない。
なにより、この先、二人目を授かることはないと確信したのもあってか、洋介は、結月を立派な淑女に育てようと必死だった。
これは、洋介自身が、当主としてふさわしくないと、言われ続けてきたものあるかもしれない。
結月が自分と同じようにならないように、幼い頃から、厳しく教育しているようだった。
「結月、もう5歳なのに、まだ読み書きが出来ないと聞いだぞ! そんなことで、阿須加家の長としてやっていけると思ってるのか!? 次に来る時までに、全て読めるようにしておきなさい!」
「は、はい……ごめんなさい、お父様……っ」
でも、私たちが来た少しの時間でさえ、結月にとっては、辛い時間だっただろう。
涙目で謝る姿を見るたびに、心が痛んだ。
でも、洋介がどんなに結月に厳しくあたっても、私は見て見ぬふりを貫いた。
本当は、花かんむりだって、受け取ってあげたかったし『ありがとう』と笑って、抱きしめてあげたかった。
でも、そんな心を必死に押し殺して、私は、最低な親を貫いた。
ほんの数年の辛抱だ。
結月が大きくなって、私たちが最低な親だと気付くまで──
でも、結月は、何年たっても、私たちに愛されようと必死で、その数年が、こんなにも長く、苦痛を伴うものになるとは、思ってもいなかった。
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