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第21章 神隠し
カウントダウン
しおりを挟むゴーン、ゴーン……
23時50分──
0時まで、残り10分を切った頃、一足先に屋敷を抜け出した愛梨は、近くの公園にきていた。
女性らしくオシャレに着飾った愛理は、今、彼氏と待ち合わせをしている。
相手はもちろん、先日、破局騒動を起こした──谷崎 雅文だ。
「愛理、お待たせ」
「雅文」
公園の時計塔の前で待っていると、谷崎が小走りで駆け寄ってきた。愛梨は、寄りかかっていた、時計塔から離れるて
「待ってないよ、時間通り。それより車は?」
「ちゃんとルイさんちに置いてきたよ。荷物も積み込んだ」
「そう。じゃぁ、あとは、無事にお嬢様を連れ出すだけだね」
ヨシを気合いを入れる。
ちなみに、逃走用の車には、谷崎の車を使うことになている。レンタカーを使うと、何かしら足がつきやすいからだ。
しかも、谷崎の車はワゴン車。
後部座席をフラットにすれば、仮眠を取ることもできるため、お嬢様が疲れた時に重宝する。
この後の移動は、長距離だ。車での移動は、普通の大人でも疲れるが、なれないお嬢様には、苦痛でしかないだろう。
オマケに、休憩を挟みながらの移動となれば、つくのは明け方になっているかもしれない。
「雅文、屋敷の様子は?」
すると、愛梨が、更に谷崎に問いかけた。
逃走のことも大事だが、その前に、やらなければならないことがある。
「屋敷の前は、もう初詣に向かう人でいっぱいだったよ」
「そう、紅白が終わったら、みんな家から出てくるしね。でも、人で溢れてきたなら計画どおりだよ。私たちも、しっかり恋人のフリして、もぐりこまなきゃね」
「フリじゃなくて、恋人だろ」
もう直、籍を入れ、夫婦になる二人。
だが、恋人のフリなどといわれ、谷崎が呆れかえる。
「今日は、恋人として過ごす最後の大晦日だってのに」
「よく言うわ。この前は、破局してたってのに」
「はは、確かになぁ。俺、今年の大晦日は一人寂しく過ごすんだと思ってた」
「私も、絶対、正月に実家に帰ったら、また結婚がーって、うるさく言われるんだと思ってた」
一度、終わりを迎えた二人の恋は、些細なすれ違いによるものだった。
それに、本来なら、寄りを戻す事はなかっただろう。
だが、それを再び、つなぎ合わせてくれた人達がいた。
「私たちが、今、幸せなのは、五十嵐くんとルイさんのおかげだしね」
「あぁ。しっかり、恩返ししにいこうぜ」
谷崎がそう言うと、愛梨は、そっと谷崎の腕を掴んだ。
ピッタリ寄りそうと、二人は、除夜の鐘がなる夜の町を、ゆっくりと歩いていった。
✣
✣
✣
「お嬢様、どうか、お風邪を召されないように」
煌々と明かりが灯る屋敷の外──
裏口の扉の前では、男装をしたお嬢様に、執事が優しく声をかけていた。
大晦日の夜。真冬のその空気は、一段と冷たく、吐く息は自然と白くなる。
「マフラーは、しっかり巻いてください」
「大丈夫よ。暖かいし、風邪なんかひかないわ」
お嬢様の首元に巻かれた黒いマフラーを、執事がほどけないように結び直す。
すると、甲斐甲斐しく世話を焼く執事に、そばにいた、恵美が、くすくすと笑いだした。
「やっぱり五十嵐さんは、執事ですね! もう執事姿ではないってのに」
「すみません。これは、もう癖みたいなもので」
あの後、私服に着替えたレオは、もう執事姿ではなかった。
黒のコートを着て、メガネをかけているからか、見なれた執事服とは、違う印象を宿す。
だが、こうして結月の世話を焼くのは、どんな姿でも変わらず、きっと、この先、執事でなくなっても、結月への溺愛ぶりは、変わらないのだろう。
「レオは、一人で残るのよね?」
すると、マフラーを巻くレオの手に触れながら、結月が心配そうに見つめた。
この後、結月と恵美を屋敷から出したあと、レオは一人残ることになっていた。
「あぁ。俺は、この屋敷を、完全な密室にしてから出なくてはならないからね」
触れられた手を掴み、レオが微笑みかける。
愛しい人を不安にさせないように……
だが、それで結月の不安が、解消されるはずもなく。
「密室って……どうやって、この屋敷を」
「大丈夫だよ。心配しなくても、全て終わらせたら、すぐに結月の元に向かう」
不安を包み込むように、レオが結月の体を抱きしめる。
その温もりは、これまでに何度と感じてきた温もりだった。
力強く勇敢な男らしい香りと、この世で最も愛しく、誰よりも信頼できる熱。
これまでレオが、失敗したことなどあっただろうか?
なら、この心配は邪推だ。
だって、ここにいる人は、誰よりも優秀な
私だけの執事だから──
「……うん、待ってる」
心配することはないのだと、結月は自分に言い聞かせると、その後、ふわりとレオに笑いかけた。
すると、レオもまた微笑み、名残惜しそうに、結月から手を離す。
「じゃぁ、気をつけて。また、ルイの家で落ち合おう」
時計を見れば、時刻は23時55分。
年が明けるまで、残り5分を切っていた。
「恵美さん、結月をお願いします」
「はい。必ずルイさんの家に送り届けます」
その言葉を受け取ると、レオは、最後に裏口の扉を、コンコンと二回叩いた。
すると、屋敷の外にいる人物が
──コン
と一回だけ返事をならす。
どうやら、予定通り、来てくれたらしい。
「では、ご武運を──」
その言葉を最後に、レオは、結月の頬に触れ、その後、二人を残し、屋敷に戻った。
始まりの時は、もう、そこまで来ていた。
新しい未来へすすむ、カウントダウンの始まりが。
──ゴーン
そして、残り少ない除夜の鐘が鳴り響いた瞬間、レオは屋敷の中に入った。
煌々と光り輝く屋敷の中。レオは、明るい廊下を足早に進むと、おくまった場所にある配電室に入った。
きっと、お嬢様は、知らない場所だろう。
配電室の中は薄暗く、その中にあるテーブルの前に立ったレオは、予め用意していたキャルドルに火をつけた。
ゆらゆらと揺れる、蝋燭の炎が、ほんのりあたりを照らす。
すると、その灯りを頼りに配電室を歩き回ると、その後レオは、高い位置にあるブレーカーに手をかけた。
このレバーを引けば、屋敷の光源は、全て失われる。
部屋の明かりだけでなく、普段は、消えることのない庭園の外灯や、入口にある門灯まで──全て。
そして、響き渡る除夜の鐘の音を聞きながら、レオは、腕時計に目を向けた。
今の時刻は、23時59分50秒。
「──10」
レオの声が、静かな屋敷に響く。
「──9」
そして、それと同時に町中で
若者たちによる、カウントダウンがはじまった。
「──8」
その明るい声は、新しい時代へと進み
「──7」
そして、その声が、新年を告げた瞬間
「──6」
この屋敷は、眠りにつく。
「──5」
主を奪われ
「──4」
従者たちを奪われ
「──3」
文字通り『空っぽ』になる。
そう、まるで
「──2」
『神隠し』にでもあったように。
「──1」
「さぁ、始めましょうか」
「──0」
「──神様への伝達を」
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