お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第20章 復讐の先

あと少し

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「レ、レオ、何してるの!? こんなッ」

 こんな所で、抱きしめるなんて──!
 
 突然のことに、結月は顔を真っ赤にして、慌てふためいた。

 両サイドでは、女装したルイと男装した恵美が、しっかりと見つめている。

 基本的にレオは、人前では常に『執事』だ。それは、二人の仲が既知の事実となっても変わらない。それなのに

「レ、レオ……ルイさん達が見てるわ……っ」

 頬を真っ赤にしたまま、結月は、とりあえずレオに声をかけた。

 だが、レオの腕の力は弱まるどころか、より強くなるばかりで、結月は更に困惑する。

 首すじに顔を埋められているせいか、レオの表情はよく分からない。だが、なんだろうか?
この雨に晒された子犬のようなら雰囲気は!?

「ど、どうしたの? なにかあったの?」

 普段と違う行動をとるレオに、結月が、心配そうに問いかける。すると、レオは

「……気持ち悪い」
「え!?」

 気持ち悪い!?
 もしかして、具合が悪いの!?
 朝は、門松作るほど元気だったのに!?

「だ、大丈夫!? 外が寒かったからかしら! 熱は!?」

 すると、結月の手が、レオの頬に触れた。

 さっきまで美結に触れられていた場所に、今度は、結月の優しい手が重なる。

 そのぬくもりに、すっと目を細めたレオは、静かに自分の手を、結月の手の上に重ね合わせた。

 別邸での時間は、苦痛でしかなかった。

 あのまとわりつくような不快な声も、舐めるような視線も、何もかもが気持ち悪かった。

 しかも、何が「私に似て可愛い」だ。

 結月が『月』なら、あの母親は『スッポン』以下だ。だが、その苛立ちが最高潮に達していたからか、普段とはかけ離れた行動をとってしまった。

「ごめん、大丈夫だよ。ただ、癒されたかっただけ」

「癒し!?」

 だが、レオが素直にそういえば、結月は更に困惑する。

 癒されたくて、抱きしめたの!?
 みんなの前で!?

(き、きっと、別邸で何かあったのね?)

 ただただ癒しを求める執事に、結月は申し訳ない気持ちになった。

 使用人をモノ扱いする両親だ。何よりも、レオは、春から別邸の執事として、お母様に仕えろといわれている。

 それを思えば、一体どれほどの心労が、今のレオにのしかかっているのだろうか?

「レオ、ごめんなさい。いつも、無理させてばかりで」

「何言ってるんだ。これは、俺が望んでやっていることだって、前にも言っただろ」

「そうだけど、でも……っ」

「大丈夫だよ。それに、あと少しなんだ。あと少しで──」

 そう、あと少しで、結月を、この檻から解放できる。やっと、俺たちの夢が叶う。

 そして、そのためなら、俺は、なんだって──

「結月、ここを出たら、暫くゆっくりしようか」

「ゆっくり?」

 結月を安心させようと、レオは結月の手を握りしめながら微笑んだ。

「そう、暫くは、働かなくてもいいくらいの蓄えはある。だから、ゆっくりデートを重ねながら、二人だけで、のんびり過ごそう。そして、結月が20歳になって、正式に籍をいれたら、フランスで結婚式をあげよう」

「フランスで?」

「あぁ、俺の両親にも紹介したいしね」

「……っ」

 その言葉に、結月は頬を赤らめた。
 正式に籍を入れられるまで、1年はある。

 それまでの間は、のんびり過ごそう。
 恋人としての時間を、堂々と過ごそう。

 なにより、結月のウェディングドレス姿は、どれほど美しいだろう。想像しただけで、頬が緩んだ。

 だけど、その未来のためにも、今は、何としてもここを乗り越えないといけない。

 すると、結月から手を離したレオは、今度は、ルイに視線を向けた。

「ルイ、少し話がある。今から、執務室に来い」

「え、僕?」 

 突然、指名され、ルイがキョトンと首を傾げた。

 このタイミングでなんだろうか?
 
 少々、嫌な予感がしたが、ルイは、すぐさま明るい笑顔を浮かべると

「うん、わかった。でも、その前に──コレ、恵美ちゃんに、渡しとくね」

 すると、レオの指示に従う前にと、ルイはトランクの中から、大きめの封筒をとりだした。

 それを恵美に手渡せば、恵美は、それが、何か分からぬまま、封筒を受け取る。

「なんですか、これ?」

「数日前にレオに頼まれたんだ。住み込みで働ける場所を、いくつかピックアップしておいたから、親と和解できなかったり、転職先に悩んだら使うといいよ」

「え! そんなことまで調べてくださってたんですか!?」

「うん。レオが、万が一、親と和解できなかったら、恵美ちゃん、また家出するかもしれないからって」

「う、それは……っ」

「レオって、なんだかんだ面倒見がいいよねー。それに、出版社にいる知り合いに聞いたら、アシスタントの募集してる漫画家が1人だけいたから、その気があるなら、面接受けてみてば?」

「え、アシスタント?」

 その言葉に、恵美は封筒を開け、中を確認する。
 すると、中には、いくつかの求人情報が書かれた書類が入っていて、そして、その中の一枚に、確かにアシスタント募集の書類もあった。

 場所は、この星ケ峯ではなく、隣町の桜聖市。少し距離はあるが、住み込みで働けるなら、実家から通う必要もない。

「……っ」

 すると恵美は、その書類をギュッと抱きしめた。ここまで、自分のことを考えていてくれたなんて、思いもしなかった。

 そして、これは、二人が与えてくれたチャンスだ。これまで、毎日描き続けてきた努力を、披露できるチャンス。

 でも、ここでアシスタントに選ばれなければ、それは同時に、まだ努力が足りないということ。

「っ……ありがとうございます、五十嵐さん、ルイさん。私、頑張ります!」

 涙目になりながらも、力強く恵美が笑えば、レオとルイも同時に微笑んだ。

 自分達ができるのは、ここまで。
 あとは、全て──彼女次第だ。

「じゃぁ、僕はレオと話したら、そのまま帰るよ。二人も当日は、その姿で、無事を祈ってるよ」

「任せてください! 必ず、お嬢様と一緒に、ルイさんの元に行きます!」

「うん、じゃぁ、レオ」

「あぁ……結月、また後でくる」

「えぇ、分かったわ」

 すると、男装した結月に再び微笑みかけたレオは、ルイと一緒に、部屋を出ていった。

「では、お嬢様。私たちも着替えましょうか? お手伝いしますよ」

「えぇ、そうね。でも、自分で着替えるわ。もう、甘えてはいられないし」

 恵美の言葉を断り、結月は、かぶっていた帽子を取る。すると、隠れていた結月の長い髪が、サラサラと滑り落ちた。

 だが、先程のレオを思い出せば、少し心配になった。

(レオ……ルイさんに、どんな話があるのかしら?)

 普段とは違う、レオの様子。
 それは、結月は微かな不安を抱かせた。

「お嬢様、いきますよー」
「えぇ」

 だが、その後、恵美に呼ばれれば、結月は、着替えるため、また部屋の奥へと歩いていった。

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