お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ④ ~ スイートルーム ~

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「本当に、お一人で大丈夫ですか?」

 義兄から手紙が届いた数日後、私は、阿須加家のホテルのロビーにいた。

 阿須加家が経営するホテルは、この星ケ峯の町を中心に数軒点在している。
 特に、駅前に新築されたホテルは、内装も外装も華やかで、社長である洋介は、よくそのホテルに常駐していた。

 だが、私が今いるのは、洋介がいるホテルの方ではなく、町の外れになる古びたホテルの方。……といっても、それなりに趣《おもむき》のあるホテルだ。

 中にはラウンジもあるし、最上階のスイートルームの眺めだって、そう悪くはない。

 だが、私自身は、あまり足を踏み入れることのないホテルで、その上、呼び出された理由が分からないからか、心なしか緊張していた。

 なぜなら、義兄である長次郎は『洋介に内緒で話したいことがある』と、この場所と日時を指定してきたから。

「長次郎様は、奥様に、どのようなご要件がおありなのでしょうか?」

 付き添いの戸狩が、不思議そうに首を傾げれば、私はため息交じりに答える。

「さぁ……どの道、あまり良い話ではないでしょうけど、断って、これ以上、親族の仲を悪くする訳にはいかないわ」

 洋介が当主となってから、阿須加一家は、一枚岩ではなくなった。

 だが、洋介自身は、あまり兄と争うつもりはないらしく、できるなら和解したいと言っている。

 例え、兄が父の子でなかったとしても、洋介にとっては、ずっと兄して慕っていた相手なのだから。

 それに、当主であるなら、いつかは、この一族を、まとめあげなくてはならない。

 なら、あまり敵を作らないよう、義兄夫婦の顔をたてながら行動してきた。

 なにより、あの二人を完全に敵にまわしてしまったら、一族内での対立が、更に大きくなってしまう。

「じゃぁ、言ってくるわ。戸狩、あなたは好きに時間を潰して。お義兄様たちの話が終わったら、すぐに戻るから」

「かしこまりました」

 その後、戸狩を一階のロビーに残すと、私は待ち合わせ場所である、二階のラウンジに向かった。

 まだ、朝の早い時間だ。
 待ち合わせ時間は、10時。

 コツコツとヒールの音を響かせながら、私は、フロア内を進む。サファイアブルーのワンピースが、ふわりとなびけば、同時にオードトワレの香りが舞う。

 長い髪を下ろし、できる限り控えめな衣装を選んできたのは、兄嫁の反感を買わないためだ。

 美しさでは、明らかに、こちらの方が勝っている。だから、身につけるものは、こちらが下になるよう配慮した。

 だが、そんな気配りも、ラウンジの中に入った瞬間、無駄だったと思わされた。なぜなら、その奥には、長次郎しかいなかったから。

(お義姉様は……化粧室にでもいってるのかしら?)

 夫婦で待ち構えていると思っていたからか、軽く拍子抜けする。

「お義兄様」
「あぁ、来たか」

 そして、カウンターにいる義兄に声をかければ、長次郎は、ハイチェアから下り、こちらにむかってきた。

 スーツを若干着崩した姿でやってきた長次郎は、私より10歳も年上の男だ。

 口髭を生やした40過ぎの義兄は、ほっそりとした洋介と比べると、遥かにガタイがよく、簡単に言えば、体育会系な風貌だ。

 そして、この威厳の風格が、更に、洋介よりも当主に相応しいと言わしめ、そのせいか、自分より遥かに背の高い義兄に見下ろされると、微かに萎縮してしまう。

 だが、こちらは、あくまでも当主の妻。
 そんな素振りを見せることなく、私は会話を続けた。
 
「お義姉様は、どちらに?」

「アイツはきてない。今日は、俺だけだ」

「そうなのですか?」

「あぁ……じゃぁ、行こうか。上に部屋をとってある」

「え?」

 だが、いきなり別の部屋に移動すると言われ、私は眉をひそめた。

(そんなに、内密な話なのかしら?)

 洋介には内緒の話。なら、人に聞かれぬ場所に移動したい気持ちは、よく分かる。だが、義姉がきていないとなると、その部屋で、二人だけで話をしなければならないのだろうか?

 はっきりいって気が進まない。

 だが、来いと言われて、NOと言える立場ではなく、私は、素直に長次郎の後についていった。


 ✣

 ✣

 ✣


 そして、エレベーターに乗れば、それは、すみやかに上階へと移動を始めた。

 向かっているのは、どうやら、最上階にあるスイートルームらしい。

 義兄と二人だけのエレベーターの中は、どうにも気まづい。だが、エレベーターは、あっさり最上階につき、その後、フロアにでれば、数人のホテルマンとすれ違った。

 人がいることに酷くホッとして、その瞬間、私は自分の気持ちを悟る。やはり、二人きりにはなりたくない。

 だが、部屋の前に着けば、長次郎は、扉を開け、私を中へと招き入れようとしてきた。

「あの、お義兄様! いくら込み入った話があるとはいえ、二人きりになるのは、避けた方がよろしいかと」

「どうしてだい?」

「ど、どうしてって……お互いに、所帯《しょたい》を持つ身ですし、要らぬ疑いを持たれたら、お義兄様も困るでしょう? うちのメイドを一人、ロビーに待機させております。彼女を同行させましょう。それなら──いッ!」

 だが、その瞬間、強引に腕を掴まれた。

 しかも、無理やり、部屋の中に引きづり込まれそうになり、私は、とっさにドアを掴み、その場に踏みとどまる。

「な、何を……っ」

「君は『部屋をとってある』といわれて、その意味も分からずついてきたのか?」
 
「え?」

 ──意味?
 その言葉に、ただただ困惑する。
 
 意味って、なに?
 私は、大事な話があると言われたから、着いてきただけだ。それなのに──

「何を仰っているのですか……っ」

 心拍は徐々に上昇し、掴まれた腕を振りほどくことも出来ない私は、震える声で問いかけた。
 すると、義兄は

「洋介に頼まれたんだよ。君に、と──」

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