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第13章 誰もいない屋敷の中で
忘れられた恋人
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※注意※
若干、アダルトなシーンがあります。
ご注意ください。
✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣
「い、がらし……?」
「…………」
腕を取られ距離が近づくと、ほんの数十センチの距離で視線が合わさった。
いつになく真剣な表情をした執事に、こころなしか鼓動が早まる。その瞳はどことなく、怒っているようにも見えたから──
「あ、あの……」
「お嬢様は、餅津木冬弥のことを好きになりたいのですか?」
「え?」
その質問に、結月は、ふと落ちた文庫本に視線を送る。
きっと、この本を見て、そう思ったのだと思った。だけど、間違いじゃない。実際に、好きになろうとしてるのだ。
餅津木 冬弥のことを──
「そ、そうよ……っ」
「……」
「だって、冬弥さんは私の婚約者だし、明日会えば、きっと正式にお付き合いすることになると思うの。だから、その前に少しでも冬弥さんのことを好きに」
「なれるのですか?」
「え?」
「お嬢様は──俺のことが好きなのに?」
「……ッ」
瞬間、結月は目を見開いた。
まるで時が止まったかのように、呼吸が止まり、思考が止まり、瞬き一つ出来ず硬直する。
目が離せなかった。
声が出せなかった。
だが、その言葉の意味を理解した瞬間、止まっていた時間が、急激に動き出した。
「ぁ、っ……なんで……っ」
唇が震えた。鼓動は痛いくらい早くなって、同時に身体は火を噴くように熱くなる。
────バレた。
私が、五十嵐のことを好きだって……っ
「お嬢様」
「……ッ」
再び声をかけられれば、硬直していた身体がびくりと跳ねた。
腕を掴まれているせいか、逃げることも出来ず、恐る恐る、その目を見れば、いつもとは違う執事の表情に、恥ずかしさと同時に焦りが込み上げてくる。
「ぁ、私……っ」
自分でも、顔が真っ赤になっているのが分かった。それはもう、言い逃れなんて出来ないくらいに──
だけど、もしここで、それを肯定してしまったら
もう、お嬢様と執事には
──戻れない。
「ち、違うわ! 違うの! 私は五十嵐のことなんて──ッん」
だが、その瞬間、唐突に言葉を奪われた。
声を発する間もなく遮られた、否定の言葉。
そして、その唇には、なにか柔らかな感触が伝わってくる。
唇が、熱い──
更に、それが何か気づいた瞬間、結月は大きく目を見開いた。
(……え?)
キスを──されているのだと分かった。
それも使用人であるはずの
"執事"に──
「っ……んッ」
軽く身じろぐと、その後、触れていた唇がゆっくりと離れた。
「ぁ、な……んで……っ」
何が起こったのか、わからなかった。
震える指先で唇に触れれば、その感触は、今もしっかりと残っていて、それが夢や幻ではないことを告げてくる。
ただ、触れただけ。そんな優しいキスだ。
でも、それは結月にとって、初めてのキスで──
「言っておきますが、初めてではないですよ」
「え?」
だが、その言葉に、結月はさらに困惑する。
「なにを……言ってるの?」
「……これでも、まだ、思い出せませんか?」
目を合わせ、頬に触れ、執事が囁いた。
とてもとても、悲しそうに──
「お前にとって、俺は……その程度のものだったのか?」
「……っ」
まるで、置き去りにされた子供のように、悲しげな表情をうかべた執事に、胸の奥がズキリと傷んだ。
「思い出して、俺のこと──」
どうして? 胸が苦しい。
「もう、これ以上、俺を忘れようとしないで──」
それは、今までに
一度も見たことのない表情だった。
今にも、泣いてしまいそうなほどの、切なく哀しい表情──
どうして、そんな顔するの?
五十嵐は、何を言っているの?
✣
✣
✣
自分は、もっと理性的な人間だと思っていた。
だけど、結月が冬弥のことを好きになろうとしていることに気づいた瞬間、冷静ではいられなくなった。
『お嬢様は、俺のことが好きなのに?』
そう言って結月を見つめれば、真っ赤になったその顔に、心が震えた。
結月が、俺の事を好きになってくれた。
それが、嬉しくて、幸せで──
だけど、それと同時に、結月がその気持ちを忘れようとしていることに、酷く虚しさを感じた。
理屈では、分かっていた。
俺は執事で、結月は、この家のお嬢様。
そして、俺の事を覚えていない、今の結月にとって、なによりも優先すべきなのは、婚約者との縁談。
でも……
『違う、違うの!』
『……ッ』
俺を好きになってくれた、その気持ちですら、根こそぎ否定しようとする結月に、理性なんて一気に崩れ去った。
掴んだ腕を引き寄せれば、無理やり唇を塞いで、言葉を奪った。
子供の頃に、たった一度だけ交わしたキスのように、ただ触れるだけの囁かなキス。
思い出して──と、願いを込めた優しいキス。
だけど、キスで呪いが解けるのは、所詮、物語の中だけで、思い出すこともなく、赤くなるわけでもなく、ただ顔を青くし困惑する結月に、心が砕けそうになった。
『お前にとって……俺は、その程度のものだったのか?』
誰にも見つからないように
こっそりと会っていた、あの日々も
離れたくないと言って
流してくれた、あの涙も
そして、別れ際に交わした、あのキスですら
結月にとっては、忘れてもいいような、そんな、どうでもいい記憶だったのか?
