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第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】
復讐と愛執のセレナーデ⑤ ~箱~
しおりを挟む弾き飛ばされた乗用車は、そのまま橋の欄干にぶつかって停車した。
今まさに九死に一生を得た俺は、その場から数歩離れた場所で、結月に押し倒されていた。
危ない──と叫びながら、抱き着かれたあとは、まるでスローモーションのようにゆっくりと世界が動いて、衝撃音とともに意識が覚醒する。
すると、俺から離れた結月は、俺の無事を確認したあと
「よかった……っ」
そう言って、ホッとしたような笑顔を浮かべて、それを見た瞬間、不思議と心が震えた。
今、俺は死のうとしていたはずなのに、俺が生きていることを喜んでくれた、その姿に、なぜだか涙がでそうになった。
「大丈夫か!?」
「早く、救急車!!」
だけど、そんな思考も、事故のあとだけあって一瞬にしてかき消された。
起き上がり状況を確認すれば、俺たちの周りは、フロントガラスの破片が散らばり大惨事になっていた。
乗用車に乗っていた女の人は、気を失っているみたいだったし、その乗用車がぶつかった場所は、さっきまで自分がいた場所だった。
きっと、結月が助けてくれなければ、俺はあの日、確実に死んでいた。
(俺……生きてるんだ)
自分の手の平を見つめて、生きていることを確認する。
さっきまで、死のうとしていたのに、なぜかホッとしている自分がいた。
死んで楽になりたいと思ったはずなのに、俺は、本当は死にたくなかったのだと、胸の内で理解した。
(あれ……?)
だけど、その手の平を見つめて、ふと、あることに気付いた。
さっきまで持っていた、あの空っぽの箱。
それが、なぜか手元から消えていて
「箱がない!」
「……え?」
だけど、そう叫んだのは、俺だけじゃなかった。
視線を上げれば、結月もまた俺と同じことを同時に叫んでいて、俺達は目を見合わせた。
そう、この時、俺と結月は、二人とも『箱』を手にしていた。
俺の持つ、空っぽの小さな箱と、結月の持っていた、小脇抱えられるくらいの大きな箱。
そして、それは、事故を回避する時、二つとも手元からなくなってしまって
「箱って……お前も」
「あ! あの箱!! お願い、とって!! 落ちちゃう!!」
必死に叫んだ、結月。
振り返れば、俺の背後に箱があった。
手がギリギリ届くか分からない距離にあったのは、ケーキでも入りそうな大きめの箱。そしてそれは、今にも橋から落ちそうになっていて
──ガシ!!
「……っ」
咄嗟に手を伸ばして、その箱を掴みあげた。だけど
(重っ……何が入ってるんだ?)
結月が持っていた箱は、こそこその重量があった。俺の空っぽの箱とは全く違う重み。だけど、その箱を抱え上げた瞬間
「にゃー」
「!?」
中から声がした。
か細く小さい……猫の声。
(え? この中、猫が……っ)
「ねぇ、もしかして、君の箱ってこれ?」
「え?」
すると、今度は結月が俺の箱を見つけたらしい。俺に向けて、あの空っぽの箱を差し出してきた。
目の前に戻ってきた大切な箱に、俺はホッとする。だけど、その直後
「君たち、大丈夫か!?」
と、大人たちが駆け寄ってきて、話は中断された。子供が二人、事故に巻き込まれたわけだから、当然の反応だとおもう。
「怪我はないか!?」
「今、警察と救急車が来るからね!」
「え……警察?」
だけど、その大人たちの言葉に、結月が急に怯え始めた。
今になれば、その理由は手に取りように分かるが、その頃の俺が、それを理解できるはずもなく。だけど、その表情を見て、何か訳ありなのかと思った俺は
「おばさん、俺達、どこもケガしてないから!」
「え、ちょっと待って! 本当に怪我してないの!?」
「してない! ほら、行くぞ。俺の箱なくすなよ」
「え──わっ!」
その後、結月の手と取ると、俺は猫の箱を抱えたまま走り出した。
本当は、かすり傷くらいはあったけど、警察を見ると父のことを思い出して嫌だったから、とにかく今は、ここから離れよう。
そう思って、俺は結月と一緒に駆けだした。
行先は、何も考えてなかった。
だけど、その時繋いだ結月の手が、なんだかとても温かくて
俺は久しぶりに、"生きていること"を実感した。
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