お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ⑪ ~ 女の子 ~

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「そうか、やっと授かったか」

 それから、一ヶ月程がたった頃、私の妊娠が発覚した。

 8月の中旬。お盆の集まりに合わせ、隠居中のお義父様に報告すれば、たいそう喜んでくれた。

 それもそうだろう。
 洋介が、当主になって早10年。

 諦めていた跡取りを、やっと身篭ったのだから。

 そして、案の定、その後の阿須加家の宴会では、私の懐妊の話で持ち切りになった。

「もう、無理だと思ってたのよ~。でも、これで男の子が産まれれば、阿須加家は安泰ね」

「元気な子を産んでくれよ、美結さん!」

 それまで、手厳しい声を向けてきた親類たちは、手の平を返したように、私たちを祝福してきた。

 洋介に子供が産まれれば、その子が、のちに当主になる。

 なら、兄の長次郎に着くよりも、洋介に着いた方が良いと判断したのだろう。

 だけど、私利私欲にまみれた親族たちを見れば、無性に気持ち悪くなって、私は、とっさに口元を押さえた。

 そして、それを、つわりの気持ち悪さだと勘違いしたらしい。後ろに控えていた戸狩が、背中をさすりながら声をかけてきた。

「奥様、大丈夫ですか?」

「美結。辛いなら、下がってもいいぞ」

「……はぃ。そう、させていただきます」

 隣に座る洋介の言葉に、私は素直に従う。

 こんな所にいたら、お腹の子にも障りそうだ。すると私は、戸狩に介抱されながら、宴会の場から退いた。

 そして、妊娠して初めて知ったことは、赤子が成長するにつれ、体が目まぐるしく変化していくということ。

 見た目ではわからない頃から、悪阻つわりによる不快感や食欲の減退。更には、頭痛や不眠、倦怠感まで。

 でも、その不調も、子供を授かったという喜びで、なんとか持ちこたえらるような感じだった。

「あら、美結さん」
「?」

 だが、その後、奥の部屋で休もうと廊下を進む途中、突然、女性に声をかけられた。

 現れたのは、阿須加 智代ともよ

 そして、その後ろには、洋介の兄である長次郎ちょうじろうもいた。

「……っ」

 そして、義兄と目が合った瞬間、鼓動がドクンとはねた。

 呼吸が一気に出来なくなり、全身から嫌な汗が吹き出す。

 あの日以来、義兄とは、会っていなかった。

 勿論、親族の集まりで顔を合わせることは、ある程度、覚悟していた。

 だが、実際に顔を合わせれば、あの日の出来事が、まるで走馬灯のように蘇ってくる。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。
 脅えるな、震えるな、絶対に──

「あら、美結さん。顔が真っ青よ?」

 すると、義兄の妻である智代が、私の顔を見ながら問いかけてきて

「妊娠したって聞いたけど、つわりが、余程ひどいのね」

「…………」

 その言葉に、ろくに声も出せず、私は口元を押さえたまま頷いた。

 兄嫁だって、知らないだろう。
 自分の夫が、弟の嫁を襲ったなんて。

 だが、そんなこと絶対に気取られたくはなく。私は、息をひそめ、身を強ばらせた。

 早く、あっちに行ってほしい。
 今すぐ、ここから、いなくなってほしい。

 すると、さすがに、具合が悪いのだと察してくれたらしい。

「じゃぁ、大事になさってね。やっと授かったんだから、流産なんてさせないでよ」

 少し厳しくも、労わりの言葉を智代が告げ、私の横を通り過ぎた。

 そして、その後に続き、義兄ともすれ違う。
 だけど──

が産まれるか、楽しみだな」
「……!」

 その瞬間、私にしか聞こえないくらいの声量で、義兄が囁いた。

 ポンと肩を掴まれると、目の前が真っ黒になった。

 気持ち悪い。怖い。
 もう二度と触らないで。

 口にしたい思いを必死に飲み込んだ。
 そして、なにより

(……って、なに?)

 意味が、わからなかった。

 どっちが産まれるかって、もしかして『男の子』か『女の子』かってこと?

 確かに、性別は大事だ。

 阿須加家は代々、男児が跡を継いでいる。
 だから、お腹の子が、男の子なら問題ない。

 でも、もしも、女の子だったら──?

「……ッ」
「奥様!?」

 その瞬間、嫌な想像が過って、私はその場に崩れ落ちた。

 倒れかけた私を、咄嗟に戸狩が支えるが、そのままゆっくりと冷えた廊下に座り込んだ私は、顔を真っ青にしたまま、身体を震わせる。

「ぁ、……っ」
「奥様、いかがなさったのですか?」

 様子のおかしい私を見て、戸狩が心配そうに問いかける。だけど、その声は、もう耳にすら入っていなかった。

 だって、まだ、のだと気づいたから。

 子供を産むじゃダメだ。

 を産まなきゃ、義兄は、きっとまだ諦めない──


(ッ……どうか……どうか、男の子であって)

 弱々しく座り込んだ私は、まるで神に祈るように、額の前で手を合わせた。


 だけど、それから数ヶ月後。

 無慈悲にも産まれてきた子は、だった。

 色白で、ふっくらとした、可愛らしい女の子。

 だけど、それは

 更なる悲劇の始まりだった。

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