184 / 289
第18章 巫山の夢
奥様のメイド
しおりを挟む結月を学校へ送り届けた後、レオは、結月の両親がすむ別邸に方に訪れていた。
美結に命令されていた別邸の業務を覚えつつ、今日も、必要な資料や顧客情報などを暗記していく。
数日ゆっくり休んだからか、レオの脳内はとても冴え渡っていて、暗記できる容量も格段に広がっていた。
このタイミングで、体調を万全に戻せたのは、良かったと素直に思う。
計画を遂行する上でも有利だし、普段より効率よく仕事ができる。
なにより、使用人たちにバレたことで、大幅な計画変更は余儀なくされたが、やはり、ルイ以外の仲間ができたのは、心強い。
(よし……リストのすり替えも済んだし、別邸ですべきことは、あらかた片付いたな)
手にした名簿をそっと棚に戻すと、レオは、部屋の扉を見つめて、ほっと息をついた。
この重要書類が管理された書庫の中で、レオは、約一時間ほど作業していた。
のちに、奥様の執事となるために、必要な情報を、すべて暗記しておくため。
まぁ、奥様の執事になる気などないレオにとっては、明らかに無駄な作業だが、それでも、別邸の中を自由に動き回れるの今の状況は、レオにとっては都合がよかった。
(駆け落ちを成功させるまで、絶対にバレないようにしないと……)
だが、計画が順調にすすみつつも、ここはあくまでも敵地だと、肝に銘じる。
きっと怪しい動きがあれば、すぐさまメイドを介し、結月の両親に伝わるだろう。だからこそ、この先も、細心の注意をはらいなくてはならない。
――ガチャ!
「五十嵐さん」
「……!」
するとその瞬間、書庫の扉が開き、奥様の専属のメイドである戸狩がやってきた。
戸狩は、まだ25歳の若いメイドだ。
長い黒髪と、キリリとした佇まい。
少し気難しそうな顔つきをした彼女は、母の跡を継いで、美結のメイドになったらしい。
なんでも、戸狩の母親は、もともと美結専属のメイドだったらしいのだが、事故で他界したため、その母親の役目を、そのまま引き継ぐことになり、今は、こうして美結専属のメイドをしている。
しかも、高校にはいかず、15歳の時から、この別邸で働いているようで、まだ若いが、そこそこの古株で、今や、この別邸の使用人たちを総括する──メイド長でもある。
「五十嵐さん。私が指示した資料は、すべて覚えましたか?」
「はい、じっくりと覚える時間を頂いたので」
「そうですか。では、旦那様のご友人である、安楽様の御子息のお名前とご年齢は?」
「長男・信孝様、45歳。次男・勝冶様、39歳」
「正解です。では、奥様の好きなワインの銘柄は?」
「シャルツホーフベルガー・リースリング・トロッケンベーレンアウスレーゼ、ですね」
「はい、その通り。では、あさっての天気は?」
「雲のち雨です」
「さすがですね。どんな質問にも素早く答えるなんて」
戸狩を見つめたまま、レオは無言で微笑む。正直、イジメられているのだろか?そう思うこともある。
なぜなら、この戸狩は、よくこうして、レオがしっかり覚えているか、抜き打ちで、チェックしてくるからだ!
だからこそ、たとえ、この先必要のない知識だとしても、暗記しないわけにはいかず……
「いいえ。戸狩さんほどではありませんよ」
心の中で、多少なりと悪態をつきながらも、レオは謙遜しつつ、先輩である戸狩に語りかけた。
ここで、この奥様付きのメイドを敵に回すのは、どう考えても得策ではない。ならば、上手く取り込んでおかないと
「春になったら、戸狩さんの下で働くことになりますので、どうぞ、お手柔らかにお願いします」
レオは、そう言うと、また爽やかに笑いかけた。
もちろん、この別邸で働く気などサラサラないが、あくまでも、普段通りの笑顔を向け、戸狩に取り入ろうとするが、戸狩が、そんなレオの言葉に
「何を言っているのですか? あなたは、ここに執事として来るのですよ。一番下っ端でも、我々を総括する立場です。だからこそ、しっかり覚えておいてください。こちら来てから、使えない執事だと言われないように」
「は、はい……心しておきます」
下っ端!?
使えない執事!?
これは、完全に嫌われているのではないだろうか?そんな不安が微かによぎった。
毎度のごとく、ちくちくちくちくと言葉を通して、鋭い棘が突き刺さってくる。
この環境で、執事として、この別邸に配属されるなんて最悪だ。まさに、ストレス過多で、胃に穴があきそう。
とはいえ、戸狩の気持ちもわからなくはなかった。なぜなら、今までこの別邸に、執事はいなかったから。
洋介には、秘書兼運転手の黒沢がついていたし、美結には、このメイドの戸狩がついていたためから、実質、執事など必要がなかったのだ。
そんな中、自分より年下の男が、それも今年執事になったばかりの新米が、突然自分たちの上に立つべくして、引き抜かれた。
この別邸で働いてきた者たちにとっては、あまりいい気分ではないかもしれない。
「分かりました。この別邸の皆さんの足を引っ張らないよう、三月までに必要なことは覚えておきます。……しかし、奥様はなぜ、こんな私を別邸の執事にとおっしゃったのでしょうか? お嬢様がご婚約されたあとは、他の使用人同様、お払い箱だと思っていたのですが」
あくまでも下だと言いきかせながら、レオは戸狩に問いかける。
結月の屋敷と違って、別館の使用人は十分足りていた。今ここで増やす必要など、本来はない。
とはいえ、執事になれと言われたとき、美結に直接『結月の執事にしておくのは、もったいない』とは言われたため、それなりに気に入られているのはわかっていた。
だが、他に何か理由があるのかと、多少なりと勘繰れば、戸狩は、平然とした様子で答えた。
「あぁ、それは、顔でしょうね」
「はい?」
一瞬、真顔になる。それは、あまりにも予期せぬ言葉で、レオは徐に眉をひそめた。
「か、顔……ですか?」
「はい。奥様、とても面食いなんです。五十嵐さんは、執事としても優秀ですが、それ以上に、顔がいいので手放すには惜しいと思ったのでしょう」
「…………」
もはや、絶句……というか、なんというか、愛想笑いすらできないほど、困惑する。
なんだそれ。
つまり顔で選ばれたってこと??
「今だから言いますが、実は五十嵐さんを執事として採用する時、旦那様と少し揉めたんですよ」
「え?」
「お嬢様の傍に若い執事を置くのはどうかと、旦那様は反対されていましたから。でも、奥様が押し切ったんです。『私、あの顔好きなんだもの』といって。よかったですね。あなた不細工だったら、執事として採用されてませんよ」
「!?」
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる