お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第20章 復讐の先

神様の依り代

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「ほ~、これは、また立派な門松かどまつだねぇ」

 12月28日──

 阿須加の屋敷の前では、近隣の住人たちが感嘆の声を上げていた。

 毎年、この時期になると、阿須加家の門の前には門松が飾られ、その出来栄えを見るために、こうして近隣の住人たちが見学にくる。

 そして、例年の如く、格子状の阿須加家の門の両脇には、優美な門松があった。

 胴まわりが太く、高さもある雄大な門松。

 信仰心の高い日本ならではだが、門松は、時代と共に豪華になりつつあった。

 財力の象徴であったり、より大きな幸福を手にしたいと思う、人の心に左右されることから。

 そして、昨年まで、阿須加家の門松は、運転手である斎藤が手がけていた。だが、今年はレオが作ったため、海外で培った美的センスを活かしつつ、和風ながらもスタイリッシュな門松が出来上がっていた。

 まるで、有名なデザイナーにでも外注したかのような出来栄えだ。まさに、このまま高級デバートの入口に飾られていてもおかしくないほど!

「はぁ、すごいわねぇ~。斎藤くんの門松も立派だったけど、五十嵐くんの門松も負けてないわ」

「そうだなー。しかも、若い子が作ると、若々しい上に力強くて、また違った味がでるねぇ」

「ありがとうございます。ですが、門松を作ったのは初めてなので、技量のある斎藤さんに比べたら、まだまだですよ」

 住人たちが褒め称える中、レオはあくまでも謙遜して答えた。
 だが、そんな返答を聞いて、傍で、庭掃除をしていた恵美が叫ぶ。

「もう、五十嵐さんは、もっと自分を褒めていいと思いますけど! 初めてで、ここまで出来ちゃうなんて、普通はありえないんですよ!?」

「あはは。ですが、私は執事ですから、このくらいは出来なくては」

「出来なくてはじゃないですよ!? 他の屋敷だったら、業者に依頼するところですよ!」

「そうだよ、五十嵐くん! 君は本当に凄い執事なんだぞ!」

「そうよ、もっと自信を持って!」

 住人たちが、恵美と一緒になって褒めれば、レオはにこやかに微笑んだ。

 勿論、レオだって悪い気はしない。

 執事として、品行方正で有能な執事を演じられているなら、それに越したことはない。

 執事の品位は、同時に主人の評価にも繋がる。

 屋敷の使用人たちが、近隣住人たちから支持されればされるほど、結月の主としての評価も高まる。

 とはいえ、結月は、ほとんどお目にかかれない孤高のお嬢様。それ故に、近隣からは、憧れにも近いもの感情を抱かれてるようだが……


 ✣


「五十嵐さんは、この後、別邸にいかれるんですよね?」

 それから暫く、住人たちとの会話を終え、門を閉めると、広い園庭を歩きながら、恵美がレオに問いかけた。

 この後、レオは、別邸で暮らす結月の母親・阿須加あすか 美結みゆに呼び出されていた。

 要件は特に聞かされていないが、あらかた結月と冬弥のことだろう。

 勿論、先日のクリスマスの件は、もう報告済み。
 結月は、冬弥と一夜を共にし"男女の仲"になった。その話は、両家ともに既知の事実となっていた。

 勿論、そんな事実は一切ないのだが、執事には、お嬢様に関することを、全て報告する義務があるため、どんな些細な話でも伝えなくてはならない。

 とはいえ、そのようなことまで、わざわざ報告しなければならないとは、お嬢様というのは、なかなか難儀な立場だと思う。

 だが、結月が冬弥との婚姻に前向きだと言えば、父親の洋介は、酷く喜んでいた。

 己のみさおを捧げるほど、結月が冬弥を受け入れているのだ。ならば、子供が出来るのも時間の問題。

 一方、美結の方は、上手く表情を読み取れなかったが、それでも、阿須加と餅津木の仲が進展することを、悪い話とは思ってはいないだろう。

 レオは、そう思うと、多少鬱屈ながらも、恵美に笑いかけた。

「大丈夫ですよ。私は、普段通りに振る舞うだけです。お嬢様の努力は、決して無駄には致しません」

「そうですね。せっかくお嬢様が、無事に戻ってきてくれたんですし……でも、本当に上手くいくでしょうか? なんて」

「…………」

 恵美が、不安そうに眉を下げた。

 神様への伝達──もちろんそれは、本当に神様に何かを伝えるわけじゃない。

 あくまでも、計画の隠語だ。

「大丈夫ですよ。心配しなくても、私の仲間たちは、みんな優秀ですから」

「ゆ、優秀って!? そこに私も入ってるんですか!?」

「勿論です」

「平然と言わないでください!? 私、ドジだし、しくじるかもしれないです!?」

「そんなことないですよ」

「そんなことありますよォ!!?」

 ニコニコと笑うレオに、箒を握りしめた恵美が叫ぶ。

「わ、私が、お嬢様のだなんて、やっぱり荷が重すぎます!」

「落ち着いて下さい。護衛と言っでも、誰かと戦うわけじゃない。ただ庶民に溶け込むだけでいいんです。前に、お嬢様をお連れして街に出かけましたよね。あの時を思い出してください」

