お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】

復讐と愛執のセレナーデ⑯ ~運命~

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 新学期が始まってからは、しばらく学校が早く終わり、俺たちは、毎日のように会っていた。

 学校帰りに結月の屋敷に忍び込むと、温室の中でこっそり会う。

 もう、子猫はその温室にはいなくなってしまったから、それからは、本当に結月と二人きりだった。

「ねぇ、見てこれ!」

 結月は相変わらず無邪気で、俺の横で、よく図鑑を見ながら話しかけてきた。

 今日見ていたのは、世界の建物とかいう、よく分からない図鑑。

 なんでも、お城とか塔とか、世界中の歴史的な建物が写真付きで載ってる図鑑らしい。

「モン・サン・ミッシェル、いつかいってみたいなー」

「モンサ……え?」

「モン・サン・ミッシェル! フランスにある大聖堂よ」

「……フランス」

 ふと、図鑑の中を覗きこんで、自分が後に暮らす国の風景をみつめた。

 日本とは全く違う風景だ。写る人々も日本人ではない外国人。きっと言葉だって違うし、食べ物も環境も何もかも違う。

(俺、ここに行くのか……)

 あれから数日、俺のフランス行きは、あっさり決まってしまった。

 五十嵐家の叔父夫婦は、本当に心優しい人たちなのだろう。

 伯母は『猫も一緒でいいですよ』と電話で返事を貰ったそうで、俺は正式に、五十嵐家に養子に行くことになった。

 幸い、五十嵐夫婦はフランスにいるから、すぐにとはならなかった。

 なんでも、海外在住ということもあり、養子縁組の手続きには暫く時間がかかるらしく、俺が五十嵐家の養子になり、フランスに行くのは、夏休み頃だと言われた。

 でも、それを結月に言うべきか、俺は迷っていた。

 フランスになんて、行きたくない。
 結月と離れ離れになるなんて、絶対嫌だ。

(家出、しようかな……)

 何もかも捨てて、結月と、どこか遠くへ。

 無邪気に本をみつめる結月を見つめながら、俺はふと思いついて、結月の手をそっと握りしめた。

 このままこの手を繋いで、屋敷から連れ去って、ルナと三人で暮らせたら……

 だけど、いきなり手を握られ驚いたのだろう。結月は、零れそうなくらい目を見開いた。

「ど、どうしたの?」
「………」

 困惑しつつも、それでも結月は、俺の手を握り返してくれた。

 その熱に、心と体が同時に熱くなって、やっぱり、離れたくないと改めて思った。

 この手を、離したくない。
 俺は今、こんなにも結月が好きで、大切で。

 だけど……

(家出なんて、本当にできるのか……?)

 焦る心とは裏腹に、冷静な自分が呟く。

 それは、簡単なことじゃなかった。そして、その無謀さに気づかないほど、バカでもなかった。

 お嬢様育ちの結月には、過酷すぎる。
 なにより俺たちは、まだ子供だ。

 お金を稼ぐにしても、働ける場所がない。それに、働けなければ、お金はいつか底をつくし、住む場所も、食べるものも手に入らない。

 子供のママゴトは、ママゴトだから成り立つ。現実は、厳しく過酷で、子供だけで生きていくなんて、無理に等しい。

 なにより、一時的に逃げたところで、いつか大人に見つかって、また家に連れもどされる。

 そうなったら、結月は、あの親に責めらるのだろう。

 下手をすれば、監視が厳しくなって、二度と会えなくなる可能性だって。

 それに、結月には、家族みたいに大切な『使用人たち』がいる。

 彼らがいるかぎり、結月は、この屋敷を──捨てられない。

「望月くん?」
「あ、ごめん……なんでもない」

 そう言って、必死に気持ちを押し殺すと、俺はゆっくり結月から手を離した。

 結月は、少し心配そうにしていたけど、それ以上追求してこなかった。

 すると、そうこうしているうちに、帰る時間になって、結月は、読んでいた本をパタンととじた。

「もう、お別れの時間ね」

 時刻は4時前。もうすぐ、メイドの白木がやってくる。俺は、それまでにこの屋敷を出なくてはならない。

 そして、結月は、その別れを前にして、より一層寂しそうにする。

「あのね、望月君。……明日は、会えないの」
「……え?」

 その言葉には、心做しかショックをうけた。

 一緒にいられるのは、残り三ヶ月。
 俺は、夏休みに入れば、フランスにいく。

 だけど、それを気取られないように、俺はあくまでも普段どうり答えた。

「そうなんだ、残念」

「ごめんね」

「何か用事?」

「うん、明日、私の誕生日なの」

「え?」

 一瞬、目を瞠《みは》って、明日の日付を思い浮かべた。

 明日は、4月14日。
 だけど、この日は──

「……誕生日?」

「うん……あ、でも誕生日っていっても、お母様たちは来ないし、白木さんたちが祝ってくれるだけなの。でも、外で遊ぶのは無理だろうから」

「……いいよ、気にしなくて。祝ってくれる人がいるのは幸せなことだよ」

「そう、だよね」

 普段通り話しながらも、胸の中では、かなり動揺していた。

 なぜなら、明日の4月14日は、から……

(誕生日……同じだったんだ)

 まるで、運命みたいだ──そう思った。

 好きな人と誕生日が同じだなんて、こんな奇跡そうはない。

 すると、結月が続けざまに

「……そういえば、望月君の誕生日は、いつ?」

「……」

 その言葉に、一瞬、躊躇する。
 言っていいのだろうか?

 明日、会えないことを、気に病んだりしないだろうか?

 だけど、知って欲しいとも思った。
 もっと、俺のことを──

「俺の誕生日は……結月と一緒」

「え?」

「俺の誕生日も、4月14日。でも、だからって、別に気にする必要はないよ」

 念の為、気に病まないよう助言をつけた。
 そして

「それと……俺、もうすぐ名字が変わると思う」

「え? 名字、変わちゃうの? どうして?」

「引き取り先が決まりそうって……だから、これからは『望月』じゃなく、下の名前で呼んで」

「……下の名前」

「うん、『レオ』って呼んで──」

 明日、会えない代わりに、一つだけわがままを言った。

 名字が変わるのを口実にして、名前で読んで欲しいと。

 他人行儀な『望月くん』じゃなくて

 本当の家族みたいに──


「レオ!」

「……!」

「ふふ。本当に、こんな風によんでいいの?」

 唐突に。だけど、結月は恥じらいながらもそう言って、俺は嬉しさを隠しなから、またぶっきらぼうに答えた。

「呼んでって言ってんだから、いいにきまってるだろ」

「あはは。でもびっくりしちゃった。まさか、誕生日が同じだなんて……まるで運命みたい」

(……運命)

 結月も同じように思ってくれたのだと思うと、なんだか嬉しくなった。

 もし、この出会いが『運命』なら、例え、離ればなれになっても、またこうして一緒に過ごすことができるだろうか?

 いつか来る未来で
 いつか大人になった、その先で

 できるなら、そうであって欲しいと思った。

 また結月と、同じ夢を見ることが出来るなら──…

「結月、俺……結月に、話さなきゃいけないことがある」

「話……?」
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