192 / 289
第19章 聖夜の猛攻
餅津木家
しおりを挟む「お嬢様、そろそろ、お出かけのお時間でございます」
12月24日の夕刻。
屋敷の中には、美しく着飾った結月がいた。
長い髪を編み込み、品よくまとめあげた髪には、ブルートパーズが埋め込まれた髪飾り。
そして、身を包む衣装は、職人が美しく編み上げたオフホワイトのレースワンピース。
更に真珠のイヤリングと、胸元にブローチをあしらえば、まさに見本とでもいいたくなるような清楚で品のあるお嬢様ができあがった。
「おかしくないかしら?」
執事に呼びかけられ、結月が首を傾げつつ顔を向けた。
レオが髪を仕上げたあと、着付けをするためメイドの恵美を呼び寄せると、レオは出かける準備をするため部屋を出たので、こうして着替えが終わった結月を見るのは初めてだった。
よく見れば、頬にはうっすらとチークが入り、化粧をしているのも分かる。
婚約者の屋敷に、これから出向くとなれば、身だしなみには、いつも以上に気を使ったことだろう。
だが、それを分かってはいても、この麗しい姿が、全て冬弥のために着付けられたものだと思えば、どうにも虫の居所が悪くなってくる。
「どこもおかしい所は、ありませんよ。今日のお嬢様は、いつもに増してお美しいです。できるなら、誰にも見せたくはないですね」
「もう、そんなこと言わないで。今日は、餅津木家に招かれて」
「わかっていますよ。でも、嫌なものは嫌なんです」
珍しく拗ねたような声を発すれば、レオは結月の元に歩み寄り、その唇にキスをしようと、すっと顎を持ち上げた。
「ちょ! ちょっと、ダメ!!」
だが、それを、すんでの所で結月が塞き止める。
口元を手で塞がれ、あからさまにキスを拒否する結月。その反応に、レオはおもむろに眉を顰めた。
「なんで、ダメなんだ」
「だ、だって、口紅つけた後なんだもの。キスなんてしたら……」
なるほど。つまり、口紅が取れるのを嫌がってのことらしい。確かに、化粧を終えた女性にとっては避けたいことかもしれない。
だが、レオは……
「大丈夫ですよ。口紅は、また塗り直してあげますからね」
「え?」
瞬間、有無を言わさず、唇を塞がれた。
あっさり腰に手を回され抱き寄せられれば、結月も始めこそ抵抗したが、その後、大人しくレオのキスを受け入れ始めた。
甘い吐息と同時に、熱い舌が絡む。
そして、その口付けが深くなればなるほど、あの日のことを思い出してしまう。
数日前、身体を繋げて愛し合った、あの夜のことを──
「ん……っ、レオ」
「顔赤いけど、なにか思い出した?」
「な、なにかって」
「あの夜のこと?」
「……っ」
からかい混じりに囁けば、結月が、図星とばかりに頬を赤らめた。あの夜、狂おしいほどに愛された記憶は、今も身体の奥に、しっかり刻まれていた。
初めての夜は、とても優しくて、それでいて激しい夜でもあって、こうしてレオの熱を感じる度に、思い出してしまう。
だが、それはレオも同じだった。
あの夜、結月を抱いてから、どうにも歯止めが効かない。自分でもあきれるくらい結月を求めるようになって、時間が許すなら、このまま服を乱して、色濃く自分の跡を刻みつけたいくらいだ。
だが、さすがに、それをするほどの時間はなく──
「俺のつけた跡、まだ残ってる?」
「の、残ってる……けど」
「どこに?」
「む、胸と……太ももに」
「そう」
我ながら、分かりやすい所につけたものだ。
レオは、数日前の自分に呆れつつも、クスリと笑みを浮かべた。
この純血さを映し出すような純白のワンピースの下には、自分が残したキスマークの跡が残ってる。
それを思うと、不思議と嬉しさが込み上げてくる。もし、その跡を、冬弥が見たらどんな顔をするだろう。それには、少し興味があった。
だが、その跡を見られるということは、結月に危険が迫るということ。そして、それだけは、絶対に起こってはいけないこと。
「結月、俺が教えたことは、全て頭に叩き込んだ?」
「うん、大丈夫よ。心配しないで」
名残を惜しむように、レオが結月をきつく抱きしめれば、結月もまた、不安がるレオを抱きしめた。
クリスマス・イブの夜。
結月は、餅津木家に招かれた。
婚約者である餅津木 冬弥と、一夜を共にするために。
そして、その夜は、初めて執事が、お嬢様の傍を離れる夜でもあった。
✣
✣
✣
「ようこそ、お越しくださいました」
阿須加家の屋敷から、車で一時間ほど離れた郊外に、餅津木家の屋敷はあった。
レトロで趣のあるその屋敷は、結月が暮らす西洋風の阿須加の屋敷とは、また違う雰囲気だった。
日本古来の門構えや外観は残しつつも、中にはテーブルにソファーと、近代的な家具が揃っていた。
所謂、明治のころを思わせるようなハイカラな雰囲気の屋敷。正直、ショッピングモールを営む餅津木家には、あまり似つかわしくない屋敷だった。
「やぁ、いらっしゃい、結月さん」
午後6時──結月を先導に、執事と共に屋敷の中に入れば、奥の部屋から冬弥が話しかけてきた。
身なりをしっかり整え現れた婚約者に、微かに心中をざわつかせながらも、結月は丁寧に挨拶を返す。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいよ。それに、今日は、一段と綺麗だ!」
美しく着飾った結月をみて、冬弥が顔を綻ばせる。
デートと言っても、今日は両親を混じえての会食も兼ねていた。だからか、両親の前にでても申し分ない、その清楚さと奥ゆかしさを兼ね備えたコーディネートに、冬弥はおもわず感嘆する。
前にパーティーで見た赤いドレス姿もよかったが、こちらは、また格別美しい。むしろ、あまり肌を露出しない、こちらのワンピースの方が、結月の良さを格段に引き立てている。
「あの、結月様のお荷物は、こちらですか?」
すると、そんな二人の傍らで、メイドたちが、執事に声をかけた。
結月の背後に控えたレオの手には、大きめのトランクがひとつと、バイオリンの入ったケースがひとつ。
そして、荷物をメイドに預ければ、もう執事の役目は終わる。できるなら、少しでも長く結月の傍に付き添いたいが、このまま奥へ進めば、冬弥は嫌がるのだろう。そう思うと、レオは素直に、荷物をメイドに手渡した。
「お気遣いありがとうございます。少々重いのですが、大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫──て、重!?」
着替えなどが入ったトランクを差し出せば、予想外の重さに、餅津木家のメイドがそれを落としそうになった。
「おい、なにやってる!」
「も、申し訳ありません、冬弥様!」
「俺に謝ってどうする。結月さんに謝れ!」
「は、はい! 申し訳ございません、結月様!」
「いいえ。冬弥さん、怒らないであげてください。ごめんなさい、重いですよね。一晩お世話になるとなると何かと物入りで……うちの執事に運ばせましょうか?」
「だ、大丈夫です! それに女性の荷物が重くなるのは、当然のことです! 結月様のお荷物は、私たちが、丁重に冬弥様のお部屋までお運びしますので!」
「…………」
冬弥様の──その言葉に、今夜泊まる部屋が、冬弥の自室だということを示される。
もちろん、覚悟はしてきた。だが、直接言われると、更に身が引き締まる思いがした。
今夜は、執事のいないこの屋敷で、二人きりで過ごすのだ。
目の前の"冬弥"と──
「結月さん、今夜は俺の部屋で過ごすけど、大丈夫かな?」
すると、冬弥が念押しするように、問いかけてきた。
「大丈夫か」とは、なかなか紳士的な質問だ。
なぜなら、結月と冬弥は、まだ婚姻前。結納すらすませていない男女が、同じ部屋で一夜を過ごすなど、本来なら、ありえない。
だが、親同士が決めた、"あの条件"がある限り、この二人に、そんな常識は通用しない。
ならば、この言葉を鵜呑みにしていいはずがない。なぜなら、返事は一つしかないのだから……
「はい。大丈夫です」
柔らかく笑って返せば、結月の背後で、レオが静かに目を細めた。
敵地の中でも、その凛とした姿勢を崩さない結月の覚悟は本物だ。
なら、自分は、そんな結月を信じて待つのみ──
「冬弥様。結月様のこと、宜しくお願い致します」
全く宜しくなんてしたくないが、執事として振る舞わなくてはならないレオは、冬弥にむけて改めて頭を下げた。すると冬弥は
「あぁ、ゆくゆくは妻になる人だ。丁重に扱うよ」
「結月様が外泊をなさるのは、初めてのことでございます。何かございましたら、すぐに阿須加家にご連絡ください」
「あぁ、君はもう帰るんだろ」
「はい。──それでは、お嬢様。また明日の朝、お迎えに上がります」
「わかりました。五十嵐、屋敷のことは頼みますね」
「はい。心得ております」
恋人だと勘づかれぬよう、淡々とお嬢様と執事として会話をすれば、その後、一礼したのち、レオは、餅津木家を後にする。
そして、去っていくレオの後ろ姿を見つめながら、結月は、改めて覚悟する。
いつも助けてくれる執事は、もういない。
ここからは、自分でなんとかしなきゃいけない。
レオを、悲しませないためにも──
「じゃぁ、行こうか、結月さん」
冬弥が語りかければ、結月はその後、婚約者らしい笑顔を張りつけたのち
「はい、宜しくお願いします」
と、可愛らしく笑いかけた。
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる