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第20章 復讐の先
レオのため
しおりを挟む『あのね、レオ。私、神隠しにあいたいの』
その突拍子もない提案には、ひどく悩まされたものだった。
失踪の理由を、執事との駆け落ちではなく、神隠しにあったことにしたいと、そんな冗談めいたこと言いだしたのだから。
「記憶を思い出した日の夜、俺に、神隠しにあったという噂を、町中に広めて欲しいと言っただろ。あれも、このためだったのか?」
「そうよ。もし私がいなくなることで、お父様たちを少しでも変えることができるなら、同時に、従業員たちも救えるじゃないかと思ったの。でも、本当に叶えてくれるなんて思ってなかったわ」
「叶えるよ。結月が望むならなんだって……でも、正直あの発言は、親への情けなのかと思ってた」
「そうね。それも、多少はあったかもしれないわ。娘が駆け落ちしたなんて、いい笑いものでしょうし……でも、やっぱり一番は、レオのためよ」
「え?」
「だって、執事と駆け落ちをしたなんて噂が広まったら、レオは誘拐犯にされてしまうでしょ?」
「そんなことまで心配してたのか?」
「当たり前じゃない。人の噂ほど怖いものはないわ。現にレオのお父様は、子供をおいて飲み歩くような最低の父親として、真実とかけはなれた噂が広まってしまったの。それなのに、お父様だけじゃなく、レオのことまで悪く言われるなんて、絶対に嫌!」
そう言って、珍しく声を荒らげた結月は、悔しそうに涙を浮かべていて、きっと、父のことを知っていたが故に、人知れず悔やみ続けていのかもしれない。
その瞳からは、深い悲しみに包まれた感情が、嫌というほど伝わってきた。
(そういえば、結月、よく言っていたな)
『素敵なお父様ね』──と。
父の話をする度に、結月は何度も、そう言って父を褒めてくれた。
それは、親に恵まれなかったが故の憧憬のようなものかと思っていたが、それだけではなかったのかもしれない。
嫌な噂が広まり、もう変えることができないからこそ、俺の心を少しでも癒そうと、父のことを沢山褒めてくれたのかもしれない。
だけど、褒めながらも、きっと、心を痛めていたのだろう。
その『素敵な父親』が、自分の一族のせいで命を落とし、あまつさえ『最低の父親』として広まってしまったのだから。
「結月──」
今にも泣きそうな結月の頬に触れれば、涙がそっとレオの指先を濡らす。
神隠しにあいたいなんて、あんな冗談じみた提案の裏で、結月が、これだけの事を考えていたなんて、全く想像していなかった。
結月は、今、必死に救おうとしてる。
俺が壊そうとしていたものを、全て救いあげようとしてる。
俺がこの先、誰にも咎められことなく、平穏な日常を歩めるように──
「っ……ありがとう」
そして、その思いの深さに、自然と胸が熱くなった。
きっと、この世界のどこを探しても、結月以上に、俺を愛してくれる人はいないだろう。
そして、そう思えば、一度おさまったはずの熱が、また再び舞い上がってきそうだった。
でも、これ以上、結月に無理をさせるわけにはいかない。レオは、そう思うと、結月を抱きしめるだけに留め、また言葉をかける。
「そんなに俺のことを、思ってくれてたなんて」
「当たり前じゃない。だって、私は、レオじゃなきゃダメだもの」
「え?」
「レオじゃなきゃ、ダメなの。だって、子供のときも、恋はしないと思っていたのに、レオのこと好きになっちゃって……私、レオのことを考えるだけで、いつもドキドキして、苦しさで胸が張り裂けそうになって……それに私、レオがフランスに行ったあと、温室で毎日のように泣いてたのよ」
「え?」
「だって、会えないのが寂しくて……たくさん思い出をつくって、教会でも約束したはずなのに、全然足りなくて……それに、レオ優しいし、かっこいいし、フランスでも、きっとモテモテなんだろうなって思ったら、すごく不安で」
「いや、何を言ってるんだ。別にモテてたわけじゃ」
「モテてたじゃない! 子猫を引き取ってくれた女の子とか、絶対レオのことが好きだったわ!」
「!?」
涙目になる結月は、確信を込めたように言い放ち、レオは激しく動揺する。
(子猫を引き取ってくれたって、もしかして、桂木さんのことか?)
そう言えば、あの時、結月は『あの子と、仲良いの?』なんて聞いてきた。
なんで、そんなことを聞くのか、当時は、わからなかったが、もしかしてあれは、ヤキモチだったのか!?
(ッ……結月、そんなに俺のことを)
胸が張り裂けるほど、好きだったのか?
すると、当時のことを思い出してか、ポロポロと泣き出した結月を、レオは、衝動的に抱きしめた。
嬉しすぎて、どうにかなってしまいそうだった。
というか、時間が許すなら、このまま押し倒してる。
だって、結月が、ここまで自分に思いをよせていたのだから……!
(というか、教会でキスして、箱まで託したのに、まだ足りなかったのか……っ)
これは、ある意味、記憶喪失になっていてよかったんじゃないだろうか?
この状態で、8年も待たせていたら、会えない寂しさに押しつぶされていたのでは!?
「あの……ごめん、こんなに待たせて……っ」
「うんん。二人の夢のためだったし、仕方ないわ……それに、忘れてた私に、とやかく言えることではないし……だけど、もうどこにも行かないで」
レオの胸に顔を埋め、結月が切なげに呟く。
もう、離れないで──と、まるで猫のように縋り付く姿はとても弱々しく、レオは、優しく髪を撫でながら、また愛おしいそうに結月に語りかけた。
「……もう、どこにも行かないよ」
これからは、ずっと一緒だ。
この命が尽きるまで、ずっとずっと君の傍に──
でも、そのためには、まだ、やらなければいけないことがあった。
何がなんでも、神隠しを成功させないといけない。
二人の未来のために──
そして、昨日まで感じていた不安も、結月のおかげか、全て消え去っているのに気づいた。
そうだ。例え、あの母親が何を企んでいようと、全ての主導権は、こちらが握っている。
そう、この阿須加家を生かすも殺すも、全て自分たち次第。なら、何も恐れる必要はないのだ。
今、やるべき事は、この計画を、確実に成功させること──
「結月は、すごいな」
「え?」
「結月がいてくれたら、俺はなんだってできる気がする。だから、絶対に叶えよう、二人の夢を──」
「うん」
この先の未来で、二人一緒に、幸せになるために。
そして、お互いの意志を確認すると、二人は、静かに唇を重ね合わせた。深く深く、愛してるという思いを、互いの心に刻み込むように──
真冬の朝は
その後、ゆっくりと明けていった。
新たな未来に向かって──
そして、それから2日が経てば
ついに決行の日がやってくる。
慌ただしくも
年を越える空気が、町中を埋め尽くす中
執事とお嬢様の、人生をかけた戦いが
今、始まろうとしていた。
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