お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第20章 復讐の先

復讐と救済

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 ※ ご注意 ※ 

 一部、アダルトなシーンがあります。
 お気をつけください。


 ✣✣✣✣✣✣✣



「だから私は、絶対にレオに復讐なんてさせない」

 ハッキリと聞こえた言葉に、レオは目を見開いた。

 復讐は、幼い頃に誓った、もう一つの『約束』だった。父の前で、父のためにと誓った、一方的な約束。

 だが、結月は、それを『させない』と言ってきて、レオの心には、複雑な心境が入り交じる。

「……なにを、言って」

「だってレオは、私を奪うことで、阿須加家を潰そうとしてるでしょ? でも、阿須加家が潰れれば、それに巻き込まれる人たちがたくさんでてくるわ。罪のない人たちが、一緒に沈むことになるの。一族を潰すって、そう言うことだもの!」

「………」

「でも、レオは、そんなの全部分かってるんでしょ。だから、私に『全部、俺のせいにすればいい』と言ったのでしょう?」

 結月の瞳から、またひとつ涙がこぼれおちた。

 レオは、その涙をみつめながら、まるで肯定するように沈黙する。

 確かに、そう言ったことがあった。
 結月が、心を痛めないように。

 欲深い執事に拐われる君は、何も悪くないからと──

 だが、結月は、その言葉の本当の意味に気づいていたらしい。優しくレオの手を取った結月は、泣きながら言葉を重ねた。

「レオは、全ての責任を一人で背負うとしてる。私を奪うことで、生まれる悲劇も憎しみも、全て──だけど、私は、レオに、心から幸せになってもらいたい。でも、誰かを不幸にして手に入れた幸せなんて、本当の幸せとは言えないわ。きっとレオは、一生苦しむことになる。だって貴方は、とても優しい人だもの」

 レオは、優しい人。
 それに私は、会う度に気付かされた。

 初めて会った時、レオは、子猫を預かってくれて、その後も、一緒に飼い主になる人を探してくれた。

 屋敷を抜け出した時は、私が怪我をしないように、いつも守ってくれて、他にも、困っている人がいたら、自然と声をかけいた。

 きっと、ほっとけない性格なのだと思った。

 だからこそ、この手が、どれほど温かいか。
 この手に、どれだけの人が救われてきたか。

 私は、よく知ってる。

 強く逞しいこの手は、弱者を救う優しい手だ。
 だって、レオは──

「レオは、私の使用人たちを、みんな救ってくれたわ。私がいなくなったあと、生活に困ることがないように、追い出すなんて言いながら、新しい道を与えてくれた。ホテルの従業員だって、そうよ。あれだけの証拠を揃えているなら、すぐにでも潰すことが出来るのに、そうはせず、ゆっくりと自滅させることを選んだ。でも、それは、残された従業員たちが、あのホテルを離れる時間を、少しでも稼ぐためでしょ。会社が潰れてしまえば、巻き込まれる人たちが、必ず出てくる。だから、レオは──」

 だからレオは、すぐには潰そうとしなかった。
 犠牲になる人を、少しでも減らそうとしていた。

 でも──

「でも、レオなら気づいてるはずよ。あのホテルには、辞めたくても辞められない人たちがいるってこと、貴方のみたいに──」

「……っ」

 結月の言葉に、レオは、きつく唇を噛みしめた。

 阿須加家は、結月さえ奪えば、滅びゆく運命にあった。婚約が破談になれば、餅津木家からの融資の件もなくなる。
 そして、跡取りがいなくなれば、守り続けてきた、その血を継ぐ者はいなくなり、元から衰退しかけていた阿須加家は、そのまま崩壊へと突き進む。

 だからこそ、結月を確実に奪うために、アイツらをおどすための証拠を集めた。

 父の残した日記を手がかりに、執事になったあとも、阿須加家の内情を探り、弱みを握り続けた。

 だが、探れば探るほど分かっていったのは、阿須加一族は、この地域に深く根を張っているということ。

 そして、それにより、共倒れになってしまう人たちが、必ずでてしまうということ。

 もしかしたら、父もそうだったのかもしれない。

 阿須加家に深く関わったからこそ、辞めたくても辞められなかったのかもしれない。

 そして、このまま復讐を果たせば、一番救わなくてはならない人たちが、父のように苦しんでいる人たちが、一族と共に沈んでしまう。

 だけど、全てを救うなんて、無理だった。

 復讐を果たすということは、誰かを『不幸』にすること。そんなの、よく分かってる。

 でも、それでも、結月だけは手放したくなかった。

 例えこの先、どんな業を背負ったとしても──

「そんなこと分かってる。それでも、俺はッ」

「それでもじゃないわ! レオが、一番救いたかったのは、あなたのお父様でしょ! それなのに、玲二さんと同じように苦しむ人達を、自分の復讐に巻き込んだとなれば、あなたの心は、どうなるの!?」

「……っ」

「レオ、私はあなたが心配だわ。いつも一人で背追い込もうとする……復讐したい気持ちは分かるわ。でも、それによって苦しむあなたは見たくないの。なにより、この手は、復讐なんかで穢れていい手じゃない。あなたの手は、人を救う優しい手よ……だから絶対に、復讐なんてさせたくないッ」

