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第17章 恋人たちの末路
人質と猫
しおりを挟む「だから、こちらは、もっと直接的な人質を取ります」
「人質?」
「はい、株主です」
「え!?」
その言葉に、一同は目を瞬かせた。
「か、株主!?」
「はい。株主は、言わば、会社にとって大事な出資者です。そして、その株主を失うことは、会社の存続に大きな影響を与える。そこで、結月を連れ戻そうとするなら、この証拠を、直接、株主に触れ込むと脅します。既に傾きかけている会社が、更に支援者を失うと分かれば、奴らだって、従わざるをえなくなる」
「確かに、株価は着々と下がっていますし、これ以上、株主が減るのは、あちら側としては避けたいところでしょうね」
矢野が、ふむと考え込みつつ、また資料を見つめた。確かに、それが、もし実行されれば、世間からのバッシングに加え、出資者を失う。
会社の存続のために、娘を餅津木家に嫁がせようとするあの親なら、それなりに狼狽えることは間違いない。
「ただ、その株主の中には、ホテルとグルになっている奴らもいるようです」
「グルに?」
「はい、阿須加家は、洋介の友人たちに、容姿のいい従業員たちを使って、特別な接待をさせていました。もう、何年も前から……そして、その中には、株主も混ざっている可能性も」
すると、レオは不意に、父のことを思いだした。
父の玲二も、その接待に駆り出されていた。
飲めないお酒を無理やり飲まされ、夜遅くまで、客への奉仕で拘束される。
早く帰って来て欲しいと願う息子がいながら、帰りたくても帰れなかった父は、いつしか限界が来て──自ら川に身を投げた。
まさか、ここにきて、父が残した日記が、大きな証拠になるとは思わなかったが、あの時の無念もまとめて、今、果たそうとおもった。
「あの、接待って、一体……っ」
すると、恵美が恐る恐る問いかけてきて、再びレオは顔を上げる。
「株主への接待自体は、珍しい話ではありません。株券を購入し、それにより特別な待遇を受けるのは、株主としての魅力でもありますから。ですが、ホテルの中は密室ですから、その中で、どのような接待が行われていたのかは、俺にもわかりません。とはいえ、従業員をホストやホステスのように扱って、客のご機嫌を取っていたのは確かです。なにより、それ以上のことを要求されていたとしても、従業員たちは、逆らえなかったでしょう」
「っ……なにそれ。そういうの、訴えれば勝てるんじゃないの?」
「そうかもしれません。でも、これまで訴えた者は誰一人としていません。阿須加家に潰されたか、元から勝てないと泣き寝入りしたか。それだけ阿須加家は、この街では、恐ろしい存在です。だからこそ、外からではなく、内側から崩さなくてはならない」
内側から──それはまさに、今の状況を指しているのだろう。
悪行の証拠を提示し、出資者を人質にとり、そして、お嬢様を奪うことで、跡取りを断つ。
後に会社を継ぐものがいなくなれば、あの会社は、いずれ自らの過ちにより、破滅する。
「俺の目的は、あくまでも結月を救うことです。だから、あの会社を、今すぐ潰すつもりはありません。ギリギリ潰れない程度に追い詰めて、ゆっくりゆっくり首を絞めていく。それに、こちらが弱みを握っている以上、結月が失踪しても、警察沙汰にするのは避けるでしょう。やましい事があるなら、尚更」
「確かに、脅すには最適なネタですが……でも、肝心の株主の情報は、どうやって手に入れるのですか?」
矢野が問いかけれは、一同は同時にレオをみつめた。
会社には、客の情報を守る義務がある。そして、その顧客情報は、別邸とホテルにしかない、持ち出し禁止の重要書類だ。はっきりいって、簡単には手に入らない。
だが、そんな中、レオは不敵に微笑むと
「大丈夫ですよ。その情報なら、既にここにありますから」
「え?」
するとレオは、次に自分のこめかみを指さした。それはまるで、脳内でも指すように。
「え!? ここって……まさか、頭の中にあるってことですか!?」
「はい、主要株主に筆頭株主と、重要な株主の情報はあらかた覚えました。ただ、記憶の中にあるものを証拠として提示はできませんので、暗記した情報は、すべてノートにまとめてあります」
「すごい……っ」
「五十嵐さん、一体何者なんですか!?」
「ただの執事ですよ。いえ、執事だからこそ出来たと言った方がいいかもしれません」
「執事だからこそ?」
「はい。俺が、執事になったのは、主に二つの理由があります。一つは、結月を傍で守るため。そして、二つ目は、阿須加家の屋敷を、何食わぬ顔で出入りするため」
「屋敷を……?」
「はい。別邸への呼び出しはよくありましたし、中を把握するのは造作もないことでした。なにより、最近は、別邸の業務も覚えるように言われていたので、金庫や書庫に加え、機密書類の鍵の在処まで教えもらいました。あちらが、俺を利用するなら、こちらも利用してやります。おかげで、より多くの情報を手にいれることが出来ました」
「へー、さすがだね、レオは。刺されても、刺し返すまでがセットだなんて、怖いなー」
傍らで、壁に寄りかかり話を聞いていたルイが、楽しそうに微笑んだ。
美結の言いなりになるだけでなく、それを逆に利用していたなんて……
すると、そのレオの話に、恵美も納得したように呟く。
「じゃぁ、五十嵐さんが、夜中に起きてなにかしていたのは、その資料を纏めてたんですか?」
「そうですよ。別邸から手にいれた情報は逐一まとめていました。万が一の時、すぐに、結月を連れて逃げられるように」
「え!? じゃぁ、私たちが手伝うまでもなく、もう準備万端じゃん!」
「まぁ、そうですね」
愛理が、驚きつつ叫べば、レオは苦笑いを浮かべた。
さすがは、執事。その手際の良さには、毎度、驚かされる。だが、その後、少しだけ表情を曇らせたレオは
「――でも、そういいたいところではありますが、実は、ここに来て、一つだけ問題が」
「問題?」
「はい。結月と屋敷を出た後に、住むはずだった住居が、使えなくなりました」
「え!? 住居が?」
「それって、住むところがないってこと!?」
「はい。実は念の為、警察沙汰になった時に足がつかないよう、執事として屋敷に来る前に、住む家をあらかじめ、確保してから来ました。若い男女が、新しく家を借りると、そこから足がついてしまう場合がありますから」
「え、来る前って!?」
「執事になる前ってことですか!? なんですか、それは用意周到すぎませんか!?」
「あはは。まぁ、うちには猫がいるので、住む場所は限られてきますし」
「……猫?」
すると、その言葉に、結月がピクリと反応した。
記憶を思い出した際、それと同時に思い出したことがあった。
幼い頃、レオと共に『家族』になった仔猫。
そして、その子の名前は──
「ルナ……今、どうしてるの?」
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