お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】

復讐と愛執のセレナーデ⑫ ~檻の中~

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「女の子だから、ダメだなんて……私と一緒ね」

「え?」

 その結月の言葉に、俺は瞠目する。

 自分と猫が同じだなんて、よく意味が分からなかったから──

「なに言ってんだよ。結月とこの子は違うだろ」

「違わないわ。私の両親ね、本当は男の子が欲しかったの」

「え?」

「本当は、跡継ぎになる男の子が欲しかったんだって……だけど、生まれてきたのは私で、だから私、生まれた時から、お父様たちに嫌われてるの」

「……」

「だから、私も、この子と同じよ。女の子だからダメっ言われる。でも、ダメなら……いらないなら、いっそ捨ててくれたらいいのに……っ」

 目に涙を浮かべ、結月は、その黒猫を抱きしめた。

 それは、まぎれもない結月の本心だった。

 裕福な生活を送り、何不自由ない暮らしをしていながら、結月は、親に捨てられることを望んでいた。

 だけど、今なら結月の、その苦しみをよく理解できた。

 産まれても祝福すらされず、親にいらないと言われ続けてきた人生は、どんなに虚しく凄惨なものだろう。

 結月にとって、あの屋敷は、きっと『牢獄』のようなものだった。

 あの親たちに、飼い殺され、ただただ『檻』の中に閉じ込めて、暮らしているだけ。

 だからこそ、早く自由になりたいと望んでいたのだろう。

 だけど、あの親が、結月を手離すはずがなかった。

 結月は、阿須加家の血を継ぐ、唯一の後継者。

 その血を絶やさないためだけに、結月は存在していたから──


「う……っ、……ぅっ」

 子猫を抱きしめながら、結月はすすり泣き、俺は、そんな結月を見つめながら、ただ背中をさすってやることしかできなかった。

 かける言葉すら、上手く思い浮かばない。

 だけど、結月は同じだとおもった。

 俺の父と──

 アイツらに苦しめられて、心をぐちゃぐちゃに引き裂かれてる。そんな父と、なにも変わらない。

「嫌なら……逃げれば?」

 不意に零れたのは、そんな言葉だった。

 俺は結月を、父と重ねていた。
 嫌なら、逃げて欲しい。

 父のように、心を壊す前に
 父のように、命を絶つ前に

「無理、よ……っ」

 だが、結月はすぐさまそれを否定し、また子猫を抱きしめた。

「私、まだ子供だもの……逃げても、生きていけない。それに、私がいなくなったら、屋敷のみんなが責められるの……だから、私はあの屋敷から、逃げられない」

 ぽつり、ぽつりと話す結月は、屋敷の使用人たちのことを心配していた。

 自分のことより、今そばに居てくれる優しい人たちが、両親に責められることがないよう、いい子に振るまうように努めていた。

 きっと

 猫を世話していたのも
 俺とこっそり会っていたのも
 屋敷から、ほんの少しだけ抜け出すのも

 この頃の結月にとっては、ちょっとした親への反抗だったのかもしれない。

 いい子でい続けようとする自分と
 早く自由になりたい自分

 バレるか、バレないか、そんなギリギリの綱渡りをしている結月に、またあいつらへの怒りが、ふつふつと蘇ってきた。

 やっぱりアイツらだけは、許せない。

 結月を、父のようにはしたくない。

 もう離れていって欲しくない。

 今度こそ、守りぬきたい。


 それは、俺がまた復讐を誓った瞬間だった。

 たとえ、どんな手を使っても、結月を、アイツらから解放しよう。

 そう、強く強く決意した瞬間だった。



 ✣

 ✣

 ✣



 その後、黒猫の飼い主が見つからないまま、時間はあっさり過ぎ去った。

 新学期を迎えた4月──小学校を卒業し、中学生になった俺は、学ランを着て、仏壇の前にたっていた。

 今日は、入学式。

 保護者が来ないのは、きっと俺だけだろう。伯母が行くといってくれたけど、煩わしいし、断ったから。

「まぁ、よく似合うねー」

 仏壇の前で線香に火をつけたタイミングで、祖母が声をかけてきた。

 祖母の受け入れ先は、今も決まらないままだった。老人ホームには優先順位があるらしく、伯母が希望する施設が人気なのも相まって、未だに祖母との二人暮しは続いていた。

 正直、子供でありながら、大人とやっていることは変わらなかった。

 朝おきて、洗濯をして、朝食を作る。朝食がすんだら祖母に薬を飲ませ、慌ただしく学校に行く。

 ただ、学校に行っている間は、伯母が代わりに祖母みてくれて、お昼を食べさせてくれたり、掃除をしてくれたり。

 その点はありがたかったけど、学校から帰れば、休む間もなく宿題をして、夕飯を作って、一段落した頃には、風呂の準備。

 それは、まるで召使いのようだった。

 自分のためではなく、祖母のために動く召使い。そして、そんな俺の一日は、いつもあっという間に過ぎ去った。

 だからか、休みの日に過ごす結月との時間が、唯一の癒しでもあった。

(日曜日に入学式なんて、ついてないな)

 学校があるせいで、今日は結月に会えない。

 会える日に、会えないせいか、なんだか心が落ちつかない。

「おめでとう、玲二れいじ
「……」

 仏壇に向かって手を合わせると、祖母が再び声をかけてきた。

 祖母は、あの後もずっと、俺のことを父の名で呼んでいた。

 そのせいか、俺ももう『ばぁちゃん』とは呼ばなくなった。

 まるで、父が生きているように、父のように振る舞った。

 忘れた祖母は、幸せだ。

 息子の死を嘆くことも、悲しむこともなく、俺のように復讐に心を染めることもない。

 老い先短い人生。今はただ穏やかに、生きて欲しいと思った。

「入学式、頑張ってねぇ」

「別に、頑張らないといけないようなことはしないよ」

「そうなのかい? でも、めでたいねぇ。何かプレゼントをしたいねぇ」

「プレゼント?」

「うん。玲二の入学祝い」

「……」

 忘れた祖母は、優しい人だった。
 だから、ある意味、利用しやすかった。

「じゃぁ、猫が欲しい」

「え? ねこ?」

「うん。猫、飼ってもいい?」
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