178 / 289
第17章 恋人たちの末路
夢と現実
しおりを挟むお嬢様のディナーや入浴の準備をすませたあと、使用人達は、やっと夕食を迎える。
それは、今日も変わりなく、キッチンから続く、使用人用の休憩室の中では、恵美が夕食の準備をしていた。
愛理が作ったまかないを、テーブルに並べ、フォークやナイフなどをセッティングすると、三人分の夕食を準備し終えたあと、恵美が、ぽつりと呟いた。
「五十嵐さん、戻ってきますかね?」
今、執事は、お嬢様の元にいっている。
この時間、お嬢様は入浴を終え、部屋に戻る。そして、そのお嬢様の御髪の手入れをするのが、執事の日課なのだ。
だが、普段なら、所定の時間には戻ってくる執事だが、今日は、明らかに状況が違っていた。
「うーん……しばらく戻って来ないんじゃない? 二人っきりでゆっくり話したいこともあるだろうし……だから、夕食は、私たちだけで先に食べとこ」
「そ、そうですよね」
愛理が気を利かせれば、恵美は、二人分のお茶を入れたあと、席に着いた。
だが、温かく美味な料理を食しながらも、ふと昼間のことを思い出したせいか、心の中が、やたらと忙しない。
「あ、あの二人、今、何してるんでしょうか?」
「何って。そりゃぁ、キスの一つでもしてるでしょ?」
「キ、キス!?」
「あはは、恵美、顔真っ赤~」
恵美が、顔を赤くすると、愛理がからかいながらも楽しそうに笑った。だが、その後少し真面目な顔になると。
「それより、恵美は大丈夫なの?」
「え?」
「親と喧嘩して家出中だって言ってたけど、屋敷を出たあと、行くところはあるの?」
「それは……っ」
愛理の問いかけに、恵美はバツが悪そうに顔をそむけた。
家出したところを、運良くこの屋敷に拾われ、住み込みで働くことになった恵美。
もちろん、屋敷を出たあと行けるところなんて、どこにもなかった。だが
「だ、大丈夫です! 自分の住む所くらい自分でなんとかします。お嬢様たちの足は引っ張りたくないですし」
「そうだけど、もう時間もないし、本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ。最悪、実家に戻るって、手もありますし」
「そっか。ならいいけど」
恵美が、笑ってそう言えば、その笑顔に愛理は安心したのか、ホッとしたように答え、また食事を取り始めた。
だが、恵美は、その笑顔の裏で
(どうしよう。実家には帰りたくないな……っ)
ふと、思い出したのは、家出した、あの日のこと。
『そんな夢、叶うはずないだろう!!』
と、両親に罵倒された、あの時のこと──
(どうして、親って、子供の夢を潰すようなことばかり言うんだろう)
幼い頃は、応援してくれた。
それが、いつからか『現実を見ろ』と言うようになった。
(なんとか、仕事と住む場所を見つけなくちゃ……っ)
あの家に、帰らずにすむように──…
✣
✣
✣
カタッ──と、ドレッサーの上に櫛を置くと、髪の手入れを終えた結月に、レオが声をかけた。
「ちゃんと、覚えた?」
耳元で、イタズラめいた声で囁けば、指導を終えた結月は、顔を真っ赤にしていた。
「もう少し、普通に教えられないの?」
「普通じゃなかった?」
「きょ、距離が近すぎるわ。それと、声も……っ」
「声?」
「子供の頃の声とは、全然、違うんだもの」
「そりゃ、もうとっくに声変わりしたし。でも、ここ最近は、毎日聞いていた声だろ」
「そうだけど……」
それは、確かに、毎日のように聞いていた執事の声だった。
だけど、幼い日ころの『望月レオ』の声を思い出したせいか、その変わりように、結月は戸惑っていた。
愛らしさを含んだ幼い声が、今では、男性の声に変わっていた。
優しさの中に力強さを秘めた、艶のある声。そして、その声が、教えを乞う度に、身体中を撫でるように囁くのだ。
結月──と、名前を呼びながら。
「なんだか、変な感じ……」
「なにが?」
「記憶を思い出したのはいいけど、子供の頃の私達が急にとびこんできたような感覚で、まだ、上手く現実だと受け止めきれていないの。まるで、今日あったこと全てが、夢の中の話みたい」
「………」
鏡の中の自分たちを見つめ、結月が不安げに呟いた。まだ、ふわふわと、世界がおぼつかない。
記憶の中の幼い自分たちのことも、協力すると言ってくれた使用人たちのことも、そして、私を助けに来てくれたこの執事のことも
その全てが夢か幻のようで、また目が覚めたら、あの辛い現実に戻ってしまうかもしれない。
そう思うと、不安で仕方ない。
「夢じゃないよ」
だが、そんな結月を背後から抱きしめ、レオが、また囁きかけた。
「全部、現実だ。夢のように、消えてなくなったりしない」
「……ぅん」
抱きしめられれば、その熱が、現実だと教えてくれる。
震える心臓の音が重なりあえば、生きていることを実感できた。
「また、不安になったら、いつでも抱きしめてあげる。だから、ちゃんと現実を見て」
「んっ……」
そう言って、また口付けられれば、舌先から、これでもかと現実を叩きこまれた。
熱い舌が絡まる度に、逃れられないほどの愛情を注ぎ込まれる。
それは、夢だなんて、思えなくなるほどの──…
「んっ、は……でも、それにしたって、レオは……変わりすぎだわ」
「……そう?」
「そうよ。だって昔は、こんなにしょっちゅう抱きしめたり、キスしたりしてこなかったし」
「お前、昔の俺が、いくつだと思ってるんだ」
「そ、そうだけど! でも、声だって低くなったし、背も高くなって、あと、すごく意地悪になったわ!」
「はは、それは、結月が可愛いから、ついね」
「え!? 私のせいなの!?」
「そうだよ。いちいち、あんな可愛い反応を返されたら、イタズラしたくもなる。それに俺からすれば、結月も変わったよ」
「そうかしら?」
「あぁ、あの頃より、更に綺麗になって、魅力的になった。それに、あの頃の結月は、隠れて官能小説を読むような子じゃなかったかな」
「なッ!?」
瞬間、結月は顔を真っ赤にすると、まるで、怒っているとでも言うように、頬をふくらませた。
「もう、そういう所よ! 意地悪なところ! それに、アレは、そういう本だと思って借りてきたわけじゃ……ッ」
「ははは、そっちこそ、そういう所だよ」
「え?」
「そういう反応を返すから、いじめたくなるんだろ。それに、ちゃんと分かってるよ。なにより、この8年で、俺たちは確かに変わった。だけど、それだけ大人になったってことだ」
「大人に……?」
「うん。もう、あの頃のように、親の元でしか生きられない子供じゃない。二人だけで生きていける」
「二人……」
「あぁ、だから──」
微笑み、結月の手を取れば、レオは、その手の上に、あの『空っぽの箱』を乗せた。
この箱の中には、二人の夢が詰まってる。
あの日、教会の中で誓った
二人だけの夢──…
「この屋敷を出て、結月が自由になれたら、正式に結婚しよう」
「結婚……」
「うん。籍を入れて『五十嵐 結月』になる。この屋敷を──阿須加家を捨てる覚悟は、出来た?」
「……っ」
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる