125 / 289
第13章 誰もいない屋敷の中で
笑顔の裏側
しおりを挟む「ようこそ、お越しくださいました。冬弥様」
「…………」
阿須加家にて、冬弥が屋敷の中に入ると、執事がにっこりと笑顔で出迎えた。
黒髪で長身。それでいて、整った顔立ちをした見目の良い男。
その執事を凝視するなり、冬弥は、前にワインをかけられたことを思い出し、おもむろに眉をひそめた。
(この執事、まだクビになってなかったのかよ)
思い出したくない出来事と、見たくもない顔を見たせいか、軽く心が荒む。
だが、ここでまた執事と揉め事を起こせば、結月からの心象が悪くなる。冬弥はそう思うと、すっと爽やかな笑顔を貼り付けた。
「やぁ、先日は手荒なことをして、悪かったね」
そう言って執事に語りかけると、執事もまたにっこりと笑顔をうかべる。
「いえ、こちらこそ、ホテル側のミスとは知らず、冬弥様を犯罪者扱いしてしまいました。どうか、お許しください」
「いやいや、いいさ。俺も大人げなかったしね! 先日のことは、お互いに、キレイさっぱり水に流そう!」
キレイさっぱり、水に流す気なんてサラサラない!!
だが、一応「許してやるよ」的なことを冬弥がほのめかせば、執事も無言のまま笑顔をうかべた。
だが、その笑みが、また冬弥の中に苛立ちを芽生えさせる。
(くっそ……! 結月と結婚したら、この執事、真っ先にクビにしてやる!)
冬弥とて、そこそこイケメンで、さして顔は悪くない。むしろ、どちらかと言えばモテる方だ。
だが、この執事を相手にすると、見た目も身長も、冬弥の方があきらかに劣っていた。
自分よりも身分が低いくせに、自分より女にモテそうなルックスと、その執事特有の余裕そうな笑みが癪に障る。
なにより、そんな男が自分の婚約者の側にいるのが、とてつもなく腹立たしい。
できるなら、すぐにでもクビにしたい!
だが、先日のアレで、クビになっていないということは、この執事は、あの阿須加夫妻のお気に入りでもあるのだろう。
結月に嫌われるのもだが、その親に嫌われてしまったら、それこそ8年前からの計画が全て台無しになる。
冬弥としては、それだけは何としても避けたかった。
もう、父や兄に、役立たず呼ばわりされたくないから──
「……それより、結月さんはどこに?」
自身の本音をグッと腹の底に押し込めると、冬弥はまた執事に語りかけた。てっきり出迎えてくれると思っていた結月が、何故か、いっこうに出てこない。
(普通は、婚約者が尋ねてきたなら、真っ先に出迎えるだろ。何やってんだ、あの女)
そんなことを内心毒づきながらも、冬弥はにこやかに話す。
「もしかして、俺が早く来すぎたのかな?」
「いいえ、お時間ピッタリでございます。ですが、お嬢様は少々、身支度に手まどっておられますので、冬弥様は、先に応接室の方へ」
まさか、結月が出てこない理由が、執事にキスをされたからだなんて、冬弥は夢にも思っていないだろう。
もし、自分の婚約者の"初めて"を、目の前の執事に奪われたのだと知ったら、この男は、どんな反応をするのだろう。
怒るだろうか?
それとも、悔しがるだろうか?
そんなことを思いながら、レオは小さく笑みを浮かべた。
結月が来ないことに、不満げな表情を浮かべる冬弥に、不思議と優越感を覚えた。
それに、昨夜、結月とキスをして、奪われたくないという気持ちが、ますます強くなった。
嫌なら嫌だと言ってくれたら、こちらもやめる気になれたかもしれないのに、結月は、そんな言葉一切発さず、ありのままの自分を受け入れてくれた。
一方的で、ワガママなキスを
執事からの、背徳的な愛の言葉を
一晩中、受け続けてくれた結月に、ずっと抱えていた不安や焦りが、一緒に洗い流されていくように感じた。
名前を呼んで指を絡めれば、握り返してくれた。
愛してると囁けば、頬を染めて見つめ返してくれた。
そんな些細な仕草を、一つ一つ積み重ねていく度に、重く沈んだ心が、ゆっくりとゆっくりと、満たされていくのを感じた。
戸惑いながらも、受け入れてくれた事が嬉しかった。例え、執事のままだったとしても、また、好きなってくれたことが、嬉しかった。
そして、結月に口付ける度に、これまで以上に、強く思った。
──誰にも渡したくない。
結月のこんなに姿を、自分以外の男には、絶対に、見せたくないと。
「俺の顔に、何かついてるか?」
「…………」
それから一呼吸あって、黙り込んだまま冬弥をみつめていたレオに、冬弥が不愉快そうに問いかけた。
睨みつけてはいないはずだが、何かを感じ取ったのかもしれない。レオは、危ない危ないと、内心苦笑しつつ、また笑顔を返す。
「いいえ。冬弥様は、意外とマメな方なんだなと思っただけです。また、お嬢様に花束を用意してくださったのですね」
「え、あぁ……」
執事の言葉に、冬弥が手にしていたバラの花束に目を向けた。
あのパーティーのあとから、定期的に結月に送り付けた、真っ赤なバラ。
「そりゃ、結月さんが喜んでくれるなら、いくらでもプレゼントするよ。花を見る度に、俺のことを思い出してくれるかもしれない」
「(あぁ、見る度にお前のこと思い出して、俺が不快だったよ)それはそれは、冬弥様は、意外とロマンチストなのですね。ですが、本当にお嬢様のことを思うなら、メイドや執事に頼んで、お嬢様の好きな花を、リサーチしてからの方がよかったのでは? お嬢様が、バラの花をお嫌いだったら、どうするおつもりだったのですか?」
「は!? まさか、嫌いなのかバラの花!?」
「いいえ、好きですよ」
「な! 脅かすなよ!?」
「失礼致しました。ただ『冬弥さんは、もう自分の好きな花を忘れてしまったのかもしれない』と、お嬢様が落ち込んでらっしゃったので」
「え?」
「幼い頃に、お話されたそうですが、忘れてしまわれたのですね?」
「…………」
瞬間、冬弥はじわりと汗をかく。
結月の好きな花なんて、知るわけがない。
なぜなら、幼い日に、結月と会ったのは一度きり。きっと、結月が好きな花を話した相手は、もう一人の『モチヅキ』だ。
そう、結月が好きだと言っていた──もう一人の男。
「あ、あぁ……もう、8年も前のことだから、ついな。そうだ、お前執事なら知ってるだろ。結月の好きな花!」
「…………」
教えてくれ!と言わんばかりの目で見つめられ、執事は、また笑みを浮かべた。
「はい、存じておりますよ。お嬢様の、好きな花は──真っ白なユリの花です」
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる