お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
135 / 289
第14章 夢を叶えるために

覚悟

しおりを挟む

 お嬢様の夕食を終えたあとは、使用人たちも揃って夕食をとることになっていた。

 時刻は7時半。テーブルの上には、冨樫が作った美味でバランスの良い夕食が、三人分並んでいた。

 今夜の夕食は、和食。

 この時間は、使用人たちが夕食をとると分かっているからか、結月からの呼び出しも滅多にない。

 まさに落ち着いて休憩をとれる時間なのだが、夕食をとりながら、レオは、ひたすら昼間のことを考えていた。

(高校を卒業したら……か)

 結月の母親・阿須加 美結から告げられた言葉。

 結月は、高校を卒業したら餅津木家に入り、冬弥と同棲することになる。

 そして、それと同時に、自分はあの母親の執事にされてしまう。

 春では、約4ヶ月。
 だが、結月が高校を卒業するのは3月1日。

 それを考えれば、残された時間は、実質3ヶ月と少し。

 それまでに、屋敷の使用人を全て追い出し、結月を連れて逃げなくてはならない。

 いや、逃げるだけじゃダメだ。
 逃げたあとのことも考えないといけない。

 名家の一人娘が執事といなくなったとなれば、確実に誘拐か、駆け落ちを疑われる。

 捜索願いが出されれば、警察の目もあざむかなくてはならない。

 逃げるルートの下見。
 住む場所の確保。

 そして、しばらく潜伏するのに必要な水や食料の調達。

 お金は、これまで貯めてきたからか、しばらくは働かなくても大丈夫なくらいはある。

 だが問題は、お嬢様育ちの結月が、その過酷な環境に耐えられるかどうかということと、それを、いつ決行できるか?

(準備が整い次第、すぐにでも出たいところだけど、この二人の転職先も同時に考えなきゃいけないし……)

 目の前で雑談をする冨樫と恵美をみつめながら、レオは目を細めた。

 辞める理由がない二人。

 しかも、住み込みで働いているとなれば、新しい職場だけでなく、住む場所、もしくは住み込みで働く場所が必要になってくる。

 冨樫の件は、ルイにも任せてはいるが、実際、復縁させて、なおかつ寿退社に持ち込むなんて……さすがに無謀すぎる。

 それは、レオとて、よく分かっていた。
 だが、何もしなければ現状は変わらない。

 でも、この二人を追い出すのは、さすがに骨が折れた。

(どうする……この際、結月が春には餅津木に移ることを話して、解雇を理由に自分たちで転職先を探させるか?)

 手っ取り早いのは、それだ。
 だが、もし話して、万が一にでも、結月に、その事が伝わってしまったら。

(ダメだ……やっぱり結月には知られたくない。卒業と同時に冬弥と同棲だなんて……っ)

 餅津木家に行かされるなんて聞けば、その後、どんな運命が待ち構えているかなんて、話さずともわかるだろう。

 結月は、冬弥の子供を身篭るためだけに、餅津木にいく。

 信頼する執事や使用人を、根こそぎ奪われ、たった一人で──

 そして、行ってしまえば、結月は、誰にも助けを求めることもできず、ただ、ひたすら、その苦痛な行為を強いられることになるのだろう。

 好きでもない男の子供を、身篭るまで、ずっと──…

「ッ……」

 冬弥に組み敷かれた結月を想像しただけで、胸がズキズキと傷んだ。

 そんなこと、絶対にさせたくない。

 目前まで迫った"最悪な未来"に、レオは思わず奥歯を噛み締めた。

 残り三ヶ月。
 三ヶ月以内に、全ての準備をすませる。

 だが、今の執事の仕事に加えて、別館の業務も覚えろと言われた。

 バレないように平常の業務をこなしながら、別館の仕事を覚え、全ての準備を一人でする。

 微かに焦りを覚えたのは、時間が足りなさすぎる。

 そんな気がしたから──…

(いや……元より奪うつもりで、いくつか計画はねってきたんだ。何としても成功させる)

 でなくては、この8年が全て水の泡。

 なにより、結月を、また家族を奪われてしまう──…


「五十嵐さん? 大丈夫ですか?」
「……!」

 瞬間、恵美に声をかけられ、レオは顔を上げた。

「酷く顔色が悪いですが、体調が優れないのでは?」
「あ、いえ……大丈夫ですよ」

 どうやら表情が暗かったからか、体調不良を疑われたらしい。

 レオはサッと笑顔に戻すと、また、いつも通り二人の雑談に参加し始めた。

「さっきの話ですが、冨樫さんは、もう彼氏とよりを戻す気はないんですか?」

「あー、ないない! 私はこの先、夢一筋に生きるって決めたから!」

「えー! でも、愛理さん、彼氏と10年つきあってたんですよね?! 私、いつか結婚するんだと思ってました!」

「そりゃ、私だってもう30だし、結婚も多少は考えてたよ。でも、この前会ったとき、アイツなんて言ったと思う!? 『愛理、オレ仕事やめようとおもうんだ!』だよ!? 30目前にした彼女がいて、仕事辞めるとか、あーこいつ私と結婚する気ないんだって、ハッキリわかった! だから、もういいの!」

「………」

 どうやら、酷くご立腹らしい。

 たしかに、結婚する気があるなら、仕事を辞めようなんて、なかなか思わないだろうが……

(やっぱり、復縁なんて無理か……)

 ならば、他の手段を考えなくては。そう思いつつも、レオの心労はかさむばかりだった。



 ✣

 ✣

 ✣


 一方、結月はその頃、有栖川から借りた文庫本を読んでいた。

 執事にバレないようにこっそり読まなくてはと、いつもは寝る前にとる読書の時間を、夕食後に変えてみた。

 この時間なら、執事は夕食をとっているから、バレることはない。

「っ……」

 だが、読み進めるうちに、またもや官能的なシーンが出てきて、結月はいったん本を閉じた。

 名家のお嬢様が、親に勝手に決められた大嫌いな"婚約者"を、次第に好きになっていくという恋愛小説。紆余曲折ありつつも、最終的に主人公は婚約者と結婚し、そして、そのシーンは、結ばれた二人が初夜を迎える感動的なシーンだった。

 まさに、愛に溢れ、恥ずかしくなるくらい甘いシーンなのだが、結月はあまり、このような本には縁がなかったため、どうにも直視出来なかった。

(……休憩しながらじゃないと読めない)

 いっその事、読み飛ばそうか?
 そんな気持ちもあったが、借りた本だし、しっかり読まなくては、失礼な気もした。

 それに、なにより、いつか自分も経験することだ。本で恥ずかしいなんて、いっている場合ではない。

(初夜……か)

 今一度、本を開いて、愛し合う二人のシーンに目を向けた。

 正直、自分には、まだ先の話だろうと思っていた。結婚してからの話だろうと……

 でも──

(ッ……もう、五十嵐が、あんなこと言うからッ)

 少し前に、執事に言われた言葉が、頭の中で反芻する。

『また、この屋敷で二人っきりになることがあったら、その時は……覚悟しといて』

 覚悟──とは、つまりなのだろうか?

 あの二人きりの夜、五十嵐に、何度とキスをされた。全身の力が抜けてしまうくらいの、甘く痺れるようなキス。

 触れられるだけで身体中が熱くなって、口付けられる度に、頭の中が真っ白になった。

 だけど、あのキス以上のことを、覚悟しておけ……ということなのだろうか?

(っ……どうしよう。やっぱり、この本にあるようなことを、するってことよね?)

 そう思った瞬間、顔が火を吹くように赤くなった。こんな恥ずかしいこと、五十嵐と──?

(ムリムリ! 絶対ムリ! あ、でも、この屋敷で二人っきりになること自体、そうあることじゃないし……!)

 執事も合わせて、使用人は三人。
 基本、二人が同時に休むことはない。

 あったとしても、三人とも住み込みだから、寝食は屋敷の中。

 実家に帰省するとか、旅行に行くとか、なにか特別な事情がある時以外は、ありえない話だ。

(ま、まだ……先の話よね?)

 恥じらいながらも、ホッとする。

 だけど、どことなく不安を感じるのは、冬弥との事があるからかもしれない。

 婚約者と付き合うことになった。
 だから、かもしれない。

 もし、近い未来で冬弥に奪われるくらいなら、そうなる前に、五十嵐好きな人に、捧げてしまいたいなんて……


 コンコンコン──!

「――お嬢様」
「ッ!?」

 瞬間、扉がなって、執事の声が聞こえてきた。

(あ、うそ! 隠さなきゃ!)

 そう思って、結月は慌てて、文庫本を引き出しの中に隠す。

 ──ガン!?

「痛ッ!」

 だが、引き出しを閉めようとした瞬間、慌てていたせいか、結月は思いっきり指を挟んでしまった。

 指先を強打し、思わず声が出ると、それを聞いた執事が、血相を変えて部屋の中に入ってきた。

「お嬢様! いかがなさいました!」

「あ……えっと……ちょっと、指を挟んだだけよ。だから、大丈」

「大丈夫ではありません!」

「っ……」

 瞬間、手を取られ、執事が心配そうに、結月の指先を見つめた。

 痛みやアザがないか確かめているのか、優しく触れた指先に思わずドキッとして、また顔が赤くなる。

 さっき、あんなことを考えていたからか、まともに顔が見れない。

「すぐに、冷やすものを持って参ります」

「あ、大丈夫……本当に大したことないから」

「ダメです。跡が残ったらどうするのですか」

 ピシャリと言い放つと、執事は、すぐさま部屋から出ていった。

 きっと、氷をとりにいったのだろう。

(っ……私のバカ)

 また、執事に迷惑をかけてしまった。
 そんな自分に、結月はひたすら自己嫌悪する。

(こんな私と一緒になって……五十嵐は、本当に幸せなのかしら……っ)
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...