お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
238 / 289
最終章 箱と哀愁のベルスーズ

静寂

しおりを挟む

 扉が開けば、そこは静けさに包まれていた。

 正月の賑わいが嘘のような、その静謐せいひつな雰囲気は、まるで時が止まってしまったかのようだった。

 だが、中に入れば、屋敷の古時計は、コチコチと秒針を進めながら時を刻んでいて、今、この空間が、現実だということを知らせてくる。

 だが、そこには確かな現実があるのに、明らかに奇妙おかしかった。

「結月はどこだ! なぜ、誰も出迎えない!」

 普段なら、洋介たちが訪れると、屋敷の使用人たちが総出で出迎えてくれた。

 だが、今日は誰も迎賓せず、それどころか、人がいる気配すらない。

戸狩とがり黒澤くろさわは、使用人たちを探してこい! 私は結月の部屋に行く」

 すると、洋介が苛立ちながら指示をすれば、戸狩たちは、すぐさま屋敷の中を探し始めた。

 そして、洋介は、美結と共に、結月の部屋がある二階へと向かう。

 屋敷の裏口も正門も、しっかり施錠されていた。
 ならば、人がいないはずはない。

 しかし、屋敷は、どこもかしこも静寂を貫き、親族の集まりで消耗した体を更に困憊《こんぱい》させる。

 もしこれで、本当に誰もいないなら、住民たちがいっていたように、まるで神隠しにでもあったみたいだ。

 ──バタン!

「結月!!」

 結月の部屋につけば、扉を開けた瞬間、洋介が鋭く声を発した。

 まるで叱責するような声色だ。
 娘を叱りつけようとする威圧的な声。

 だが、その中に娘の姿はなく、それどころか部屋の中は綺麗に整頓され、乱れた様子すらなかった。

「ゆ……結月?」

 苛立つ感情とは裏腹に、戸惑いと困惑が同時に押し寄せる。

 なぜ、結月がいないのか?
 昨日、電話をした際も、結月は平然としていた。
  
 それなのに──

「結月! 隠れてないで出てきなさい!」

 すると、普段なら使用人たちに指示するだろうに、洋介は、自ら部屋の中を探し始めた。

 奥のウォークインクローゼットだけでなく、タンスの中やベッドまで。

 そして、そんな夫の珍しい行動を横目に流しながら、美結が、遅れて部屋に入ってきた。

 度々、目にしてきた娘の部屋は、普段と何も変わらないように見えた。違うとすれば、カーテンが締め切られていることだろう。

 住民たちの話では、昨夜、日付がかわると同時に、屋敷の明かりが落ちたらしい。

 なら、それからずっと締め切られたままなのかもしれない。美結は、真っ直ぐ部屋の中を進むと、まずはカーテンを開けた。

 幾分か明るかった部屋の中も、陽の光が入れば、更に探しやすくなる。

 すると再び、部屋の中を歩き出した美結は、辺りを見回しながら進み、そして、ある場所で止まった。

(……トランク?)

 娘が愛用していた机の上。
 そこには、革製のトランクが置かれていた。

 鍵付きの黒いトランクだ。
 その得体の知れない荷物をみて、美結は眉をひそめた。

 なぜなら、そのトランクの上には、ご丁寧にまで置かれていたから──

「旦那様!!」

 だが、その瞬間、結月の部屋に、黒澤と戸狩がやってきた。

 屋敷中を探し回ってきたのだろう。
 きっと、使用人たちが寮として使っていた別館まで。
 すると二人は、息を切らしながら

「五十嵐も他の使用人も、誰もおりません!」

「なぜいない!? 結月は、どこにいったんだ!?」

「わ、わかりません。なにか事件でしょうか? それとも本当に、神隠しに……っ」

「ふざけるな! 神隠しなんて、非現実的なことが起こるわけないだろう! とにかく、使用人たちを見つけ出して、連れてこい! 家族でも親戚でも連絡すれば、どこにいるかくらいは分かるだろう!」

「ですが……っ」

 すると、戸狩が口を挟んだ。
 珍しく身を強ばらせ、青ざめた表情をする戸狩は
 
「申し訳ございません、旦那様……実は、先程、使用人たちに連絡をとろうと、屋敷の電話から連絡を試みたのですが……その連絡先が、全部デタラメで」

「は?」

 その言葉に、洋介が短く声を発する。

「デタラメ……だと?」

「はい。実家の住所も電話番号も、全て使用されていないものになっておりました」

「な、何を言ってる……! それに、使用人たちの連絡先は、別邸の方でも保管してあっただろう! あっちは」

別邸あちらも確認しました! ですが、別邸の住所録も、全てすり変わっていて……っ」

「な!?」

 屋敷の使用人たちの情報は、この本館と別邸の両方で管理されていた。それも、個人情報を扱うため、厳重に管理されていたはず。

 だが、戸狩の話によれば、消えた三人の使用人の情報は、全てすり変わり、履歴書すらも紛失しているらしい。

 そして、それは、誰かが意図的に行ったとしか思えなかった。すると洋介は

「誰が、そんなことを……っ」

「五十嵐でしょ」

 すると、戦慄わななく洋介に向けて、美結が言葉を返した。結月の机の前に立つ美結は、そのまま落ち着いた声で話し続ける。

「五十嵐には、春からは、私の執事として別邸で働くよう命じていたわ。別邸の業務に関しても、戸狩が教えて込んでいたから、重要書類の保管場所も、鍵のありかも全て知ってたはずよ。なら、住所録をすり替えるのも、履歴書を盗むのも、造作もないことだったでしょうね」

「な!? じゃぁ、五十嵐がやったというのか!?」

「違うわ。五十嵐は、指示をされてやっただけよ」

「し、指示だと……一体、誰に?」

よ」

 瞬間、空気がピンと張りつめた。

 だが、泰然たるその声が告げたのは、あまりに衝撃的な言葉で、洋介は、呆然と立ち尽くしながら

「ゆ……結月が、五十嵐に指示したっていうのか……っ」

「そうよ」

 すると美結は、トランクの上に置かれていた封筒を手に取り、それを洋介に差し出した。

「読んで」

「な……なんだ、これは?」

よ。結月から、両親わたしたちに向けた──」

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...