204 / 289
第19章 聖夜の猛攻
神様
しおりを挟む「とりあえず、今夜は、私と愛し合ったことにしてください」
「え?」
その予想外の言葉に、冬弥は困惑する。
私と……愛し合う?
「──て!? お前さっきは、拒絶するって!」
「何を赤くなっているのですか? 愛し合ったフリに決まってるしょう。冬弥さんだってわかってるはずです。今、お互いの親が何を望んでいるか。なら、親の望みどおりにしましょう。私は、どうしても、いい子でいなくてはならないんです」
「いい子?」
「はい。婚約者と仲睦まじく、心から愛し合っている娘を演じなくてはならないんです。だから、あなたも協力してください」
「協力って……っ」
何を言い出すかと思えば、先ほどとは真逆のことを言われ、軽く戸惑った。
だが、それは冬弥にとっても都合がいい。
親にも兄にも、絶対に失敗するなといわれている。今日ここで、結月を物にしなければ、また役立たずだと罵られるだけだろう。
「でも、俺と恋人のフリをして、その後は、どうするんだ。結婚するつもりはないんだろ」
「はい。結婚はしません。私は、もうじき、神様の元に行くんです」
「は?」
「ですから、それまでの間、私と仲睦まじく過ごしてください。そして、私がいなくなったあとは、最愛の恋人を失って嘆き悲しむ婚約者を演じるだけでいい。その後は、冬弥さんにお任せします。流石に、相手がいなくなったとなれば、結婚どころではなくなりますし」
「い、いや、ちょっとまて! 神様の元って、まさか、自殺でもする気か!?」
「まさか。そんな命を粗末にするようなことはしません。私は、数日後、神隠しに合うんです」
「は?」
次々に繰り出されれ不可解は返答に、冬弥は目を丸くする。
神隠し──それは、人が忽然と姿を消すことから、鬼や天狗、神様の仕業ではないかと噂されていた昔話のこと。
そして、その神隠し伝説は、この星ケ峯にも、古い言い伝えとして残っていた。
『人間好きの神様は、真夜中に鈴の音と共にやってきて、気に入った人間を、山へと連れて行ってしまう』という、そんな言い伝えだ。
たが、それは、ただ迷信で、信じているのは、子供や年寄りばかり。
「お前、バカなのか? 神隠しなんて」
「ふふ、おかしなことを言っているのはわかっています。でも大丈夫です。うちの執事は、とても優秀ですから、神様を味方に付けるくらい造作もないことです」
「神様をって……あの執事、何者だよ!?」
「まぁ、そう言わずに。とにかく、私たちは今夜、男と女の関係になった恋人同士です。そこまですれば、私が、冬弥さんとの結婚に不満を持っているなんて、誰も思わないでしょう。あなたとの間に、子供を作ろうとしてるわけですから」
「まぁ、そうだろうけど……でも、娘がいなくなれば、警察沙汰にはなるだろ」
「なりません」
「え?」
「脅すための材料も揃ってます。それに、前も言ったはずです。私は愛されてないと……なら、あの両親は、きっと私よりも自分たちの保身を取るはず。だから、警察沙汰にはなりません」
そう言って、悲しそうに俯いた結月は、もう何もかも諦めたかのように見えた。
愛されたいと願っていた。だからこそ、親の言いなりになり、良い子でい続けた。
でも、それは報われず、今、自分たちは親を裏切ろうとしている。
「……お前も、苦労してたんだな」
冬弥がポツリと呟けば、結月は、その後、ふわりと微笑み
「ふふ、案外、優しい面もあるのですね? 心配して下さるのですか?」
「っ……別にそんなわけじゃ」
「ありがとうございます、冬弥さん。でも、大丈夫です。これでやっと自由になれます。やっと自分の人生を歩いていける。だから、この計画が上手くいくよう協力してください。宜しくお願いします」
改めて、結月が頭を下げれば、冬弥は目を見開いた。
さっきの脅迫めいた言葉が嘘みたいな変わりよう。だが、その奥ゆかしい態度には、不思議と胸が熱くなった。
「わ、わかった。協力してやる……! それより、この後、どうするんだ」
「この後?」
「愛し合ったフリをするんだろ」
「あ、そうですね。では、まずは愛し合う前の準備をしましょうか」
「準備?」
✣
✣
✣
その後、夜も更け、入浴をすませた結月と冬弥は、再び部屋の中にいた。
一応、愛し合ったフリをするなら、それなりの行動をとらなくては怪しまれる。
そんなわけで、あのあと、それぞれ風呂に入ったのだが、お風呂から戻ってきた結月は、これまた色っぽく、冬弥はベッドに腰かけたあと、おもむろに眉を顰めた。
(考えてみれば、一晩一緒に過ごすんだよな)
今の時刻は、夜の9過ぎ。
そう、夜はまだ始まったばかりだ。
しかも、お風呂上がりの結月は、清楚なナイトドレスの上にカーディガンを羽織り、長い髪を一つにまとめあげていた。
項を晒す白い首筋が、とても綺麗だと思った。そして、結月が冬弥の前を横切れば、ドレスの裾を揺しながら、まるで花のような上品な香りが舞うのだ。
もはや香りだけで、誘われているような気分になってくる。
「……おい。ひとつ聞くけど、寝る時はどうするんだ。ベッドひとつしかないぞ」
そして、少しだけ頬を染め、冬弥は、この先を想像し広いベッドに目を向けた。キングサイズのベッドは、大人二人が寝ても、十分な余裕はある。
だが、さすがに同じベッドで寝ていたら、変な気を起こす可能性だってあるわけで……
「大丈夫ですよ。私、今夜は眠るつもりはないので」
「え?」
だが、そんな冬弥を他所に、結月はスタスタと部屋の中を移動すると、自分の荷物の前にしゃがみ込んだ。
「私、この日のために、しばらく昼夜逆転した生活をしてきたんです。だから今日も、夕方目を覚ましたばかりで、まだ眠くはありません。それに、秘密兵器も持ってきましたし」
「秘密兵器?」
「はい、これです!」
そう言って、トランクを開けた結月は、中から大量の何かを取り出した。
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる