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第19章 聖夜の猛攻
車の中で
しおりを挟む次の日の朝──
指定していた時刻丁度に、執事が迎えにきた。
普段通り、真っ黒な燕尾服を着たレオは、餅津木家に入るなり、品よく一礼する。
「お待たせいたしました、お嬢様」
「別に待ってないわ。時間、丁度よ」
迎えの時刻は、朝9時。
そして、張子時計が丁度を知らせた瞬間、執事は訪れた。もはや流石とも言える。
だが、レオとしては、遅すぎるくらいだった。
執事としては完璧な時刻。だが、恋人としては、日が昇ると同時に迎えに来たいくらいだったのだから。
「五十嵐。冬弥さんから、両親への贈り物を頂いたの。あとで届けてくれる」
「畏まりました」
だが、その後、結月が、にこやかに笑いかければ、レオは品物を受け取りながら、執事として言葉を重ねた。
できるなら、今すぐにでも抱きしめたいくらいだが、ここで結月の苦労を無駄にするわけにはいかない。
「それでは、冬弥さん。とても素敵なお時間を、ありがとうございました」
すると、結月が冬弥に語りかけ、メイドや冬弥の両親たちに見守られる中、冬弥も、また笑いかける。
「あぁ、こちらこそ、昨夜は、忘れられない夜になったよ。でも、かなり無理をさせてしまったから、帰ったら、ゆっくり休むんだよ」
「え、あ、はい……そうしますッ」
すると、結月は、あからさまに頬を染め、恥じいの表情をみせる。
もちろん、それは、メイドや親たちを欺くための嘘なのだが、無理をさせたなどといわれると、流石のレオも不安になる。
(大丈夫……だったんだよな?)
結月の表情を見るに、きっと計画は成功しているはずだ。
だが、そう思いたいが、まだ確信は持てなかった。
レオは、すぐさま荷物を手にすると、その後、結月をエスコートし、足早に餅津木家を去ったのだった。
✣
✣
✣
「ふぅ……っ」
普段よりも広く洗練された高級車の中、結月は、シートにもたれかかり、深く息をついた。
やっと終わったからか、さすがに気が抜けたのかもしれない。急激に睡魔が襲ってきて、心地よい車の揺れを感じながら、結月は、ゆらゆらと船を漕ぎ始めた。
──キキッ
だが、今にも寝落ちそうになったその瞬間、突然、車が停まった。
まだ、さほど走っていないし、屋敷に着くには、早すぎる。
そう思って、スモークフィルムがはられた車窓から外をみれば、それは、どこかの公園のようだった。
「……レオ?」
あまり人気のない公園。
だが、なぜ車を停めたのか?
不思議に思い、結月が声をかければ、レオはその後、運転席からおり、後部座席、つまり結月の隣に乗りこんできた。
リムジンの扉がバタンと閉まり、レオが結月の目の前までやってくる。
すると、レオは、そっと結月の頬に触れたあと
「大丈夫だった?」
そう言って、心配そうに瞳を揺らす執事を見れば、レオがどれほど不安だったか、昨夜の様子を垣間見た気がした。
結月は、そんなレオ手に、自分の手を重ねると
「うん、大丈夫。冬弥さん、味方になってくれたわ」
「そうか……怖い思いはしてない?」
「うん。夜はね、一緒に漫画を読んだの。それに、ちゃんと指1本触れさせずに──きゃっ!」
瞬間、レオが結月を抱きしめた。
強く強く、隙間なく身体を抱き寄せれば、その熱は、ずっと求めていたもので、結月の瞳からは、無意識に涙が零れ落ちた。
「……っ」
「結月? やっぱり、何があった?」
「うんん。違うの。本当になにもなかったわ。でも、レオに抱きしめられたら、なんだか急に……っ」
餅津木家を離れて、今こうしてレオの温もりを感じてホッとした。
決して隙を見せないように、常に毅然とした態度で振る舞い、立派にやり遂げた。
だけで、やっぱり──怖かった。
一歩間違えば、どうなるか分からない。そんな場所で一夜を過ごすのは、これまでにないくらいの恐怖だった。
「結月」
「ん……っ」
震える結月を抱きしめながら、レオが、そっと目尻に口付けた。
まるで、不安や恐怖を取り除くように、目尻や頬に、優しくキスを施す。すると、その焦れったい動きに反応して、結月は、くすくすと笑いだす。
「ふふ、レオ、くすぐったいわ」
「じゃぁ、もっとくすぐってあげようか?」
「え?」
すると、文字通りレオは、結月の脇腹に手を移動させ、こちょこちょと、くすぐりはじめる。
