お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第21章 神隠し

母親

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「この家、レオが、子供の頃に住んでいた家なんだよ」

「え?」

 その言葉に、結月は驚きつつ、ルイを見つめた。

 レオが、幼い頃に住んでいた家。結月が、出会ったあの8年前、レオは、この家で暮らしていたのだと──

「レオが? この家で?」

「そうだよ。8年前に、お父さんとおばあちゃんと一緒に暮らしていた家。その後、空き家になっていたこの家を、僕が買い取ったんだよ」

 歩きながら話せば、廊下のはしらに、文字が刻まれているのが、うっすら見えた。

 『れいじ 10才』と書かれた古い線の横に『レオ 10才』と書かれた文字。

 それは、父親の代から、息子へと受け継がれた成長の証だった。

 自分が、あの屋敷を手放したように、レオもまた、愛すべき我が家を手放していたのだと、その刻まれた文字を見て、結月の胸には、言われもない切なさが宿る。

 何もかも捨てさせて
 何もかも捨てて

 私たちは、新しい未来へ進む。

 でも、できるなら
 捨てることなく叶えたかった。

 お父様とお母様に認められて

 友人たちや生まれ育った故郷こきょうを捨てることなく、愛する人と結ばれたかった。

 でも、それは、どうしても──叶わぬ夢だった。

「ルイさんが、この家を引き取ってくれて、きっと、レオは喜んでますね」

 結月が柔らかく微笑むと、ルイは、どこかくすぐったそうに答える。

「あはは、そうかな?」

「そうですよ。口にはしなくても、絶対に、そう思ってます」

「そっか。レオのこと、よくわかってるんだね。君が記憶を思い出してくれて、本当によかったよ」

 記憶をなくしていた時のことを思い出し、ルイが喜びを込めて微笑む。

 ルイが、初めて結月と会った時、結月は、レオに恋心を抱きながらも諦める気でいた。

 女装をして現れたルイを、レオの恋人だと疑わず、その叶わぬ恋を受け入れ、忘れようとすらしていた。

 そして、あの日『五十嵐には言わないで』と言う結月の思いを、ルイは踏みにじってしまった。

「あの時は、ゴメンね。絶対に言わないでって言われたのに」

 知られたくなかった思いを、レオに話してしまったことを謝れば、結月はフルフルと首を振りながら

「いいえ。そのおかげで、今の私たちがあります。ルイさんには、本当に、ご迷惑ばかりおかけしました」

「ご迷惑か……確かに、レオには、かなりのワガママを言われたかな~。女装して彼女になりすませって言われた時は、どうしようかと思ったけど、迷惑だとは思ってなかったよ。僕は、ずっとレオの夢を応援してたからね。それに、今は、みんな同じなんじゃないかな? 君たちの幸せを心から願ってる。奥の部屋で、矢野さんと斎藤さんも待ってるよ」

「え、二人も来てるんですか?」

「うん。斎藤さんは、奥さんも連れてね」

「奥様も? 本当に!? 私たち、斎藤の奥様から、ご実家を譲り受けることになったので、できるなら、しっかりご挨拶をしておきたかったんです」

「そっか。じゃぁ、丁度よかったね。斎藤さんの奥さんも、一目会ってお礼を言いたかったって」

「お礼?」

「うん、斎藤さんが辞められたのは、レオのおかげだからね。それと、来てるよ」

「もう一人?」

 だが、その言葉に、結月は首を傾げた。

 斎藤に矢野に、恵美に愛理。
 使用人は、レオ以外、みんな揃ってる。

 ──じゃぁ、誰が?

 そう思ったが、ルイは『会ってからの、お楽しみ』なんて言いながら、結月を奥の客間へ通した。

 客間は、二間続きの和室で、ストーブが焚《た》かれていた。

 暖かな空気に満ちたその場所には、斎藤夫婦と矢野が座っていて、そして、その隣にもう一人、誰がが座っているのが見えた。

 長い髪をした、30代後半くらいの女性。

「……っ」

 そして、その姿を見た瞬間、結月は、大きく目を見開いた。

 そこにいたのは、結月が
 『会いたい』と思っていた人だった。

 会って、謝りたいと
 ずっとずっと、思っていた人。
 
白木しらき……さん?」

 声を震わせながら、結月が問いかける。

 すると、その人物は、ゆっくりと立ち上がり、あの頃と変わらない、優しい声を発した。

「お久しぶりです。結月お嬢様」

 そこにいたのは、結月が幼い頃、母親のように慕っていた人。

 元・メイドの──白木しらき 真希まきだった。
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