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第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】
復讐と愛執のセレナーデ⑬ ~中学生~
しおりを挟む忘れた祖母は、優しい人だった。
だから、ある意味、利用しやすかった。
「じゃぁ、猫が欲しい」
「え? ねこ?」
「うん。猫、飼ってもいい?」
判断能力の落ちた老人ほど、騙しやすいものはなかった。俺が、猫が欲しいといえば、祖母は二つ返事で了承した。
猫なんて飼ってはいけない。
そんなの、よく分かっていた。
きっと、伯母には怒られる。
それも、よく理解していた。
だけど、俺は俺で、何かしらの抵抗がしたかったのかもしれない。条件が増えれば増えるほど、俺の引き取り先を見つけるのが難しくなる。
そうすれば、まだこの家にいられる。
結月の傍を離れなくてすむ。
それに、結月が『自分と同じ』と言ったからか、その黒猫のことも、ほっとけなかった。
✣
✣
✣
「望月! 一緒に写真撮ろうぜ~」
入学式が終われば、校庭の桜の木の下では、写真撮影が行われていた。
中学生にはなったけど、その顔ぶれは、小学校の頃から、ほとんど変わらなかった。
「望月、お前んち、誰も来てねーの?」
「あぁ」
「じゃぁ、写真撮れないだろ! 撮ってやるよ!」
「いいよ。さっき集合写真撮ったし」
桜の木の下で、両親揃って写真をとる生徒たちを見ると、心が傷んだ。
母もいなくなり、父もいなくなり、祖母とは引き離される。
今の自分には『家族』がいない。
だからか、華々しい入学式は、ただ自分の孤独を実感するだけの行事になった。
そして、その後は、真新しい制服を着たまま、俺は望月家の墓参りにいった。
両親が眠るその場所は、とてもとても静かだった。
(花……替えてある)
花も線香も持たずに来たが、伯母が替えに来てくれたのか、花は枯れることなく生き生きとしていた。
四十九日を終えて、父は彼岸に旅だったのだろうか?
あっちで、母には会えただろうか?
いや、もしかしたら、会えていないかもしれない。
父は自殺をしたから、もしかしたら、地獄に落ちているかもしれない。
「父さん……今、どんな気持ち?」
死んで楽になって、今は幸せですか?
それとも、後悔していますか?
命を無駄にして
俺を置き去りにして
やっぱり死ぬべきではなかったと
後悔していますか?
風が吹けば、父と同じ黒玉の髪がサラサラと揺れた。俺が墓石の前で、静かに目を閉じると、その風は、まるでそれを肯定するように頬を撫でた。
父だって、本当は死にたくなかったはずだ。
きっと限界が来て、突発的に身を投げたのだろう。
『今』ある苦しみから逃れるためだけに……
「父さん、俺……必ず復讐するから」
アイツらに、必ず、復讐するから──
✣
✣
✣
墓参りを終えたあとは、フラフラと公園で時間を潰したあと、俺は結月の住む屋敷に向かった。
今日は、会う約束をしていなかったけど、みんなの幸せそうな姿を見たからか、無性に会いたくなった。
二時を過ぎ、俺は屋敷の裏に回ると、壊れた塀の穴から、こっそり中に忍び込んだ。
(あと少し背が伸びたら、入れなくなりそう)
この穴は、大人には入れない穴だった。
入れても小柄な女の人くらい。
だけど、これ以上大きくなると確実に入れなくなりそうで、それは素直に嫌だと思った。
できるなら、このまま時間が止まればいい。
大人になることなく、ずっと結月と優しい時間を過ごせたらいい。
~~♪
いつも会っている温室の前まで来ると、その中から音楽が聞こえてきた。
バイオリンの音だ。
どこかで聞いたことのある曲で、その音に誘われるまま中に入れば、その瞬間、俺は目を見開いた。
バイオリンを弾いていたのは、結月だった。
温室の中で、緑と花に囲まれて音楽を奏でる姿は、まるで女神のように神々しかった。
優しい光が、まるで祝福でもするかのように降り注いでいて、その光を浴びて佇む姿は、もはや『お嬢様』と言わざるを得ない。
(やっぱり、俺とは違うんだな)
結月は、お嬢様。そして、俺はこの曲名すら、よく分からない一般庶民。
まさに、俺たちは、全く釣り合うことのない別世界の人間だった。
「結月」
「……!」
しばらく聞き入っていて、音がやんだと同時に声をかければ、結月は俺を見るなり目を見開いた。
今日は、会う約束をしていなかったからか、学ラン姿の俺をみて驚いたらしい。
「望月くん!」
だけど、その後すぐに表情を明るくすると、満面の笑みで駆け寄って来たか結月は、その後、俺の姿をじっくり確認した。
「来てくれるなんて思わなかった。もしかして、それ、中学の制服?」
「あぁ、そうだけど」
「へー、今日は入学式だったよね。おめでとう、望月くん!」
「…………」
なぜだろう。
今朝、祖母にも祝福の言葉をもらったはずなのに、なんだか初めて、まともに祝われたような気がした。
ちゃんと俺を──望月 レオを、祝福してくれた。
それが、妙に嬉しくて
「でも、なんだかちょっと、恥ずかしいわ」
「恥ずかしい?」
「うん、だって今日の望月くん、凄く大人っぽくて」
「……結月だって、さっきは、かなり大人っぽく見えたけど」
「さっき?」
「バイオリン弾いてた時……あれ、なんて曲?」
「あぁ、フランツ・リストの『愛の夢』よ」
「愛の夢?」
ダメだ。曲は聞いたことがあっても、やっぱり曲名は知らなかった。
「バイオリンなんて弾けたんだな」
「うん。これでも色々出来るのよ。バイオリンに、フルートに、ピアノ。あとは、お茶とか、お華も」
「どんだけ習い事してるんだよ」
「仕方ないじゃない。お父様たちがやりなさいって言うんだもの」
バイオリンを手に、温室の中に置かれたテーブルに歩み寄ると、結月はその上に置かれていたケースの中にバイオリンを片付けた。
その背中は、少し苦しそうに見えた。
なぜなら
「私ね、未来の旦那様のために、習い事をしてるのよ」
「え?」
「お父様が選んできた婚約者に気に入られるためだけに、習い事をしてるの。それも幼稚園の時から」
「…………」
少しうんざりしたように、結月はため息をついた。
この頃の結月は、まだ子供だったけど、妙に大人びたことをいう、少し悟りきった子だった。
きっと、幼い頃から自分の立場を、よく理解していたのだろう。
だからこそ、より『夢』に貪欲だった。
「私ね、ちゃんとした『家族』が欲しいの」
「家族?」
「うん、私の……一番の夢」
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