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第16章 復讐と愛執のセレナーデ【過去編】
復讐と愛執のセレナーデ① ~平穏~
しおりを挟むそれは、8年前の冬。
結月と出会ったのは、俺が、まだ小学6年生の時だった。
当時の俺の名前は『望月 レオ』
それが『五十嵐 レオ』に改名されるまで、まぁ、色々ある訳だけど、当時の俺は、まだ子供で、それなりに生意気な小学生だったと思う。
そして、これは、そんな子供だった俺が、恋をして、執事を目指すまでの物語。
生きることに意味をなくした少年が、 再び『夢』をみるまでの
──出会いと別れの物語。
✣
✣
✣
「ばーちゃん、ちゃんと飲まなきゃダメだって!」
それは、寒い寒い冬の日。
雪がチラチラと舞う一月末。
俺は、コップにそそがれた水を手に、祖母と格闘していた。
当時の俺は、今ルイが暮らしている庭付きの日本家屋で、父の『望月 玲二』と、祖母の『望月 キノ』の三人で暮らしていて、その生活は、決して裕福ではなかったけど、それなりに幸せだったと思う。
だけど、ただ一つ問題があったとすれば、それは、高齢である祖母が、認知症を患ってしまったこと。
「ばーちゃん、聞いてる?」
「なんだい、玲二。どうかしたのかぃ?」
「いや、どうかしたのじゃなくて。薬、飲んでって言ってんの!」
「あー、薬ならねぇ~、さっき飲んだねぇ」
「いや、飲んでねーよ! これ飲まないとまた血圧上がっちゃうから! あと、俺は玲二じゃなくて、レオ!」
祖母は、よく笑っている人で、それは認知症が進んでも、あまり変わなかった。
暴れたり、徘徊することもなかったし、日がな一日、縁側に座って庭を眺めていたり、そんな感じの穏やかで可愛らしい人だった。
だけど、もちろん、変わった事もあった。
それは、前のように家事が出来なくなったことと、俺を父の玲二と間違えるようになったこと。
「玲二、もう宿題は終わったのかい?」
「(だから、レオだって言ってんのに……)うん、もう終わったよ」
「そうかい、偉いねぇ~」
しわしわの手で頭を撫でられる。それは、かなりの子供扱いだったけど、悪い気はしなかった。
なぜなら祖母は、俺にとって『母親』も同然の人だったから。
俺の本当の母『望月 紗那』は、俺を産んですぐに、亡くなってしまったらしい。
桜が散る春の頃。4月14日に俺を出産した母は、その後、出血が止まらず、次の日には帰らぬ人となった。
そして、それからは、父と祖母が、二人で俺を育ててくれたらしい。
母と住んでいたアパートを引っ越して、産まれたばかりの俺を抱えて実家に帰ってきた父を、祖母は温かく迎え入れてくれて、その後、父が仕事で家にいない時は、いつも祖母が、俺の面倒をみてくれていた。
正直、孫の名前を忘れてしまうほど、認知症が進んだ時はショックだったけど、父も祖母も、俺の事をよく褒めてくれたし『俺がいて幸せだ』とよく言っていて
たくさん愛情を注がれて育ってきた自覚はあったから、子供ながらに恩返しをしよう、そんな気持ちもあったのかもしれない。
忙しい父と、まともに家事が出来なくなった祖母の代わりに
料理をしたり
掃除をしたり
介護をしたり
小学生にしては、かなりハードな生活をおくっていたかもしれないが
それでも俺にとって、この頃の生活は、とても穏やかで、満ち足りたものだった。
✣
✣
✣
「悪いな、レオ。いつも、ばーちゃんの世話をさせて」
仕事から帰れば、父は、よくそう言っていた。
当時の父の年齢は36歳。
背が高く、見た目も良いからか、たまに参観日に父が来れば『望月君のお父さんカッコイイね』なんて言って、女子たちが騒くほど。
だけど、本人は、それを鼻にかけることはなく、どちらかと言うと、とても無口で物静かな人だった。
言うなれば、サラサラと流れる小川のような、清廉と佇む竹林のような、そんな趣のある父は、結月の両親が経営するホテルで、コンシェルジュとして働いていた。
黒髪でスタイルがいいからか、ホテルマンとして働く姿は、とても様になっていて、仕事中の父は、子供の俺から見てもカッコイイなって思ってしまうほどだった。
だけど、当時から、阿須加家のホテルの評判はあまり良くはなく、特に従業員に対する待遇は、かなり酷かったらしい。
朝、仕事に出た父が帰宅するのは、いつも決まって夜の11時すぎ。
労働時間があまりに長く、そして、まだ子供の俺には、それがかなりの不満だった。
(もっと、早く帰ってきてくれたらいいのに……)
だけど、そう思うことはあっても
「すまない、レオ。遅くなってばかりで……明日は、もう少し早く帰れるようにするから」
それを、一番気にしていたのは父だったから、その不満を口にすることはなかった。
むしろ、心配をかけないように、寂しい素振りは、一切見せなかった。
「別に気にしなくていいよ。父さんが働いてくれるおかげで、俺たち食べていけるわけだし」
「そうか、ありがとな、レオ。最近、学校はどうだ?」
「どーって、別に変わりなく」
「そうか……」
だけど、穏やかに笑う父もまた不満を言う人ではなかった。
一人で、俺と祖母を養っていたのに、泣き言一つ言わず。
だから、気づかなかった。
父が、この笑顔の裏で、どれほど苦しんでいたのかを……
そして、俺がそれを知ったのは、夜中に突然鳴り響いた、一本の電話から。
『夜分遅くにすみません。警察署の者ですが』
「……え?」
それは、雨が降り続ける、深夜。
父が事故死したという、あまりにも残酷な知らせを受けたあとのことだった。
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