お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
226 / 289
第21章 神隠し

カウントダウン

しおりを挟む

 ゴーン、ゴーン……

 23時50分──

 0時まで、残り10分を切った頃、一足先に屋敷を抜け出した愛梨は、近くの公園にきていた。

 女性らしくオシャレに着飾った愛理あいりは、今、彼氏と待ち合わせをしている。

 相手はもちろん、先日、破局騒動を起こした──谷崎たにざき 雅文まさふみだ。

「愛理、お待たせ」
「雅文」

 公園の時計塔の前で待っていると、谷崎が小走りで駆け寄ってきた。愛梨は、寄りかかっていた、時計塔から離れるて

「待ってないよ、時間通り。それより車は?」

「ちゃんとルイさんちに置いてきたよ。荷物も積み込んだ」

「そう。じゃぁ、あとは、無事にお嬢様を連れ出すだけだね」

 ヨシを気合いを入れる。

 ちなみに、逃走用の車には、谷崎の車を使うことになている。レンタカーを使うと、何かしら足がつきやすいからだ。

 しかも、谷崎の車はワゴン車。

 後部座席をフラットにすれば、仮眠を取ることもできるため、お嬢様が疲れた時に重宝する。

 この後の移動は、長距離だ。車での移動は、普通の大人でも疲れるが、なれないお嬢様には、苦痛でしかないだろう。

 オマケに、休憩を挟みながらの移動となれば、つくのは明け方になっているかもしれない。

「雅文、屋敷の様子は?」

 すると、愛梨が、更に谷崎に問いかけた。

 逃走のことも大事だが、その前に、やらなければならないことがある。

「屋敷の前は、もう初詣に向かう人でいっぱいだったよ」

「そう、紅白が終わったら、みんな家から出てくるしね。でも、人で溢れてきたなら計画どおりだよ。私たちも、しっかり恋人のフリして、もぐりこまなきゃね」

「フリじゃなくて、恋人だろ」

 もう直、籍を入れ、夫婦になる二人。
 だが、恋人のフリなどといわれ、谷崎が呆れかえる。

「今日は、恋人として過ごす最後の大晦日だってのに」

「よく言うわ。この前は、破局してたってのに」

「はは、確かになぁ。俺、今年の大晦日は一人寂しく過ごすんだと思ってた」

「私も、絶対、正月に実家に帰ったら、また結婚がーって、うるさく言われるんだと思ってた」

 一度、終わりを迎えた二人の恋は、些細なすれ違いによるものだった。

 それに、本来なら、寄りを戻す事はなかっただろう。

 だが、それを再び、つなぎ合わせてくれた人達がいた。

「私たちが、今、幸せなのは、五十嵐くんとルイさんのおかげだしね」

「あぁ。しっかり、恩返ししにいこうぜ」

 谷崎がそう言うと、愛梨は、そっと谷崎の腕を掴んだ。

 ピッタリ寄りそうと、二人は、除夜の鐘がなる夜の町を、ゆっくりと歩いていった。





 ✣

 ✣

 ✣



「お嬢様、どうか、お風邪を召されないように」

 煌々と明かりが灯る屋敷の外──

 裏口の扉の前では、男装をしたお嬢様に、執事が優しく声をかけていた。

 大晦日の夜。真冬のその空気は、一段と冷たく、吐く息は自然と白くなる。

「マフラーは、しっかり巻いてください」

「大丈夫よ。暖かいし、風邪なんかひかないわ」

 お嬢様の首元に巻かれた黒いマフラーを、執事がほどけないように結び直す。

 すると、甲斐甲斐しく世話を焼く執事に、そばにいた、恵美が、くすくすと笑いだした。

「やっぱり五十嵐さんは、執事ですね! もう姿ってのに」

「すみません。これは、もう癖みたいなもので」

 あの後、私服に着替えたレオは、もう執事姿ではなかった。

 黒のコートを着て、メガネをかけているからか、見なれた執事服とは、違う印象を宿す。

 だが、こうして結月の世話を焼くのは、どんな姿でも変わらず、きっと、この先、執事でなくなっても、結月への溺愛ぶりは、変わらないのだろう。

「レオは、一人で残るのよね?」

 すると、マフラーを巻くレオの手に触れながら、結月が心配そうに見つめた。

 この後、結月と恵美を屋敷から出したあと、レオは一人残ることになっていた。

「あぁ。俺は、この屋敷を、にしてから出なくてはならないからね」

 触れられた手を掴み、レオが微笑みかける。
 愛しい人を不安にさせないように……

 だが、それで結月の不安が、解消されるはずもなく。

「密室って……どうやって、この屋敷を」

「大丈夫だよ。心配しなくても、全て終わらせたら、すぐに結月の元に向かう」

 不安を包み込むように、レオが結月の体を抱きしめる。

 その温もりは、これまでに何度と感じてきた温もりだった。

 力強く勇敢な男らしい香りと、この世で最も愛しく、誰よりも信頼できる熱。

 これまでレオが、失敗したことなどあっただろうか?
 なら、この心配は邪推だ。

 だって、ここにいる人は、誰よりも優秀な


 私だけの執事だから──


「……うん、待ってる」

 心配することはないのだと、結月は自分に言い聞かせると、その後、ふわりとレオに笑いかけた。

 すると、レオもまた微笑み、名残惜しそうに、結月から手を離す。

「じゃぁ、気をつけて。また、ルイの家で落ち合おう」

 時計を見れば、時刻は23時55分。
 年が明けるまで、残り5分を切っていた。

「恵美さん、結月をお願いします」

「はい。必ずルイさんの家に送り届けます」

 その言葉を受け取ると、レオは、最後に裏口の扉を、コンコンと二回叩いた。

 すると、屋敷の外にいる人物が

 ──コン

 と一回だけ返事をならす。
 どうやら、予定通り、来てくれたらしい。

「では、ご武運を──」

 その言葉を最後に、レオは、結月の頬に触れ、その後、二人を残し、屋敷に戻った。

 始まりの時は、もう、そこまで来ていた。
 新しい未来へすすむ、カウントダウンの始まりが。

 ──ゴーン

 そして、残り少ない除夜の鐘が鳴り響いた瞬間、レオは屋敷の中に入った。

 煌々と光り輝く屋敷の中。レオは、明るい廊下を足早に進むと、おくまった場所にある配電室に入った。

 きっと、お嬢様は、知らない場所だろう。

 配電室の中は薄暗く、その中にあるテーブルの前に立ったレオは、予め用意していたキャルドルに火をつけた。

 ゆらゆらと揺れる、蝋燭の炎が、ほんのりあたりを照らす。

 すると、その灯りを頼りに配電室を歩き回ると、その後レオは、高い位置にあるに手をかけた。

 このレバーを引けば、屋敷の光源は、全て失われる。

 部屋の明かりだけでなく、普段は、消えることのない庭園の外灯や、入口にある門灯まで──全て。

 そして、響き渡る除夜の鐘の音を聞きながら、レオは、腕時計に目を向けた。

 今の時刻は、23時59分50秒。

「──10」

 レオの声が、静かな屋敷に響く。

「──9」

 そして、それと同時に町中で

 若者たちによる、カウントダウンがはじまった。


「──8」


 その明るい声は、新しい時代へと進み


「──7」


 そして、その声が、新年を告げた瞬間


「──6」


 この屋敷は、眠りにつく。


「──5」


 あるじを奪われ


「──4」


 従者たちを奪われ

  
「──3」



 文字通り『空っぽ』になる。


 そう、まるで


「──2」



 『神隠し』にでもあったように。



「──1」



「さぁ、始めましょうか」



「──0」




「──を」





しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...