お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
191 / 289
第18章 巫山の夢

しおりを挟む

※注意※

前回に引き続き、ちょっと大人な回です。
ご注意くださいませ。



✣✣✣✣✣✣✣✣



「じゅ、準備って、何をしてきたの?」

 結月は、レオから顔をそらすと、あからさまな時間稼ぎを始めた。

「え?」

「その、小説の中では、男性が準備するシーンなんてなかったから、何をしていたのかなって?」

「………………」

 結月が、恥じらいつつそう言えば、レオは何事かと眉をひそめた。

 結月の言う小説とは、前に有栖川から借りた、あの官能小説のことだろう。確かに、あの日、レオが確認した限りでも、そのようなシーンは一切描かれてなかった。

 というか、基本端折られるだろう。
 物語の世界では……

「知りたいの?」
「う、うん」 

 だが、どうやら、うちのお嬢様は、こんな時でも好奇心の方が勝ってしまうらしい。とはいえ、知らないなら、教えてあげるべきだろう。

 結月の知識のほとんどは、本によるもの。
 だが、本を読むだけではわからないことも、世の中には沢山ある。

「そうだな。シャワーをあびたり、爪を切ったり」

「爪?」

「あぁ、結月の身体に、傷をつけるわけにはいかないだろ」

「あ……」

 一瞬あっけに取られ、結月は、改めてレオの指先を見つめた。すると確かにレオの指先は、爪が綺麗に整えられていた。

(そっか、私のために……)

 身体に傷をつけないよう、わざわざ整えてきてくれたのだろう。なにより今日は、その手で、直接ふれられるのだと思った。

 普段は、執事らしく手袋をしているレオ。
 だからか、直接触れられたことは、まだ数えるくらいしかないのに……

(なんだか、余計に緊張してきちゃった)

「それに、結月は、を欲しいとは思ってないだろ」

「え?」

 すると、更に言葉は続き、レオが結月を伺うように見つめた。
 いきなり『子供』などといわれ、一瞬驚いた。だが、その言葉に、結月はあることを察すると、あからさまに頬を赤らめた。
 
「あ、あ、そ、そういう準備!?」

「うん、そういう準備」

「そ、そうよね。大事なことだし……でも、どうして私が子供を欲しくないってわかったの?」

 再度、不思議そうに結月がレオを見あげれば、レオは半年ほど前のことを思い出した。

「前に言っていただろ。阿須加家の血を、子供に受け継がせたくないって」

「あ。あれ、覚えてたの?」

「覚えてるよ。執事の子供は欲しくないとまで言われたら」

「うっ……」

 記憶がなかった頃とはいえ、少し申し訳ないことをしたと思った。

 その話を結月がしたのは、レオと恵美と共に、ショッピングモールに、参考書を買いに行った時のことだった。

 文庫本の中のお嬢様が、執事の子供を宿して終わるという結末に、結月はあまり納得が出来なかった。

 自分に置き換えたら、とてもじゃないが喜べなかったのだ。好きな人の子供を授かったお嬢様は幸せでも、執事の子として生まれた子は、きっと一族中から蔑まれる。

 そして、それは、果たして幸せだろうかと……レオに話してしまった。

「べ、別に、レオの子がほしくないわけじゃないのよ。でも、あの時、言ったことは本心。この阿須加家は歪んでるわ。だからこそ、この血を子供に受け継がせていいか、まだよく分からないの。それに、私は、親にまともに愛されてこなかったの。そんな私が、ちゃんと子供を愛せるのか……っ」

 自信がなかった。

 愛されてこなかったからこそ、もしも自分が、あの親と同じように、我が子を傷つけてしまったら……

「でも……レオは、どうなの? やっぱり子供はほしい?」

 だが、それは、あくまで自分の気持ちだった。

 レオはどうなのかと問いかければ、レオもまた、素直に想いを話し始める。

「そうだな。欲しいかどうかを問われたら、欲しいかな。結月との子なら、可愛くて仕方ないだろうね。でも、子供のことは、二人の問題だよ。結月が望まないなら、俺も望まない」

