お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

手紙

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 人の声は、風に吹かれて流れていく。

 初詣に行った人々の言葉を皮切りに、親類縁者が集う祝いの席は、神隠しの話で持ち切りだった。

 古い言い伝えを知る老人たちは、我が物顔で話しを誇張させ、その御伽噺のような話を、子供たちが目を輝かせながら聞き、他所へと触れまわる。

 そして、夕刻になり、祝いの席が落ち着いた頃、住民たちは、その噂の場所を一目見てみようと、屋敷の前へ集まってきた。

 まさに、野次馬のように──

「なぁ、阿須加家の人達、凄く慌ててたよな?」

「さっき、裏口の鍵、壊してたよ」

「マジか。本当に、消えちゃったの?」

「うちのおじいちゃん、大昔に、この町で、神隠しがあってって言ってた」

「星ケ峯の伝説でしょ? 山の神様が、鈴の音と共にやってきて、気に入った人間を連れてっちゃうってやつ」

「やだー、怖ーい」

「鈴の音、聞いたって人いたよね」

「本当に神隠し?」

「大丈夫かねぇ。この屋敷の人たちは、みんないい人たちばかりだったのに」

「きっと、いい人たちだったから、神様に連れてかれちゃったんだよ!」

 人の噂は、伝播でんぱする。

 人から人へ、そして、それは関心や恐怖を連れて巡りゆき、瞬く間に住民たちを震え上がらせた。

 そして、そんな人々の背後を、黒髪の青年が通り過ぎる。

 屋敷の門の前を、颯爽と進む青年は、モデルのような体型をした美しい男性だった。

 だが、その美しい男には目もくれず、人々は、屋敷の方に釘付けだ。

 すると、帽子を深く被った青年は、慌ただしいその光景を確認しながら、屋敷の裏手に移動する。

 人けのない場所までくると、壁に寄りかかり、ポケットから小ぶりの機械を取り出した。

 片手に収まるくらいの盗聴器だ。

 そして、その盗聴器から伸びたイヤホンを片方の耳に装着すると、青年はダイヤルを回し周波数を合わせた。

『じゃぁ、五十嵐がやったというのか!?』
『違うわ。五十嵐は、指示をされてやっただけよ』

 すると、すぐさま、イヤホンから人の声が聞こえてきた。屋敷の中にいる、洋介や美結たちの声だ。

(レオの言った通り。気づくとしたら、やっぱり夕方だったか)

 青年は、青い瞳をスッと細めた。

 さぁ、ここから彼らは、どう踊り狂ってくれるだろう?

 盗聴器をコートのポケットに忍ばせたあと、青年は、静かに目を閉じた。















「手紙よ。結月から私たちに向けた」

「て、手紙……?」

 美結の言葉に、洋介は息を呑んだ。

 目の前の封筒には、流れるような美しい文字で「阿須加 洋介様」「阿須加 美結様」と連名で名前が書いてあった。

 そして、その裏には『阿須加 結月』と娘の名前が書いてあり、洋介は、その手紙を恐る恐る手に取った。

「結月が……結月は、どこに……っ」

 そして、酷く狼狽える洋介を、美結、戸狩、黒澤の三人は、厳しい表情で見つめていた。

 ここに、お嬢様からの手紙があるということは、神隠しには、あっていないということ。

 だが、そうだとすれば、この状況は、なんだと言うのか?