「……っ」

 レオの言葉に、恵美は、夏休みにお嬢様を連れてデパートに行ったことを思い出した。

 あの時は、確かに結月と共に庶民に成りすました。だが……

「でも、万が一」

「大丈夫ですよ。堂々としていれば、バレることはありません。それに、あなたが傍にいれば、お嬢様も安心するでしょう。この役目は、お嬢様のお世話役として、二年間お仕えしてきた貴女だからこそ頼んでいるのです。それに、全てを終わらせたら、俺もすぐに合流します。だから、それまでの間、お嬢様をお守りください」

「……っ」

 真剣な瞳でみつめるレオに、恵美はゴクリと息を飲んだ。

 お嬢様をお守りする。それが、恵美がメイドとして果たす"最後の使命"だった。

 責任は重大。しかも、屋敷の中ではなく、屋敷の外でお守りしなくてはならない。

 だが、そこを上手く乗り越えなくては、二人に未来はない。

「……分かりました。この命に変えても、お嬢様はお守りします!」

「いや、命をかけられるのは困ります。あなたに何かあれば、お嬢様が悲しみますから」

「え!? あ、それはそうですけど」

「大丈夫ですよ。命をかけるのは、俺だけで十分です。それに、計画の成功も願うためにも、あのように立派な門松も作ったんですから」

「え?」

「門松は、年神様を家に迎え入れるための"依り代"と言われています。『松は千歳を契り、竹は万代を契る』。だからこそ、松と竹を用いて、神の安息所よりしろの永遠を願う。ならば、除夜の鐘と共に立派な神様にお越しいただき、綺麗に連れ去って頂きましょう」

 そう言って、綺麗に微笑んだ執事に、恵美は、再度息を飲んだ。

 大晦日の夜、私たちは『神隠し』にあう。

 この屋敷の住人たちは、跡形もなく姿を消し、除夜の鐘と共に、この屋敷は『空っぽ』になる。

 まるで、神様に連れ去られてしまったかのように──…

 そして、この執事は、神様を、いや、この町の住民全てを、味方につけようとしていた。

 それが、お嬢様の『願い』でもあったから。

「凄いですね、五十嵐さんは……型破りにも程があります。でも、私は、あなたほどお嬢様に忠実な使用人を、見たことがありません」

「それはそうですよ。私はお嬢様を、誰よりもいますから」

「……っ」

 だが、その後、真っ向から返ってきた言葉に、恵美は頬を真っ赤にした。

 恥ずかしくなるくらいの愛の言葉。
 だが、それは嘘偽りのない真実の言葉。

 もし『愛』が『力』に変わるのなら、彼以上に強い者はいないのかもしれない。

 すると、恵美は、不思議と気が抜けて、クスクスと笑いだした。

「ふふ、そうですよね。五十嵐さんは、お嬢様のためだけに執事になったような人でした!」

「そんなに笑うことですか?」

「だって~! ねぇ、五十嵐さん! 私、いつか、あなたをモデルに漫画を書いてみたいです!」

「え?」

「五十嵐さんを主人公にした漫画。いいですか、書いても? この屋敷をでたら、もう聞けなくなっちゃうから、今、返事をください」

「………」

 キラキラと伺いみる恵美の言葉に、レオは一瞬あっけに取られた。なにより、恵美がめざしているのは、少女漫画家だ。

「モデルにって……それは別に構いませんが、男を少女漫画の主人公に据えるのは、あまり得策とはいえないのでは?」

「そんなことありませんよ! どんな型破りな漫画だって、面白ければ支持を得るんです! 私、必ずプロになって、五十嵐さんに読んで貰えるように頑張ります!」

 そう言って、力説する恵美の瞳は、とてもやる気に満ちていた。

 もう、迷いはないのだろう。
 そう思うと、レオはホッとする。

 創作の世界は、自分との戦いだ。

 ただひたすら孤独な挑戦に、耐えられなくなったものから脱落していく。

 自分を信じられなくなった者から、消えていく。

 なら、彼女は、もう大丈夫だろう──…

「そうですね。楽しみにしています」

 快く了承すれば、その後、二人は穏やかに微笑んだ。


 晴れ渡る冬の空の下、彼らの計画は密かに進む。

 お嬢様を救うための──最後の戦い。


 そして、その決行の日は、数日後に迫っていた。

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