「……でも」

「結月、しばらくは二人だけで過ごそう。ゆっくりと、これまで会えなかった時間を埋めるように、ただ愛し合うだけの時間。それに、愛されて来なかったというなら、その分、俺が愛してあげるよ。嫌という程ね──」

「ん…っ」

 ちゅ──と頬をキスを落とされれば、その甘い感覚に、身体は素直に反応する。

 頬に触れた唇の感触は、どこかもどかしく、だが、キスに慣らされた身体は、自然と熱を持ちはじめた。そして、そんな結月の反応を確かめながら、レオは唇は、次第に頬から耳へ。

「ぁ、レオ……っ」
「耳弱いの?」
「わ……わかん、ない」
「そう。じゃぁ、こっちは?」
「きゃッ」

 耳を甘噛みしながら、空いた手が、スルリと太ももに伸びた。ナイトドレスの上から、決して肌には触れないように。

 だが、今まで一切触れられなかった場所に触れられたからか、結月は顔を真っ赤にし、ドレスの裾を押さえつけた。

「ま、待って……っ」 

「うん、待つよ。でも、こんなことで恥ずかしがっていたら、先には進めないけど」

「そうだけど……っ」

 服越しに触れられただけなのに、体がおかしくなりそうだった。出したくもない声が、無意識に漏れて、羞恥心でいっぱいになる。

 もしも、この先に進んでしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。

「お嬢様」
「え、あ……っ」

 すると、いきなり執事口調になったかと思えば、今度は、結月の首筋に口付けながら、レオがまた肌に触れはじめた。

 次は、太ももでなく脇腹を撫でられて、擽ったさも相まってか、結月の口からはあられもない声が響く。

「ん……レオ、そこ……ッ」

「気持ちいいのですか?」

「ち、違……擽ったい……の! それより、なんで執事の」

「さっき、と仰ったでしょう?」

「そ、そうだけど……ん、ちょ……んんっ」

「お嬢様、声を我慢しないでください」

「だ、だって……っ」

「大丈夫ですよ。誰も聞いてはおりません。今夜は、私とお嬢様の二人きりですから」

 ──だから、もっと、その可愛らしい声を、聞かせてくださいね?

 そう、耳元で囁かれれば、体の奥が疼いた。

 あくまでも執事として、礼儀正しく返されて、なんだか、いけないことをしているような気がした。

 いや、実際にいけないことをしているのかもしれない。執事と愛し合うなんて──

「ねぇ、しばらくって、どのくらい?」

 すると、結月が、あからさまに話題を変えた。

 気を紛らわそうとしているのか、それとも恥ずかずによるものか、そんな結月に、レオは苦笑しつつも、あっさり執事モードから、切り替える。

「二人だけの時間のこと? そうだな、10年は欲しいかな」

「じゅ……10年!? でも、そんなにたったら、子供が欲しいと思った時には、もう授からないかもしれないわ。レオも知ってるでしょ。お父様とお母様には、なかなか子供が出来なかったの。なら、私も授かりにくい身体なのかも……っ」

「それなら、それでもいいよ。俺は一生、結月と二人きりでも構わないよ」

「でも……っ」

「結月、子供は"授かりもの"だよ。仮に俺たちの身体になんの問題がなくても、授からない場合もあるし、授かっても、生まれて来れない子供もいる。子供はね、たくさんの奇跡が重なって、初めてこの世に生まれて来れるんだ。世間が、当たり前に産んでいるからと言って、それは、決して当たり前のことじゃないんだよ。だから、仮に子供に恵まれなくても自分のせいにしなくていい。それに、俺も少し不安なんだ」

