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第20章 復讐の先
結月の想い
しおりを挟む「記憶を思い出した後からよ……冬弥さんが、私を突き落とした記憶と一緒に、レオのお父様のことも同時に思い出していたの」
微笑みながら、だが、どこか悲しみの表情を混じえながら、結月が静かに言葉を重ねた。
「だから、このままレオに、阿須加家を潰させていいか、ずっと悩んでた。私の一族だけが潰れるならともかく、それによって巻き込まれる人達がいれば、レオはその人たちのことを思って、心を病んじゃうじゃないかって」
「…………」
「でも、この話をすれば、レオのお父様の話もしなければならなかったし、復讐を諦めてなんていったら、レオは怒るだろうと思ったから、なかなか言いだせなくて……だから一度は、レオと一緒に復讐を果たす決意もしたの。でも、昨日レオが、お父様の話をしようとしてるのに気づいて、先に話さなきゃって思った」
「先に?」
「うん。レオに謝らせてはいけない気がしたの。悪いのは全部、阿須加一族だから……本当に、ごめんなさい。お父様の件は、どれだけ償っても償いきれないわ」
レオの父の死を悲しみ、結月が深々と謝罪する。
だが、これはレオが、ずっと心配していたことだった。この事実を知れば、結月は、きっと自分を責めてしまうだろうと──
「結月が、気に病むことじゃない」
「そういうわけにはいかないわ。実際に、自殺まで追い詰められた人が、阿須加のホテルから出てるのよ。それに、昼間のレオの様子も、おかしかったし」
「え?」
「別邸で、なにかあったのでしょ? すごく辛そうにしてた。きっと、お母様のせいよね。でも、レオは私には話さず、ルイさんを連れて行っちゃうし、きっと復讐を果たしたあとも、一人で抱え込むんだろうなって思ったら、ますます不安になって……それに、レオみたいに、辛い思いをしながら働いてる人たちが、他にも沢山いるんだろうなって思ったら、やっぱり、このままはダメだと思ったの」
その話を聞いて、レオは、改めて昨日のことを思い出した。
美結に呼び出され、不快感に苛まれていたからか、思わず、結月を抱きしめてしまったが、あの件は、結月の決意を、より高めるものになったらしい。
(……そうだったのか)
どれだけ心配かけてたんだ、俺は!
一糸まとわぬ姿で、不安がる結月をみて、ルイの言っていた『きっと、心配してるよ』の言葉が、酷く胸にひびいた。
まさか、ここまで心配をかけていたなんて。
だが、こうして、自分だけじゃなく、社員たちまで救おうとしている結月は、幼い頃、子猫たちのために奮闘していた、あの時と同じように見えた。
やっぱり結月は、何も変わらない。
あのころから、ずっと、美しいまま──
だが、この黒い一族に生まれながら、結月がこのように清らかに育ったのも、ある意味、この『屋敷』の中にいたからかもしれない。
もし、檻のようなこの場所が、結月の高潔さを守っていたのだとしたら、こんなに皮肉な話はない。
だが、屋敷の使用人たちさえ救えば、結月は安心して出ていけると思っていたのだが、その目測は、完全に見誤っていたらしく、レオは情けなさに震えた。
まさか、このタイミングで、顔も知らない従業員たちまで救いたいと言われるとは思わなかった!
「それより、どうやって救うつもりなんだ? あと2日しかないんだぞ」
「大丈夫。ちゃんと考えてるわ。私ね、今、お父様たちにお手紙を書いてるの」
「手紙?」
「うん。『どうか心を入れ替えて、この先は、社員に優しい会社を作ってください』って」
「…………お前、まさか手紙なんかで、あいつらが変わると思ってるわけじゃ」
「思ってないわ。でも、あの二人は従うしかないはずよ」
「え?」
「だって、脅すための材料は、レオがたくさん、揃えてくれたでしょ」
その言葉に、レオは瞠目する。
材料とは、結月を連れ戻されないようにと準備してきた"阿須加家の弱み"のこと。
「今、あの二人は、私たちに弱みを握られてる状態よ。だから、それを利用して、今すぐ、会社の内情を改善するよう命令するの」
そういった結月の意思は、とてもハッキリしていた。
阿須加家の弱みは、一つひとつは大したことないものじゃなかった。
せいぜい労働基準法に引っかかる程度で、罰せられたところで罰金さえ払ってしまえば、簡単に終わってしまうようなもの。
結局のところ、法の力に頼っても、この一族を、根本から変えることはできない。
だからレオも、株主の情報を人質に取り、結月を奪うことで、内側からの崩壊を狙った。
例え、小さな事案でも、株主はお金が絡むゆえにシビアだ。悪評に包まれた企業に、あえて投資しようとはしない。
その上、結月がいなくなれば、融資の件もなくなる。つまるところ、運営資金がなくなれば、企業はあっさり潰れてしまう。
だからこそ、結月を奪われたあと、更に株主まで失うとわかれば、阿須加夫婦も、こちらの言うことを聞かざるを得なくなる。
つまり結月は、その弱みを利用し、阿須加家を潰すのではなく、無理やりにでも、会社の内情を変えさせようとしているらしい。
「確かに、脅しでもしないと、あいつらは変わらないだろうが、まさか結月から、そんな言葉が出るとは思わなかった」
「私だって、出来るならそんなことしたくないわ。でも、うちの一族は、社員や使用人たちに対する扱いが酷すぎると、昔からよく聞いていたの。でも、誰も何も出来なかったわ。いえ、やろうとすらしなかった。でも、それだけ、この阿須加家は、この町にとって、とても大きな存在だったの。だけど、このまま、なにもしなければ、いつまでたっても変わらないわ。だから、ここを出る前に、やれるだけのことはやっておきたいの。例え、親を脅してでも──」
親を捨てると同時に、結月は、そこまで覚悟していたのかと、レオは少し驚かされた。
だが、確かに脅すとにはなるが、それは、社員たちでなく、阿須加家全体を救うことにも繋がる。
既に衰退しかけているこの一族が、内情の回復と共に生まれ変わるのだ。あの親にとっても悪い話ではない。
とはいえ、今まで虐げてきた実の娘に、内部告発も厭わない姿勢で、脅されるとは、今後の阿須加夫婦のことを思えば、ある意味、いい気味だった。
「……そんなこと手紙に書いたら、アイツら怒り狂いそうだな?」
「そうかもしれないわね。でも、私だって、これまで散々、お父様たちの命令を聞いてきたのよ。少しは、私の気持ちを理解してくれるかもしれないし、それに、子の間違いを正すのが親の役目だとするなら、親の間違いを正すのも子供の役目よ」
「そうかもな……じゃぁ、あの提案も、もしかして、このためだったのか?」
するとレオは、更に結月を問い詰めた。
結月が記憶を思い出した日、親を捨てる覚悟を持たせたあの日の夜、結月は、レオにある提案をしてきた。
『あのね、レオ……私、神隠しにあいたいの』
──と。
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