お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
145 / 289
第15章 お嬢様の記憶

デートのお誘い

しおりを挟む
「おはようございます、お嬢様」

 次の日の朝、執事は普段と変わらぬ表情で顔を出した。

 きっちり執事服を着て、凛々しく佇む姿は、あまりにも優雅で、昨日、寝込んでいたのが、もはや嘘みたいだった。

 だが、結月の方は、そんな執事のように普段通りとはいかず

「お……おはよう……っ」

 頬を赤らめ、少し上ずった声で挨拶をする。すると執事は、そんなお嬢様を見て、くすりと一笑する。

「顔が赤いようですが、熱はございませんか?」

「ッ……な、ないわ! これは、その……っ」

 何とか平静を装おうとするが、昨日のことを思い出すと、恥ずかしさで、頬は更に赤くなった。

 昨日、結月は、五十嵐が寝込んでいると聞いて、こっそり部屋まで様子を見に行った。

 だが、まさか、その部屋のベッドの中で、執事と、抱き合うことになるなんて

(ッ……今考えたら、なんて恥ずかしいことを)

「お嬢様。そろそろ、朝食のお時間ですよ」

「え! あ……そうね! すぐ行くわ!」

 恥ずかしがる結月とは対照的に、完全執事モードのレオ。それを見て、結月は少しだけ悔しい気持ちになった。

(きっと、ドキドキしていたのは私だけね……)

 時折甘ったるくなったり、意地悪されたりするが、執事モードの時は、それすらも、まったく顔に出さない。

 ポーカーフェイスと言えば、それまでだが、なんだが自分だけ意識しているようにも感じて、少し悔しい。

(……五十嵐って、いつも余裕よね)

 昨日、熱があった時も、そう感じた。多少けだるそうではあったが、いつもと変わらず、冷静で落ち着いていて、だからこそ、今まで気づかなかった。

 体調を崩すほど、限界がきていたことに……

(本当に、熱、下がったのかしら?)

 ふと気になって、結月は、執事を見上げた。そして、その額にそっと手を伸ばす。

「……!?」

 だが、その瞬間、執事が、その手を掴んだ。

 額に触れることなく止められた結月の手。そして、それを見て、結月は大きく目を見開いた。

 それはまるで、額に触れること拒んだかのように見えたから……

「如何なさいました?」

「え、あ……」

「まだ、お時間に余裕はあるとはいえ、あまりモタモタしていると遅刻してしまいますよ」

「……そ、そうね」

 結月が頷くと、執事は手を離し、部屋の扉の方へと歩き出した。結月は、その後ろ姿を見つめながら

(もしかして、まだ熱が下がってないの?)



 ✣

 ✣

 ✣



「お嬢様!」

 その後、一階へおりると、突然、メイドの恵美に声をかけられた。

 何事かと目を向ければ、少し慌てた様子の恵美は、結月の前に来るなり

「おはようございます、お嬢様。実は今、冬弥とうや様からお電話が入っていて」

「え? 冬弥さんから?」

 その瞬間、結月は表情を曇らせた。

 こんな朝から、なんの用なのか。あまり良い気持ちはしなかったが、結月は、渋々電話の前まで歩き出すと、その後、そっと受話器をとった。

「はい、お電話変わりました」

『あ、もしもし、結月さん? おはよう!』

「おはようございます」

 極力明るい声で、返事を返す。なぜなら、結月は今、冬弥と正式にお付き合いをしているから……

『悪いね。こんな朝早くに』

「いいえ、どうなされたのですか?」

『実は今日、急に仕事が休みになってね。良かったら、結月さんの学校が終わったら、デートでもしませんか?』

「え? デート!?」

 思わず声が大きくなって、結月は、慌てて口元を押さえた。 そして、そのまま執事を流し見れば、気難しそうに眉をひそめているのがわかる。

「あ、あの……いきなり、そんなこと言われましても……っ」

『でも、せっかく恋人同士になれたのに、あれから一度も会えてないし、一時間でもいいんだ。一目会えたら』

「……っ」

 念押しされ、結月は口ごもる。婚約者からの誘いだ。あまり無下にはできない。

 だけど……

(どうしよう……私がこれを受けたら、五十嵐が)

 多分、まだ熱が下がってないような気がした。そして、そんな中、五十嵐は無理をして仕事をしているのだろう。

 それなのに、もし自分がこれを受けたら、今以上に、無理をさせてしまうかもしれない。

 結月は、そう思うと……

「あの、申し訳ありません。今日は用事があるので、お会いするのは難しいです」

『……』

 そう、はっきり告げると、冬弥は一呼吸あけて

『そうか、残念だな』

「ごめんなさい」

『いいよ。いきなり誘った俺が悪いし』

 そう言って、あっさり引いた冬弥に、結月は静かに胸を撫で下ろす。だが……

『じゃぁ、は会えるかな?』

「え?」

『クリスマスは恋人のイベントだろう。12月24日は、空けておいて欲しいな』

「…………」

 まさかのクリスマスデートのお誘い。
 だが、さすがに、これまでは断れない。

(どうしよう……でも、あまり断ってばかりだと、逆に怪しまれるし)

 それに、また執事との関係を疑われても困る。すると結月は、その誘いを素直に受けることにした。

「分かりました。クリスマスは空けておきます」

『良かった! じゃぁ、今度はうちのに招待するよ』

「え?」

『それと、君の執事はつれてこなくていいよ。うちに何人かメイドがいるし、せっかくのクリスマスだし、二人っきりで過ごしたいしね』

「…………」

 つまりそれは、餅津木家で二人っきりということだろうか?

「……っ」

 微かに、心拍が早まる。前のホテルでのことがあるからか、できるなら行きたくない。

 でも……

(いつも、五十嵐に頼ってばかりじゃダメだし、自分で、何とかできるようにならなきゃ……っ)

 自分がこのままだと、きっと五十嵐に、今以上に無理をさせてしまう。

 そう思った結月は、固く決意を固めると

「わかりました。クリスマス楽しみにしていますね!」

 そう言って、心にもない笑顔を向けた。

 だが、その内容を把握出来ていない執事は、そんな結月の姿を、ただ不安そうに見つめるだけだった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...