「不安? レオが?」

「うん、俺の母親は、俺を産んだ次の日に、亡くなってしまったから──」

 一度、離れると、レオは結月をみつめて、悲しそうに微笑んだ。

 父が残した『黒革の手帳』には、母を亡くした悲しみが、たくさん記してあった。そして、今になって、父の悲しみを理解することができた。

 もしも結月が、母と同じように、突然、俺の前からいなくなってしまったら、そう考えたら、不安で仕方なかったから。

「だから、今は子どものことは考えなくていい。いつか先の未来で、二人の生活が落ち着いて、結月が子供を愛せると思えるようになったら、その時考えよう」

 今はまだ、その時じゃない。

 大切な人だからこそ
 大切な人との子どものことだからこそ

 落ちていた環境で育みたい。

 それに、子供が出来たら、きっと結月を独り占めにすることはできなくなるから……

「だから、今は俺だけ見て? 俺に、愛されることだけを考えて──」

「……んっ」

 再び唇にキスを贈れば、文字通り、深く愛を注ぎ込んだ。

 包み込むような優しい口付けは、まるでチョコレートのように甘く、呼吸の合間に奏でる吐息は、繊細な音楽のよう。

 先に進むのを恥じらう結月には、しばらくキスだけで体をならした。

 すると、次第に体の力が抜けて、レオはそれに気づくと、そっと結月の髪を撫でたあと、優しくベッドに横たえた。

 ギシ──とスプリングが弾み、レオが結月の上に覆い被さる。

 真っ白なナイトドレスと、真っ黒な燕尾服は、酷く対照的で、こうして執事がお嬢様を押し倒す姿は、まるで小説の一説のよう。

 だけど、自分たちは、ずっとこの関係を望んできた。心だけでなく、身体ごと一つになる、この瞬間を──

「……始めていい?」

 組み敷いたあと、結月を見下ろし、レオが問いかければ、結月はレオを見上げながら、先程のレオの言葉を思い出していた。

 ──愛されることだけを。

 この行為は、これまでの結月にとって、義務のようなものでしかなかった。

 いつか、父が決めた顔も知らない婚約者と、一族のために子供を──跡取りを授かるための行為。

 きっとそこに愛はなく、ただ、されるがまま、好きでもない男を受け入れるだけだと思っていた。

 そして、それが阿須加家の娘として生まれた、自分の役目。

 だけど、今は、娘としての役目も、跡取りのこともなにも考えず、ただ好きな人に愛されるためだけに、この行為があるのかと思うと

  なんだか、急に涙が溢れてきた。

「……っ」
「やっぱり、怖い?」

 急に泣き出した結月を見て、レオが心配そうに、頬に触れた。
 
 直接ふれた指先の熱に、また涙が止まらなくなった。

 レオは、こんなにも、私の体をいたわってくれる。傷つけないように、怖い思いをさないように、少しの不安も持たせないよう、己を律して接してくれる。

 こんなにも素敵な人に愛されていることが、嬉しくてたまらない。

 レオに出逢えたことが、嬉しくてたまらない。

 勿論、不安がない訳じゃなかった。
 破瓜はかの痛みは、どれほどのものなのだろう。

 知らないからこその恐怖や不安も、確かにあった。

 だけど、もう大丈夫。
 レオが相手なら、何も怖がる必要はない。

「うんん、嬉しいの。あなたに、愛されていることが」

 もっと、たくさん愛してほしい。

 体の奥まで、あなたを刻み込んで、忘れられない夜にしてほしい。

 もう、あなたなしでは、生きられなくなるくらい。

 二度と、あなたを忘れられなくなるくらい。


 あなたと、心から愛し合いたい。


「レオ──」

 そっと両手を伸ばし、結月が迎え入れるような仕草をとれば、それ合図に、また甘い口付けが落ちてきた。

 呼吸すら忘れさせるほどの激しい口付けがつれてきたのは、二人共に生きると誓う、契りの夜。

 何もかも捧げて、彼のものになる、覚悟の夜。


 誰もいない屋敷の中。
 二人は、密かに愛し合う。

 時間を忘れ、呼吸を合わせ、幾度と肌を重ね、深く深く、愛を刻み合う。

 ──お嬢様と執事。

 そんな関係が、深く脳裏に染み付きながらも、揺らめく小さなあかりが照らす世界は、とても美しく、狂おしいくらいの愛に満ちていた。

 
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...