お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第17章 恋人たちの末路

夢と現実

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 お嬢様のディナーや入浴の準備をすませたあと、使用人達は、やっと夕食を迎える。

 それは、今日も変わりなく、キッチンから続く、使用人用の休憩室の中では、恵美が夕食の準備をしていた。

 愛理が作ったを、テーブルに並べ、フォークやナイフなどをセッティングすると、三人分の夕食を準備し終えたあと、恵美が、ぽつりと呟いた。

「五十嵐さん、戻ってきますかね?」

 今、執事は、お嬢様の元にいっている。

 この時間、お嬢様は入浴を終え、部屋に戻る。そして、そのお嬢様の御髪の手入れをするのが、執事の日課なのだ。

 だが、普段なら、所定の時間には戻ってくる執事だが、今日は、明らかに状況が違っていた。

「うーん……しばらく戻って来ないんじゃない? 二人っきりでゆっくり話したいこともあるだろうし……だから、夕食は、私たちだけで先に食べとこ」

「そ、そうですよね」

 愛理が気を利かせれば、恵美は、二人分のお茶を入れたあと、席に着いた。
 だが、温かく美味な料理を食しながらも、ふと昼間のことを思い出したせいか、心の中が、やたらと忙しない。

「あ、あの二人、今、何してるんでしょうか?」

「何って。そりゃぁ、キスの一つでもしてるでしょ?」

「キ、キス!?」

「あはは、恵美、顔真っ赤~」

 恵美が、顔を赤くすると、愛理がからかいながらも楽しそうに笑った。だが、その後少し真面目な顔になると。

「それより、恵美は大丈夫なの?」

「え?」

「親と喧嘩して家出中だって言ってたけど、屋敷を出たあと、行くところはあるの?」

「それは……っ」

 愛理の問いかけに、恵美はバツが悪そうに顔をそむけた。
 家出したところを、運良くこの屋敷に拾われ、住み込みで働くことになった恵美。

 もちろん、屋敷を出たあと行けるところなんて、どこにもなかった。だが

「だ、大丈夫です! 自分の住む所くらい自分でなんとかします。お嬢様たちの足は引っ張りたくないですし」

「そうだけど、もう時間もないし、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫ですよ。最悪、実家に戻るって、手もありますし」

「そっか。ならいいけど」

 恵美が、笑ってそう言えば、その笑顔に愛理は安心したのか、ホッとしたように答え、また食事を取り始めた。

 だが、恵美は、その笑顔の裏で

(どうしよう。実家には帰りたくないな……っ)

 ふと、思い出したのは、家出した、あの日のこと。

『そんな夢、叶うはずないだろう!!』

 と、両親に罵倒された、あの時のこと──

(どうして、親って、子供の夢を潰すようなことばかり言うんだろう)

 幼い頃は、応援してくれた。

 それが、いつからか『現実を見ろ』と言うようになった。

(なんとか、仕事と住む場所を見つけなくちゃ……っ)

 あの家に、帰らずにすむように──…





 ✣

 ✣

 ✣



 カタッ──と、ドレッサーの上にくしを置くと、髪の手入れを終えた結月に、レオが声をかけた。

「ちゃんと、覚えた?」

 耳元で、イタズラめいた声で囁けば、指導を終えた結月は、顔を真っ赤にしていた。

「もう少し、に教えられないの?」

「普通じゃなかった?」

「きょ、距離が近すぎるわ。それと、声も……っ」

「声?」

「子供の頃の声とは、全然、違うんだもの」

「そりゃ、もうとっくにしたし。でも、ここ最近は、毎日聞いていた声だろ」

「そうだけど……」

 それは、確かに、毎日のように聞いていた執事の声だった。

 だけど、幼い日ころの『望月レオ』の声を思い出したせいか、その変わりように、結月は戸惑っていた。

 愛らしさを含んだ幼い声が、今では、男性の声に変わっていた。

 優しさの中に力強さを秘めた、艶のある声。そして、その声が、教えを乞う度に、身体中を撫でるように囁くのだ。

 結月──と、名前を呼びながら。

「なんだか、変な感じ……」

「なにが?」

「記憶を思い出したのはいいけど、子供の頃の私達が急にとびこんできたような感覚で、まだ、上手く現実だと受け止めきれていないの。まるで、今日あったこと全てが、夢の中の話みたい」

「………」

 鏡の中の自分たちを見つめ、結月が不安げに呟いた。まだ、ふわふわと、世界がおぼつかない。

 記憶の中の幼い自分たちのことも、協力すると言ってくれた使用人たちのことも、そして、私を助けに来てくれたこの執事のことも

 その全てが夢か幻のようで、また目が覚めたら、あの辛い現実に戻ってしまうかもしれない。

 そう思うと、不安で仕方ない。

「夢じゃないよ」

 だが、そんな結月を背後から抱きしめ、レオが、また囁きかけた。

「全部、だ。夢のように、消えてなくなったりしない」

「……ぅん」

 抱きしめられれば、その熱が、現実だと教えてくれる。

 震える心臓の音が重なりあえば、生きていることを実感できた。

「また、不安になったら、いつでも抱きしめてあげる。だから、ちゃんと現実オレを見て」

「んっ……」

 そう言って、また口付けられれば、舌先から、これでもかと現実を叩きこまれた。

 熱い舌が絡まる度に、逃れられないほどの愛情を注ぎ込まれる。

 それは、夢だなんて、思えなくなるほどの──…

「んっ、は……でも、それにしたって、レオは……変わりすぎだわ」

「……そう?」

「そうよ。だって昔は、こんなにしょっちゅう抱きしめたり、キスしたりしてこなかったし」

「お前、昔の俺が、いくつだと思ってるんだ」

「そ、そうだけど! でも、声だって低くなったし、背も高くなって、あと、すごく意地悪になったわ!」

「はは、それは、結月が可愛いから、ついね」

「え!? 私のせいなの!?」

「そうだよ。いちいち、あんな可愛い反応を返されたら、イタズラしたくもなる。それに俺からすれば、結月も変わったよ」

「そうかしら?」

「あぁ、あの頃より、更に綺麗になって、魅力的になった。それに、あの頃の結月は、隠れてを読むような子じゃなかったかな」

「なッ!?」

 瞬間、結月は顔を真っ赤にすると、まるで、怒っているとでも言うように、頬をふくらませた。

「もう、そういう所よ! 意地悪なところ! それに、アレは、そういう本だと思って借りてきたわけじゃ……ッ」

「ははは、そっちこそ、だよ」

「え?」

「そういう反応を返すから、いじめたくなるんだろ。それに、ちゃんと分かってるよ。なにより、この8年で、俺たちは確かに変わった。だけど、それだけになったってことだ」

「大人に……?」

「うん。もう、あの頃のように、親の元でしか生きられない子供じゃない。

「二人……」

「あぁ、だから──」

 微笑み、結月の手を取れば、レオは、その手の上に、あの『空っぽの箱』を乗せた。

 この箱の中には、二人の夢が詰まってる。
 
 あの日、教会の中で誓った


 二人だけの未来──…



「この屋敷を出て、結月が自由になれたら、正式にしよう」

「結婚……」

「うん。籍を入れて『五十嵐いがらし 結月ゆづき』になる。この屋敷を──は、出来た?」

「……っ」




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