お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第19章 聖夜の猛攻

執事の憂鬱

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 その頃、屋敷に戻ったレオは、執務室の中で、夕闇色に染まっていく空を見つめていた。

 今頃、結月は、冬弥と共にディナー中だろう。そんなことを考えながら、レオは、ひたすら結月の身を案じていた。

 出来るなら、あの後、屋敷には戻らず、餅津木家の外で張り込んでいたかった。

 だが、執事が屋敷にいないとなると、それはそれで問題であり、仕方なく屋敷まで戻ってきたのだが、その後も心配なあまり、なかなか仕事に手が付かない。

(はぁ……結月のこととなると、どうにも冷静でいられなくなるな)

 やっと思いを通わせた愛しい人。
 そして、その愛しい人との夢が、やっと叶う。

 だが、その前に、今を乗り越えないといけない。
 結月との未来のためにも。

 だが、信じていても、やはり不安はあった。

 出来るだけの備えをさせ、身を守るための術も全て与えた。だが、相手が、どのような手段で来るかわからない以上、結月は自分で考え、判断しなくてはならない。

 そして、その判断を一つでも間違えば、結果は最悪なことになってしまう。

「五十嵐さん」
「……!」

 瞬間、声をかけられ、レオは我に返った。

 振り向き、執務室の扉を見つめれば、そこには、メイドの恵美が心配そうに顔をのぞかせていた。

「あの、すみません……ノックをしたのですが、返事がなかったので」 

 どうやら、ノックに気づかないほど、頭の中が結月でいっぱいだったらしい。

(どれだけ心配してるんだ、俺は……っ)

 自分に呆れ返りつつ、レオは、素早く気持ちを切りかえると、持ち前のポーカーフェイスで恵美に笑いかけた。

「すみません、相原さん。何か御用ですか?」

「あ、夕食の準備が出来たので、呼びに来ました。今日は、お嬢様がいらっしゃらないので、早めにとろうかと」

「あぁ……そうですね。分かりました」 

 使用人たちは通常、お嬢様が入浴をすませたあとに夕食を摂る。大体いつも夜の8時以降。だが、今日は、そのお嬢様がいないため、早めに夕食をとることになったらしい。

 すると、レオはカーテンを閉め、執務室を出る準備を始める。だがそこに、また恵美が話しかけた。

「五十嵐さん……お嬢様は、大丈夫でしょうか?」

 レオを見つめる恵美の瞳は、ズンと沈み込み、今にま泣いてしまいそうな色をしていた。レオは、そんな恵美の前に歩み寄ると

「大丈夫ですよ。お嬢様は賢い方です。きっと、上手く切り抜けて戻ってきます」

「でも、万が一のことがあったら……!」

 恵美の表情が、更に不安の色を増す。
 万が一なんて考えたくないが、可能性がゼロではない限り、どうしても不安は付きまとう。

「待つしかできないなんて、悔しいです」

「そうですね……確かに何も出来ないのは辛い。それに、無事に帰ってくる保証は何一つありません。いくら知恵をつけた所で、お嬢様は、か弱い女性です。力で捩じ伏せられたら一溜りもない」

「そ、そうですよね」

「はい。ですが、もしも万が一が起きた場合、俺は、あの男を殺します」

「え!?」

 瞬間、あまりの衝撃に、恵美は目を見張った。

 なんか、物騒な言葉が聞こえてきた!
 とんでもなく、恐ろしい言葉が聞こえてきた!
 
 いや、しかし、五十嵐さんがそんなこと!
 きっと、冗談。そう、冗談に違いない!

 だが、何故だろう!
 不思議と冗談に聞こえない!!

「だ、ダメですよ、殺したりしたら!」

「わかってますよ。あくまでも、社会的にです」

「社会的!?」

「はい。二度と日本を歩けなくなるくらいには」

「それでも、十分やばいです!」

「そうですか? お嬢様の気持ちを考えれば、それくらい当然でしょう。命があるだけ、まだいいと思いますけどね?」

(本気だ!……これ、絶対本気だ!!)

 にこやかな執事の前で、恵美は蒼白する。
 この執事、お嬢様への愛が半端ない!!

「で、でも、そんなことをしたら、お嬢様が悲しみます!」

「そうですね。それも、わかっています。お嬢様は、俺に犯罪者にはしたくないでしょう。だから今は、俺のために必死に戦っているのでしょうね。なら、俺は結月を信じて待つだけです」

「……っ」

 そう言った執事の表情は、悲しげに笑っていた。

 きっと、一番不安なのは、五十嵐さんだ。
 これまで、お嬢様を守り抜いてきたこの執事が、今は何も出来ず、ただ待つしかできないなんて。

「ところで、相原さんの方は、大丈夫なのですか?」

「え?」

 だが、その瞬間、急に話が切り替わり、恵美は目を見開いた。

「え、私ですか?」

「はい。この屋敷を出た後は、どうするのですか?」

「……っ」

 その刹那、恵美は言葉をつまらせ、同時に目を泳がせた。
 どうするも何も、働く場所も住む場所も、まだ何も決まっていないのだから。

「あ、あの……働く場所はまだ決まってません。でも大丈夫です! 今は年末で求人も少ないですが、来年になれば! それに、住む場所は……あの、友達の家がありますし」

「友達?」

「はい。仲のいい友達が一人暮らしをしていて、その子の家に暫く厄介になろうと」

「…………」

 話しつつも、恵美は一切目を合わせなかった。そして、その姿を見て、レオはあることを見抜く。

 きっと、友達の家にいくと言う話は──嘘だろう。

「ご実家には、帰らないのですか?」

「ッ帰りません!!」

「…………」

「ぁ、すみません。……でも……実家には、帰りたくなくて……っ」

 すると、レオの質問に、珍しく弱々しい言葉が返ってきた。そして、その様子にレオは眉をひそめる。

 レオは、結月から、恵美の話を少しだけ聞いていた。恵美は、両親と喧嘩をし、家出をしたらしい。

 そして、行くところがなく困っていたところを、阿須加家のメイドとして矢野達に拾われ、ここで働くことになったらしい。

 つまり──

「ご両親と、何かあったのですか?」

 ハッキリと核心をつけば、恵美は小さく唇を噛み締めたあと、ゆっくりと、胸の内を吐露し始めた。

「私の親は……私の夢をバカにしたんですッ」

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