お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第15章 お嬢様の記憶

かくれんぼ

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「五十嵐さん、相原です。入ってもいいですか~?」

 直後、ノックの音が聞こえたかと思えば、それは、外で掃除をしていたはずの恵美だった。

 突然のことに、二人は同時に息を飲む。

 もし、お嬢様が執事の部屋に忍び込んでいたことがバレたら、もはや一巻の終わりだ!

「五十嵐さん、入りますよー?」
「!?」

 だが、無言のまま耐えていたら、突如、恵美が入ると言ってきた!

(ど、どうしよう……っ)

 どこかに隠れなくては!──と、結月はあわてて部屋の中を見回した。だが、その直後、レオに腕を掴まれた。

(え!?)

 思わず声をだしそうになるが、あれよあれよと、ベッドの中に引きずり込まれた結月は、布団を頭までかぶり、隙間なく抱きよせられた。

「できるだけ、動かないで……」
「……っ」

 小さく、吐息にも満たない声が、耳元で聞こえた。

 ……て、このまま動くなってこと?

「五十嵐さーん。大丈夫ですか?」

 すると、恵美がドアを開けて、中を覗き見てきた。扉側に背を向けたレオは、布団の中で結月を隠すようにして抱きしめる。

 だが、恵美のその視線が、ベッドに向けられているのは、痛いくらい伝わってきた。

 下手に動けば、ベッドの中にいると気づかれてしまう。

 お嬢様が、執事の部屋にいるだけでもあってはならない事なのに、これが更に、にいたなんてことになったら、もう言い逃れすらできない大問題に発展する。

 そう思ったレオは、息を殺し、寝たフリを決め込んだ。

 こちらが、ぐっすり寝ていると分かるば、恵美も、すぐに出ていくだろうと……

「五十嵐さん、寝ちゃってるか……お昼食べてないみたいだけど、また後で、聞きに来ようかな?」

 部屋の中では、ボソボソと恵美の独り言が聞こえた。

 そして、そんな恵美の声を聞きながら、結月は、レオの腕の中で顔を真っ赤にしていた。

 抱きしめられたのは、初めてではない。

 だが、さすがにベッドの中で、この体勢で抱きしめられると、動揺を隠せない。

(……ち、近い)

 薄い香水のような香りにほだされる。

 いつもの彼の香り。優しくて安心する、男性の香り。だが、思わず目を閉じたのは、もう近いというレベルではなかったから!

 しかし、動くとバレる!

 結月は、暴れたくなる気持ちを必死に押さえ込むと、ただただ息を殺した。

 心臓はバクバクと鼓動を刻んでいて、きっと五十嵐にはバレバレだと思った。

 だが、こうして抱きしめられといると、すごく安心する。

 でも、だからこそ、五十嵐のことを思い出してあげられない自分が、たまらなく嫌にもなる。


 ──パタン。

「……!」

 瞬間、部屋の扉が閉まる音がした。

 再び静かになった部屋の中。すると、それから暫くして

「もう、大丈夫だよ」

 レオがそう言うと、結月はゆっくりと布団の中から顔を出した。

「恵美さん、行ったの?」
「あぁ、危なかったな……」

 ベッドの中で、二人抱き合ったまま、同時に安堵する。

 だが、その後、また視線が交わると、なんとも言えない空気に包まれた。

 見つめ合い、結月がそっと目を閉じたタイミングで、レオもまた愛おしそうに結月を見つめると、二人は、どちらともなく唇を寄せ……

「──て、ちょっと待って!」

 だが、すんでのところで、レオが結月の口を手で塞いだ。

 不味い!!
 思わず、キスする所だった!

「あの、さすがにこの状況で、そんな誘われ方したら……もう風邪を移すどころの話じゃなくなるっていうか……っ」

「え?」

 多分、が、風邪だった時のことを考えて、移さないように配慮しているのに、この体勢で、キスを求められたりしたら、もう、キスだけでは終わらなくなりそう!

「そういうのは、元気な時にして……」

「え、あ、はい! ご、ごめんなさい……私ったら、なんてはしたないことを……っ」

 まるで、自分からキスをねだるみたいな。そんな態度をとってしまったことに、結月は顔を赤くしうつむいた。

「ご、ごめんね……移さないようにしてくれてるのに……あの、私、もう部屋に戻るわね。ここにいても迷惑だろうし……っ」

「………」

 だが、そう言って離れようとする結月を、レオは、再び抱きよせると

(はぁ……俺のお嬢様が可愛すぎる)

 もう、このまま移してしまおうか?

 そんな邪なことを考える。なぜなら、仮に結月が寝込んだとしても、自分が手取り足取り、看病すればいいだけのこと。

 だが、そんなことを考えつつも、結月が苦しむのは嫌なので、なんとか理性で押さえ込んだ。

「……五十嵐?」

「あ、ごめん。……今行くと、まだ相原がいるかもしれないから」

「え? でも……っ」

「それに、迷惑ではないよ。来てくれて嬉しかった。だから、あと少しだけ、こうしてて」

「……っ」

 再び抱き寄せられると、髪にそっとキスを落とされた。

 好きな人の香りがするベッドの中で、好きな人に抱きしめられて、心臓は、今も激しく鼓動を刻んでいた。

 でも、結月もまた、そんなレオに抱きつくと

「じゃぁ、少しだけ……」

 そう言って、頬を擦り寄せ、二人だけの時間を満喫する。

 だが、みんなに隠れて、ひっそり抱き合って、こうしている今は、なんだかすごく悪いことをしている気がした。

 でも、今は少しでも長く、五十嵐の傍にいたい。そう思った。

 結月は、抱きしめられたまま、静かに目を閉じると……

「五十嵐」

「ん?」

「っ……大好き」

 日頃の言えない言葉を、結月が意を決して伝えれば、レオは嬉しそうに微笑んだ。

「あぁ、俺も……好きだよ」

 ──この世界の誰よりも、結月のことを愛してる。

 そう囁いた声は、静寂の中に静かに溶けていった。


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