「ひゃ……ちょ、やめ…っ、やめて、レオ!」
泣いていた結月が、声をあげて笑いだす。
それは、お嬢様には有るまじき反応だったが、普通の女の子らしい反応でもあった。
品よく微笑む結月もいいが、こうして、声を上げて笑う結月も、また可愛い。
そして、その声が車内から漏れることがないのをわかっているからか、レオは更に、結月の弱い所を攻め始めた。
阿須加家の中でも、特に防犯性の高い車で来たからか、お嬢様が、中で執事に擽られているなんて、誰も気づくことはないだろう。
だが、そうして無邪気に笑う結月を見て、レオはホッと息をついた。
本当に、なにもなかったのだろう。
もし、冬弥との間になにかあったとすれば、こんな笑顔、見せてはくれないだろうから……
「無事でよかった」
「……っ」
安堵と同時に、結月を抱き締めると、結月は、そんなレオの背に手を回し、静かに身をゆだねた。
「レオのおかげよ。色々、準備してくれたから」
「何を言ってるんだ。全部、結月の力だ。俺は、待つことしかできなかったんだから」
「でも、待っててって命令したのは、私だし。それより、夜はちゃんと眠れた?」
「眠れるわけないだろ」
「もう、心配しすぎよ。帰ったら、レオもしっかり休んでね」
「大丈夫だよ、俺は。それより、一眠りしたら、夕方からパーティーをしよう」
「パーティー?」
「あぁ、クリスマスパーティー。相原や冨樫が、飾り付けや準備をしてくれるって」
「ホント!」
レオの話に、結月の表情が、パッと華やいだ。まさか、屋敷でパーティーができるなんて!
結月は、嬉しさのあまり、ぎゅとレオに抱きつくと
「私たち、とても幸せ者ね。たくさん、仲間ができたわ」
「そうだな」
「絶対に成功させなきゃね……あと、少しだもの」
「あぁ」
あと少し、あと少しで──夢が叶う。
好きな人との、何気ない日常が手に入る。
自分たちにとって、決して叶うはずのなかったものが
──やっと、手に入るのだ。
「結月」
「ふ、ん…っ」
再び名を呼べば、結月の唇に、レオの唇が重なった。
触れるだけのキスは、時折、角度を変え、何度と降り注ぐ。
甘い吐息と、熱っぽい視線。
甘美な口付けは、互いの熱と同時に、安らぎに満ちた感情を、ゆっくりと身体の中に浸透させていく。
たった一晩、離れていただけなのに、とても長い時間、離れていたような気がした。
抱きしめられるのが、嬉しい。
キスをするのが、心地いい。
すると、それから暫くして、結月の身体は、ゆっくりと後部座席に押し倒された。
「え? ちょ、なにしてるの?」
「なにって、屋敷に戻ってからじゃできないだろ」
「で、できないって、こんな場所でなんて……っ」
「はは、一体、どこまで想像してるんだ? 別に最後までするわけじゃないよ」
「……っ」
結月が、顔を真っ赤にすれば、結月を組み敷いたレオは、どこかイタズラめいた笑みをうかべた。
まぁ、ここは高級車の中。シートはフカフカだし、座席も一般の車より広く設計されている。
だから、それなりに余裕はあるので、正直、最後までしようと思えば出来なくはない。
だが、流石に、それは──
「レオ? 何考えてるの?」
「いや、別に……そんなに不安そうな顔をしなくても、少し、じゃれ合う程度だよ」
「じゃれ合う?」
「あぁ、早く帰らないと、みんな心配するだろうしね。でも、もう少しだけ──結月を感じたい」
不安だったからか、もう少しだけ、触れていたいと思った。
もっと、近くで、結月を感じていたい。
「嫌?」
「……っ」
甘えるように尋ねれば、その後、結月は、無意識に頬を染めあげた。
意地悪な質問。
嫌だなんて、言うわけないのに。
いや、きっと、それすらも見越して言っているのだろう。この執事のことだから──
「す……少し、だけなら……っ」
その後、恥じらいながら、結月が了承すれば、レオは結月に覆いかぶさり、また唇を重ねた。
薄暗い車中で、誰にも気づかれないように、こっそり愛を囁きあう。
そして、そうすることで、二人の想いは、より強く重なり合う。
どうか
二人の『夢』が叶いますように──
この先、この愛しい人と
二度と
離れることがありませんようにと──…
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