お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第13章 誰もいない屋敷の中で

笑顔の裏側

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「ようこそ、お越しくださいました。冬弥様」
「…………」

 阿須加家にて、冬弥が屋敷の中に入ると、執事がにっこりと笑顔で出迎えた。

 黒髪で長身。それでいて、整った顔立ちをした見目の良い男。

 その執事を凝視するなり、冬弥は、前にワインをかけられたことを思い出し、おもむろに眉をひそめた。

(この執事、まだクビになってなかったのかよ)

 思い出したくない出来事と、見たくもない顔を見たせいか、軽く心が荒む。

 だが、ここでまた執事と揉め事を起こせば、結月からの心象が悪くなる。冬弥はそう思うと、すっと爽やかな笑顔を貼り付けた。

「やぁ、先日は手荒なことをして、悪かったね」

 そう言って執事に語りかけると、執事もまたにっこりと笑顔をうかべる。

「いえ、こちらこそ、とは知らず、冬弥様を扱いしてしまいました。どうか、お許しください」

「いやいや、いいさ。俺も大人げなかったしね! 先日のことは、お互いに、キレイさっぱり水に流そう!」

 キレイさっぱり、水に流す気なんてサラサラない!!

 だが、一応「許してやるよ」的なことを冬弥がほのめかせば、執事も無言のまま笑顔をうかべた。

 だが、その笑みが、また冬弥の中に苛立ちを芽生えさせる。

(くっそ……! 結月と結婚したら、この執事、真っ先にクビにしてやる!)

 冬弥とて、そこそこイケメンで、さして顔は悪くない。むしろ、どちらかと言えばモテる方だ。

 だが、この執事を相手にすると、見た目も身長も、冬弥の方があきらかに劣っていた。

 自分よりも身分が低いくせに、自分より女にモテそうなルックスと、その執事特有の余裕そうな笑みが癪に障る。
 なにより、そんな男が自分の婚約者の側にいるのが、とてつもなく腹立たしい。

 できるなら、すぐにでもクビにしたい!

 だが、先日のアレで、クビになっていないということは、この執事は、あの阿須加夫妻のでもあるのだろう。

 結月に嫌われるのもだが、その親に嫌われてしまったら、それこそ8年前からの計画が全て台無しになる。

 冬弥としては、それだけは何としても避けたかった。
 もう、父や兄に、呼ばわりされたくないから──

「……それより、結月さんはどこに?」

 自身の本音をグッと腹の底に押し込めると、冬弥はまた執事に語りかけた。てっきり出迎えてくれると思っていた結月が、何故か、いっこうに出てこない。

(普通は、婚約者が尋ねてきたなら、真っ先に出迎えるだろ。何やってんだ、あの女)

 そんなことを内心毒づきながらも、冬弥はにこやかに話す。

「もしかして、俺が早く来すぎたのかな?」

「いいえ、お時間ピッタリでございます。ですが、お嬢様は少々、身支度に手まどっておられますので、冬弥様は、先に応接室の方へ」

 まさか、結月が出てこない理由が、執事にキスをされたからだなんて、冬弥は夢にも思っていないだろう。

 もし、自分の婚約者の"初めて"を、目の前の執事に奪われたのだと知ったら、この男は、どんな反応をするのだろう。

 怒るだろうか?
 それとも、悔しがるだろうか?

 そんなことを思いながら、レオは小さく笑みを浮かべた。

 結月が来ないことに、不満げな表情を浮かべる冬弥に、不思議と優越感を覚えた。

 それに、昨夜、結月とキスをして、奪われたくないという気持ちが、ますます強くなった。

 嫌なら嫌だと言ってくれたら、こちらもやめる気になれたかもしれないのに、結月は、そんな言葉一切発さず、ありのままの自分を受け入れてくれた。

 一方的で、ワガママなキスを
 執事からの、背徳的な愛の言葉を

 一晩中、受け続けてくれた結月に、ずっと抱えていた不安や焦りが、一緒に洗い流されていくように感じた。

 名前を呼んで指を絡めれば、握り返してくれた。
 愛してると囁けば、頬を染めて見つめ返してくれた。

 そんな些細な仕草を、一つ一つ積み重ねていく度に、重く沈んだ心が、ゆっくりとゆっくりと、満たされていくのを感じた。

 戸惑いながらも、受け入れてくれた事が嬉しかった。例え、執事のままだったとしても、また、好きなってくれたことが、嬉しかった。

 そして、結月に口付ける度に、これまで以上に、強く思った。

 ──誰にも渡したくない。

 結月のこんなに姿を、自分以外の男には、絶対に、見せたくないと。

「俺の顔に、何かついてるか?」
「…………」

 それから一呼吸あって、黙り込んだまま冬弥をみつめていたレオに、冬弥が不愉快そうに問いかけた。

 睨みつけてはいないはずだが、何かを感じ取ったのかもしれない。レオは、危ない危ないと、内心苦笑しつつ、また笑顔を返す。

「いいえ。冬弥様は、意外とマメな方なんだなと思っただけです。また、お嬢様に花束を用意してくださったのですね」

「え、あぁ……」

 執事の言葉に、冬弥が手にしていたバラの花束に目を向けた。
 あのパーティーのあとから、定期的に結月に送り付けた、真っ赤なバラ。

「そりゃ、結月さんが喜んでくれるなら、いくらでもプレゼントするよ。花を見る度に、俺のことを思い出してくれるかもしれない」

「(あぁ、見る度にお前のこと思い出して、不快だったよ)それはそれは、冬弥様は、意外とロマンチストなのですね。ですが、本当にお嬢様のことを思うなら、メイドや執事に頼んで、お嬢様の好きな花を、リサーチしてからの方がよかったのでは? お嬢様が、バラの花をお嫌いだったら、どうするおつもりだったのですか?」

「は!? まさか、嫌いなのかバラの花!?」

「いいえ、好きですよ」

「な! 脅かすなよ!?」

「失礼致しました。ただ『冬弥さんは、もう自分の好きな花を忘れてしまったのかもしれない』と、お嬢様が落ち込んでらっしゃったので」

「え?」

「幼い頃に、お話されたそうですが、忘れてしまわれたのですね?」

「…………」

 瞬間、冬弥はじわりと汗をかく。
 結月の好きな花なんて、知るわけがない。

 なぜなら、幼い日に、結月と会ったのは一度きり。きっと、結月が好きな花を話した相手は、もう一人の『モチヅキ』だ。

 そう、結月が好きだと言っていた──もう一人の男。

「あ、あぁ……もう、8年も前のことだから、ついな。そうだ、お前執事なら知ってるだろ。結月の好きな花!」

「…………」

 教えてくれ!と言わんばかりの目で見つめられ、執事は、また笑みを浮かべた。

「はい、存じておりますよ。お嬢様の、好きな花は──です」
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