 洋介は、手早く封筒から便箋を取りだし、中身を確認する。

 白地に、花の模様が描かれたシンプルな便箋。
 そして、その中には、こう書かれていた。


───────────────────────


拝啓 阿須加 洋介 様
   阿須加 美結 様


新春のみぎり、ますますご清祥のことと存じます。この度は、突然手紙を書く失礼を、どうかお許しください。

晴れやかな新年を彩る折に、このようなことになってしまい、さぞかし驚かれていることでしょう。

ですが、ここから先お話することは、全て、私の本心です。この屋敷の使用人たちは、皆、私の命令に従っただけ。どうか怒りの矛先は、全て娘である私にご傾注ください。

私、阿須加 結月は、この度、阿須加家を去ることに致しました。


───────────────────────


「な、なんだ、これは!?」

 手紙を読みながら、洋介が奇声を上げた。

 そこに書かれていたのは、阿須加家を出ていくと書かれた娘から言葉。だが、そんなの簡単に飲み込めるはずがなかった。

「結月はどこにいる!? なにを考えてるんだ、阿須加家を去るって」

「とにかく読んで、最後まで」

 すると、美結が静かに言及し、洋介は、苦渋の表情を浮かべながら、再び手紙に視線を落とす。

 すると、結月の言葉は、更に続いた。
 まるで、本心をさらけ出すように。


───────────────────────


きっと、こんなことを書けば、お父様は、お怒りになるでしょうね。

ですが、もう耐えられないのです。

幼い頃から、私はずっと夢見ておりました。
お父様とお母様に、愛されたいと。

だから、ずっといい子に振る舞って、常にお父様たちの命令に従いながら生きてきました。

でも、いつまでたっても私は屋敷の中に閉じ込められて、まるで腫れ物扱い。一緒に暮らすどころか、道具のように扱われ、いつからか気づきました。

私が、お父様とお母様に愛されることは、一生ないのだと。

だから、出ていくことにします。

跡取りを産むだけの道具として、お二人の元で生きるより、普通の女の子として、愛する人の元で生きていきると決めました。

お父様、お母様。
私には今、好きな方がおります。

8年も前から、私の心を支え続けてくれた方です。
そして、その方と、私は結婚します。

ですが、例え結婚し、この阿須加の姓を捨てたとしても、私が、この一族から逃れることは、できないでしょう。

きっと、どこへ逃げようと、またいつか、この一族と関わる日がくる。

阿須加家の当主であるお父様の娘として生まれた限り、その跡を継ぐ人間は、法律上、私一人しかいないのですから。

だから、二つほど条件を出します。

この先、私に跡目を継がせたくないというのなら、どうか、私の命令に従ってください。

一つ目は『私や使用人たちを、決して探さないこと』

そして、二つ目は『ホテルの職場環境を改善し、社員たちに優しい会社を作ること』

私の机の上に、トランクが置いてあります。

中には、ここ10年で不当解雇された社員や使用人たちのリストや、強制労働や過剰な接待に関する証拠品のコピーが入っております。

きっと、お父様たちにとっては、公《おおやけ》に出したくないものばかりでしょう。

ですが、もし私の命令に反し、連れ戻そうとしたり、会社を改善する気がないと判断した際には、この証拠品を世間に公表し、阿須加家を内部告発いたします。

このような命令をする私は、きっと酷い娘ですね。
でも、この先、時代は変わっていきます。

社員たちを大切にできない会社は、生き残ってはいけません。だからこそ、阿須加家を守るためにも、使用人や従業員たちを、大切にしてください。

私が、この屋敷をでていけば、私にかかっていた学費や使用人たちの人件費、そして、屋敷の維持費なども、もう必要なくなるでしょう。

この屋敷の絵画や壺、グランドピアノなどの調度品も、売り払えば、それなりの額になります。私に使われていた分は、すべて社員たちの環境改善ために使ってください。

そして、5年後、お二人が心を入れ替え、会社の内情が改善したと判断した時は、一度だけ、お二人の元に戻ってきます。

その際に、遺産を放棄する書面もお持ちしたいと思っております。そして、それが、私たちの最後の別れとなるでしょう。

ですが、この先、阿須加の名を持たない私に、全てを奪われたくないなら、どうか、私の願いを聞き入れてください。

そして、これが最後の言葉となります。

お父様、お母様。
娘として生まれてきてしまい、本当にごめんなさい。

私の存在が、どれほどお父様たちを失望させたか、それは身に染みてわかっております。

ですが、それでも今日まで、何不自由なく生きてこれたのは、他ならぬ、お父様とお母様のおかげです。

愛する価値もない娘を、今日まで育てて下さり、本当にありがとうございました。

これから先、冬の寒さは、更に厳しくなります。

どうか、お体には、くれぐれも気をつけて。
ご自愛ご専一のほど、お過ごしください。



                 阿須加 結月

───────────────────────


「……っ」

 その瞬間、洋介は膝から崩れ落ちた。

「な、なんだ、これは……結婚って」

 そして、娘の手紙に書かれていた『結婚』の二文字。
 それを見て愕然とする。

 結月には、今好きな男がいて、その男との結婚を考えている。いや、それだけではない。

 あの結月が、親を脅迫しているのだ。
 あの従順だった、結月が──

「こ、こんな手紙、信じられるわけがない! あの結月が、私たちに逆らうなんて!」

「みっともないわよ、洋介。書いてあったでしょ。これは全部、私の本心だって……あの子は、自分の意思で、屋敷をでていったの。つまり、私たちを

「……っ」
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