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第20章 復讐の先
奥様の執事
しおりを挟む「ルイさん、ごきげんよう」
レオが別邸に向かったと入れ替わりに、裏口からは、ひっそりとルイが忍び込んでいた。
前にレオの恋人のフリをした時のように、完璧に女性になりすましてやってきたルイは、笑顔で語りかける結月にむけて、にこやかに返す。
「ごきげんよう、結月ちゃん。話は、レオから聞いてる?」
「はい。ルイさんに任せとけば間違いないって」
「そっか」
楽しそうな結月に導かれるまま、ルイは、大きめのトランクを手にし、結月の部屋まで進んだ。
前に来た時は、応接室に通されたからか、結月の部屋に入るの初めてのこと。
中に入れば、女性らしくも西洋風の内装が目に入って、どことなくフランスの我が家を思い出した。
だが、懐旧することなく、ルイは重いトランクを床に置くと
「じゃぁ、執事さんのいない間に、とっとと終わらせちゃおっか♪」
そう言ったルイは、結月をみつめ、にっこりと笑った。
✣
✣
✣
結月の母親・阿須加 美結に呼び出されたレオは、その後、別邸に向かった。
朝は早くから門松を作り、午後からは別邸へ。だからか、今日はあまり結月と話せていなかった。
執事として、結月に仕えつつも、やはりベテランの使用人が二人も抜けたせいか、その穴を塞ぐのは容易なことではなかった。
いくら体調を戻したとはいえ、ハードなことにかわりはない。だが、こうして執事として働くのも、残り数日。
そう、あと数日、執事として振る舞えば、結月を自由に出来る。
✣✣✣
「時間どうりですね。どうぞ中へ」
その後、別邸につけば、玄関先で、メイドの戸狩が出迎えてくれた。
もう見なれた光景だ。
なぜなら、レオは結月が餅津木家にいったあと、阿須加 美結の執事になるよう命令されているから。
勿論、仕えるつもりはないが、計画を気取られぬためにも、今は、従順な執事を演じなくてはならない。
だからか、別邸の業務を覚えるため、ここには頻繁に出入りしていたし、指導者として、戸狩と会話を交わすことも多かった。
「門松は、用意できましたか?」
すると、奥様の元に向かう途中、いつものように、戸狩が声をかけてきた。レオは、戸狩の質問に柔らかく微笑むと
「はい。初めて作りましたが、阿須加家に相応しいものにはなったかと」
「そうですか。では、来年から、別邸の門松も、あなたに頼みましょうか」
「え? 私にですか?」
「はい。どの道、奥様の執事になるのでしょう? なら、あなたに頼めば、わざわざ庭師に頼む手間が省けますし」
「……そうですが」
「しかし、新年の準備をするこの時期は、やはり慌ただしいものですね。本館の方は、問題なく進んでいますか?」
「はい。あらかた準備は整いました。あとは、おせち料理の仕込みをするくらいかと」
「そうですか。では、阿須加家のしきたりなど、もう分からないことはありませんね?」
「はい。ですが一つだけ。旦那様と奥様は、元旦に、大旦那様の元に行かれるとお聞きしましたが」
「はい。それが何か?」
「いえ、お嬢様は、ご一緒なさらないのですね」
「あぁ、お嬢様は、ご親戚の集まりにはお連れしないのです。奥様が、結月様と一緒に、親族に会うのを嫌がって……やはり、お嬢様が女の子としてお生まれになったからでしょう。親類縁者からの嫌味を、新年早々、聞きたくはないと」
「…………」
戸狩の話を聞きながら、レオは心の中で失笑する。
ちなみに大旦那様とは、洋介の父であり、結月の祖父にあたる方だ。もう90歳を越えるご高齢で、老い先短いと聞く。
だが、結月は、この阿須加家の跡取り娘でありながら、大旦那様や親族には、ほとんど会ったことがなく、まさに籠の鳥だった。
屋敷の中に閉じ込められて、誰の目にもふれぬよう囲われた──孤高の小鳥。
だが、親戚に会わせない理由が、結月が女児として生まれてきたせいにされるのは、甚だ遺憾だ。
──コンコンコン!
「奥様、五十嵐が参りました」
その後、戸狩が部屋の前で立ち止まれば、レオも、それに合わせて立ち止まった。
扉の前に立てば、燕尾服の裾がふわりと揺れた。すると、それからしばらくして、美結が「入って」と返事をしてきた。
中に入り扉を閉めれば、美結は一人がけの豪華なソファーに腰かけ、愛猫のペルシャ猫を撫でていた。
真っ赤なネイルを施した美結の指先が、真っ白な猫の毛並みを撫でる。すると、それから、ややあって
「戸狩、あなたは下がっていいわ」
そう言って、美結が戸狩を見つめた。
「え、ですが……」
「いいのよ。ちょっと、五十嵐と二人だけで話がしたいの」
「………」
二人だけで──そう言われ、レオは表情にださずとも息を呑む。
わざわざ人払いをさせて、なんの話しをするつもりなのか?
半ば警戒しつつも、レオがポーカーフェイスを貫いていれば、戸狩が部屋から出ていった瞬間
「五十嵐、こっちにいらっしゃい」
そう言って、美結が手招きをしてきた。
年の割に綺麗な手が、まるで誘うように動く。だが、それに不快感を抱きながらも、言われるまま傍によれば、レオは数歩離れた位置で立ち止まった。
だが──
「もっと近くよ。ここまで来て」
「…………」
どうやら、触れられる位置までいかなくては、納得しないらしい。
(……なんのつもりだ?)
更に警戒心を高め、レオは暗然とする。
だが、執事であるレオに拒否権はなく、命令通り、美結の正面まで進むと、その後レオは、騎士のように跪いた。
ここまで近づけば、直立というわけにはいかない。ソファーに座る美結よりも下になるよう、レオは傅く。
すると、その瞬間、美結の膝にいたペルシャ猫がスルリと抜け出し、細い手がスッと伸びてきた。
先程まで猫を撫でていた美結の手が、レオの頬に触れる。指先が輪郭をなぞり、強引に顔を持ち上げられば、近い距離で目が合った。
こうして触れられるのは、二度目だ。
そして、その瞳は、前よりも食い入るように見つめてくる。
まるで、舐めるように。
だが、蛇が這いずり回るようなその視線に嫌悪しつつも、レオは決して目をそらさず、美結を見つめた。
動揺などしない。今の自分は、執事として振る舞わなければならない。
そう、例え相手が、殺したいほど憎い相手でも──
「ふふ……ねぇ、五十嵐」
すると、ひとしきりレオの顔や肌を堪能したあと、美結の口元が、ゆっくりと弧を描いた。
甘ったるい声が、鼓膜から脳内に入りこめば、嫌悪と不快感が同時に迫り上がってくる。
だが、その直後──
「あなた、結月のこと、どう思ってるの?」
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