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第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】
復讐と愛執のセレナーデ⑰ ~慟哭~
しおりを挟む「結月、俺……結月に、話さなきゃいけないことがある」
「え、話……?」
「うん。実は俺……フランスに行くんだ」
「え?」
その言葉に、結月は大きく目を見開いた。
言っている意味が、うまく伝わらなかったのか、結月は、それから暫くして
「フランス? 旅行にでも行くの?」
「……違う」
「え? じゃぁ……」
「さっき、名字が変わるっていっただろ。俺、親戚の叔父さんのところに引き取られることになった。だから、養子縁組の手続きがすんだら、日本を離れて、フランスに行くことになる」
「……っ」
すると、まるで信じられないとでも言うように、結月は目を見開き黙り込んだ。
少し前に『家族になろう』と話したばかりなのに、こんなにすぐに離れ離れになる話をするなんて、結月の目を見れば見るほど、罪悪感に苛まれた。
だけど──
「そう……レオ、日本から、いなくなっちゃうんだ」
絞り出すように声を発したかと思えば、結月は、その後、ふわりと笑った。
「良かったね」
「え?」
「だって、レオに、新しい家族ができるってことでしょ? なら、とっても喜ばしいことだわ」
「…………」
そう言うと、結月は、また微笑んだ。
全く気にしないとでも言うように。
むしろ、喜んですらいるように。
だけど、俺は、その言葉に、全く納得できなかった。
「それ、本気で言ってるのか?」
「当たり前じゃない。だって、家族ができるのよ。レオに、また家族が……フランスに行っちゃうのは寂しいけど、とっても素敵なことだわ。だから、私のことは気にしなくていいから、フランスで幸せになってね!」
その声は、とても晴れやかで、穏やかだった。まるで、それが本心だと言うように。
でも──
「俺には、嘘つかないで」
「……え?」
俺は、知ってる。結月が、優しいことを…
そして、いつも本心を隠して、笑っていることを…
傷つきながら、苦しみながら、それでも、誰かのために聞き分けのいい子を演じて、結月は、自分を殺して生きてる。
でも──
「俺の前では、嘘つかなくていい。ちゃんと、本心で話して」
「……っ」
目を見て、手を握れば、結月は、小さく唇を噛み締めた。
どうか、俺にだけは、嘘をつかないで欲しい。自分の気持ちを、押し殺さないで欲しい。
今、笑ってくれたのも、きっと、俺のため。
俺が、安心してフランスに行けるように。
心残りなんて、何も残さないように。
だけど、そんな言葉、俺は全く望んでない。
「ちゃんと、離れたくないって言って」
「っ……なんで……せっかく……っ」
せっかく、笑顔で送り出そうとしてるのに……そう言っているように聞こえた。
だけど、しっかり手を握りしめ、目を合わせれば、結月はその後、泣きながら、声を震わせ始めた。
「いや……嫌……行かないで、レオ……っ」
あふれだした本心は、涙と一緒になって溢れ、結月は、切なく虚しく慟哭《どうこく》する。
ほんの短い間だったけど、この時間に、俺たちは、安らぎを感じていた。
そして、それは、簡単に捨てられるようなものではなくて──
「ゴメン……ゴメン、結月……っ」
だけど、行かないでと泣く結月に、俺は謝ることしか出来なかった。
ひくひくと涙を流す結月の声が、俺の心に、深く深く突き刺さる。
どうして、俺は今、子供なんだろう。
もっと、力があって、賢ければ、結月をつれて逃げることも出来たかもしれない。
目には自然と涙が滲んで、不甲斐ない自分自身を呪った。
だけど、泣いていても変わらない。
嫌だと、喚き散らす子供のままでは、きっと、夢は叶わない。
「結月……聞いて」
泣き続ける結月を見つめて、俺は静かに問いかけた。
早くしないと、メイドの白木がやってくる。だけど、これだけは、伝えておきたいと思った。
「大人になったら、一緒に誕生日を祝おう」
「え……?」
「今は無理でも、いつか本当の家族になって、一緒に暮らして、毎年、誕生日を一緒に祝おう」
「……っ」
それは、ほんの小さな願い。
ありきたりで、遠い、未来への約束。
だけど、結月は
「ムリだよ、そんなの……だって、私……大人になったら……っ」
わかってる。
結月の未来は、もう決まっていた。
どんなに拒んでも、逆らえない。
何をしても覆らない、絶対的な『鎖』
結月を自由にするには『檻(屋敷)』を壊すだけじゃダメだった。
この一族に縛られた、太く頑丈な『鎖』を断ち切らないといけない。
「それに、きっと忘れちゃうわ……っ」
「え?」
すると、結月は、また泣きながら
「だって、新しい家族ができるのよ、レオに……フランスに行って、家族と過ごしていたら、きっと、私のことなんて、忘れちゃうわ……っ」
忘れて欲しくない。
だけど、その距離は、あまりに遠く。
『いつか』といった俺の言葉は、結月にとって、あっさり消えてしまう幻のようなものだったのかもしれない。
俺が提示した"曖昧な約束"は、結月を安心させるほどの威力はなく、だけど、それでも離れる決心をしたのは、この気持ちを現実のものにするため。
結月の『鎖』を断ちきり
この『想い』を
『夢』のままで終わらせないため──
「忘れない」
「……っ」
「絶対に俺は、結月を忘れない」
強く結月を抱きしめると、俺はハッキリとそう言った。
「だから、信じて待ってて……俺は、必ず、またここに帰ってくる。絶対に結月を忘れたりしない。だから、一緒いられる残り三か月の間に、たくさん思い出を作ろう」
「思い、出……?」
「うん。きっと俺は、夏頃フランスに行くと思う。だから、それまでに……」
ありったけの思い出を、この心と身体に刻み込んでおこう。
決して、忘れないように。
いつかまた、この記憶が、二人の運命を繋ぐように……
「っ……レオ」
その後、結月はまた涙を流し、俺の胸に顔を埋めた。ひたすら泣き続ける結月を、俺はただただ抱きしめながら
「ゴメン……今の俺じゃダメなんだ。結月を守れない。だから、この先たくさん勉強して、大人になって、必ず結月を迎えにいく。だから、どうか」
──どうか、俺を信じて待ってて。
その言葉に、結月は、また涙を泣がしたあと、コクリとうなづいた。
別れの時は、刻刻と迫っていた。
日はゆっくりと傾いて、温室の中に影を作る。
すると、それから暫くして、結月は、泣き腫らした目を抜ぐうと
「明日の、五時に……また屋敷にきて」
「え?」
「温室のテーブルの裏に、箱を隠しておくから、持っていって」
「箱?」
「うん……私、もう行くね。こんな顔でいたら、きっと何あったって思われるから、白木さんが来る前に、部屋に戻る」
「……分かった」
繋いでいた手が、ゆっくりと離れた。
名残惜しく思いながらも、その手をきつく握りしめると、俺は、誰にも見つからないように、静かに温室から抜け出した。
空には、桜が舞っていた。
それは、いづれ来る『別れの日』を示唆するように、ひらりひらりと、空を流れていた。
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