 泣きながら話す結月の言葉が、自然と胸に突き刺さる。

 覚悟したはずだった。
 結月を救うためだったら、なんだってすると。

 例え、どれだけ怨まれても、どれだけ、この手が汚れても、結月を救い、復讐を果たせるなら、それでいいと思った。

 だけど、結月は、そんな俺の覚悟に気づいて、復讐をとめようとしてくれる。

 誰も傷つけさせないと、この手を握って、泣いてくれる。

 不思議と、胸が熱くなるのは、なぜなのだろう。

 目の奥からは、自然と込み上げてくるモノは、なんなのだろう。

「でも、どの道、結月を奪えば……っ」

 だけど、それは、簡単な話ではなかった。

 結月を奪えば、どちらにせよ、復讐への引き金を引いてしまう。だからと言って、結月を手放すなんて、絶対に考えられない。

「俺は、結月を諦めるつもりはない」

「諦めなくていいわ。私は、レオについていく。そして、レオを復讐者にもしない。だって、私がもの」

「……変える?」

「そうよ。私、ずっと諦めていたの。力のない私には、どうすることも出来ないって。だけど、そんな私に、レオが力をくれたの。あなたのおかげで、私はやっと、あの二人と戦える。だから、絶対に変えてみせるわ。

「……っ」

 その言葉に、レオはきつく唇をかみしめた。

「変える? あの一族を? そんなこと……っ」

「できるわ。いいえ、やらなきゃいけないの。やっぱり、あのホテルで苦しんでる人達を、このまま見捨てていくなんて、私には出来ない。だから、お願い。私の力になって──私と一緒に、

「……っ」

 そう言って、優しく握り締められた手に、心臓が激しく波打った。

 正直、意味が分からなかった。あんなにも憎いはずの一族を、救えと言われていることが……

 だが、結月は、戸惑うレオの首筋に、そっと手を回すと、優しく抱き寄せながら

「ごめんね、酷いことを言ってるのは、分かってるの。だから、ゆるしてなんていわない。赦す必要なんてない。でも、私は、レオの過去は救えなくても、この先の未来は守りたい。だから、どうか耐えて。復讐に囚われたままでいないで──お父様を亡くした悲しみも、復讐したいという、その思いも、なにもかも全部、私にぶつけていいから」

「……っ」
 
 そう言われた瞬間、涙が頬へと溢れ出した。

 理不尽な言い分だと思った。復讐される立場の人間が、復讐する側に、耐えろと言ってる。

 だけど、それも全部、俺のためなのだということも、嫌というほど伝わってくる。

 結月は、俺を、復讐者にしないために言ってる。

 この先、続く後悔や苦しみから、俺の心を守るために──

「……っ」

 ──ドサ

 瞬間、結月の体を、レオは、強引にソファーの上に押し倒した。

 肌触りの良いカウチソファーの上には、結月の長い髪がちらばって、押し倒されたことに気づいた結月が、レオをまっすぐ見上げた。

 涙を流しながら、感情を押し殺すように、必死に唇を噛み締めていた。すると、結月は、そんなレオに、そっと手を伸ばすと

「来て。全部、受け止める」


 その後は、深く深く沈みゆくようだった。

 きっと、前のように、優しくはできないと思った。

 心の中が、ぐちゃぐちゃで、自分を律することが出来なかった。

 幼い頃、俺は、父の墓前で、復讐を誓った。

 だけど、復讐を果たせば、父のように苦しむ人たちを、自分が不幸にしてしまう。

 でも、それを全て知った上で、結月は、俺を救おうとしているのだと。

 さまざまな感情が、淀みなくおしよせて、まるで、心の行き場をなくしてしまったかのように、泣きながら、結月を求めた。

 壊れるほど、何度も抱いた。

 初めての夜とは全く違う、獣のような交わりに、結月は酷く戸惑ったかもしれない。

 だけど、それでも結月は、そんな俺を、最後まで受け入れてくれた。

 まるで、復讐心にまみれた醜い心を、根こそぎ、包み込もうとでもするように──

 すると、涙は余計に止まらなくなって、その涙を見て、ふと幼い頃を思いだした。

 父の死の真相をしって、泣きじゃくったあの日、俺の心は、空っぽになった。

 父を亡くした悲しみと
 祖母に忘れられた虚しさ

 そして、父の苦しみに全く気づかなかった自分への苛立ちから、いつしか、その心は真っ黒に染まり、阿須加家への復讐心でいっぱいになった。

 たまたま出会った結月を、復讐のために利用しようとして、だけど、結月はそれを知りながら、ずっと俺のそばにいてくれた。

 俺の話を、嬉しそうに聞いて
 何度と笑いかけてくれて
 俺に、夢と安らぎを与えてくれた

 きっと、あの頃、俺が生きていられたのは、結月のおかげで

 あんなにも真っ黒だった心が、少しずつ和らいでいったのは

 結月が、復讐それに勝るほどの愛情を


 たくさん注いでくれたから──


「ッ……ゆづき」

「はぁ、……あぁ、ッ」

 泣きながら名前を呼べば、結月は、息を乱しながらも優しく微笑んだ。

 触れた結月の身体は、いつもより熱くて、そして、熱を上げ続けた俺の身体は、休むことなく、ひたすら愛を求めた。

 涙は──ずっと止まらなかった。

 だけど、心の中に溜まっていた復讐心は、その涙と一緒に、ゆっくりとゆっくりと、消え去って行くようにも感じた。




 
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