『思い出して、俺のこと──』
もう、これ以上
『俺を、忘れようとしないで……っ』
結月は、悪くない。
結月を、苦しめるべきじゃない。
そう、思ってはいるのに
一向に報われない思いに、次第に心が、真っ黒に染まっていくように感じた。
無償の愛を、注げたら良かったのかもしれない。
なんの見返りも求めず、ただ君を愛することが出来たら、良かったのかもしれない。
でも、俺はそんな出来た人間じゃないから
君に、無償の愛なんて注げない。
例えそれが、始めは、無償のものだったとしても、与えるだけで、なにも返って来なければ
いつか、その愛も朽ち果てる。
愛するだけじゃ、満たされない。
俺は、君に愛されるためだけに、これまで、生きてきたから──
「五十嵐……なにを、言ってるの?」
「………」
一方的な俺の話を聞いた後、それでも思い出す気配のない結月を見て、ふと悪魔のような言葉を思い出した。
『本当に愛し合ってるって言うなら、二人で苦しむべきなんじゃない?』
ルイが言った、あの言葉──
結月は、悪くないし、苦しめるべきじゃない。
ずっと、そう思ってきたけど。
──ごめん、結月。
俺、もう、一人で苦しみたくない。
「……ッ」
頬に触れていた手を離すと、そのまま肩を押しやり、結月をベッドの上に押し倒した。
容赦なく覆いかぶさって、触れる時は必ずつけていた手袋を、あっさり脱ぎ捨てる。
「え、……五十…嵐?」
「…………」
困惑する結月を見下ろし、執事としてではなく、"一人の男"として、直接、その手で頬に触れた。
お風呂上がりの肌は、しっとりと瑞々しく、まだ半乾きの髪を乾かそうと思っていたはずなのに
もうそんなの、どうでも良くなってしまった。
「──結月」
「……え?」
名前を呼んだだけで、驚く君は、なんて愛おしくて、なんて残酷なんだろう。
あの頃、俺は、何度と君の名を呼んでいたはずなのに、君はそんなことすら、忘れてしまった。
「もう、思い出せないなら……」
「──んッ、」
組み敷かれ、身動きの取れない結月の両頬を掴むと、再び、その唇に口付けた。
今度は子供の頃のような触れるだけのものじゃなく、食らいつくような激しいキス。
深く深く、呼吸の合間に、結月が声をあげようとするのを何度と奪っては、しがみつこうとする手に指を絡め、きつく握りしめた。
やっと好きになってくれた、その気持ちですら、何もかも、なかったことにしようと言うのなら
今度こそ、絶対に忘れられないように、その身体に、刻み込んでしまおう。
何度でも
何回でも
そう、忘れたくても、忘れられなくなるくらいに。
この先、君が、一生俺のことしか、考えられなくなるように──
「……っ、んッ……はぁ」
誰もいない屋敷には、邪魔する者なんて誰もいなかった。
触れたい気持ち
奪いたい気持ち
そんな欲望にまみれた自分を、先程理性で押し込めたばかりなのに、こうなってしまっては、もう歯止めがきかなかった。
俺にとっては、二度目。
でも、今の結月にとっては、初めてのキスの後、もう何度交わしたか分からないくらい口付けた。
不思議と、結月は抵抗しなかった。それをいいことに少しずつレベルを上げていく。
口内に舌を潜り込ませると、ビクリと震えた結月をみて、怖がらせないように、そっと舌を絡めた。
優しく、労わるように──
だけど、始めは優しかったそれも、煽るように発せられた甘い声のせいか、気がつけば、いつしか激しいものへ変わっていた。
「結月……っ」
「は、ぁ……んんっ」
何度と口付けては、名前を呼んで、その後、髪を撫でた。
もう、まともに呼吸が出来なくなった結月は、今、何を思っているのだろう。
軽蔑しただろうか?
それとも、嫌いになっただろうか?
それでも、俺は今までの時間を埋めるように、何度と結月を愛し続けた。
でも──
「っ……い、……が、らし……っ」
「…………」
切なく漏れたその声に、目を細め、また微笑む。
ずっと、名前を呼んで欲しかった。
五十嵐ではなく『レオ』と──
でも……もう、いいよ。五十嵐でも。
君が、俺の名を呼んでくれるなら
君が、俺を忘れずにいてくれるなら
もう『執事』のままでもいい。
だから、これからは、一緒に苦しんで?
執事を好きになってしまったこと
執事とキスをしたこと
執事に愛されたこと
それを一生、忘れずに、苦しめばいい。
例え、ここで、君に嫌われたとしても、君の中で、一生、生き続けることができるのなら
俺は、きっと『幸せ』だから───
「愛していますよ、お嬢様──」
視線を合わせ、そう囁けば、頬には、静かに涙が伝った。
結月の目尻に流れ落ちた、それが自分のものだと、気づいたのは、それから、暫くたって
結月が眠りについた後のことだった。
若干、アダルトなシーンがあります。
ご注意ください。
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「い、がらし……?」
「…………」
腕を取られ距離が近づくと、ほんの数十センチの距離で視線が合わさった。
いつになく真剣な表情をした執事に、こころなしか鼓動が早まる。その瞳はどことなく、怒っているようにも見えたから──
「あ、あの……」
「お嬢様は、餅津木冬弥のことを好きになりたいのですか?」
「え?」
その質問に、結月は、ふと落ちた文庫本に視線を送る。
きっと、この本を見て、そう思ったのだと思った。だけど、間違いじゃない。実際に、好きになろうとしてるのだ。
餅津木 冬弥のことを──
「そ、そうよ……っ」
「……」
「だって、冬弥さんは私の婚約者だし、明日会えば、きっと正式にお付き合いすることになると思うの。だから、その前に少しでも冬弥さんのことを好きに」
「なれるのですか?」
「え?」
「お嬢様は──俺のことが好きなのに?」
「……ッ」
瞬間、結月は目を見開いた。
まるで時が止まったかのように、呼吸が止まり、思考が止まり、瞬き一つ出来ず硬直する。
目が離せなかった。
声が出せなかった。
だが、その言葉の意味を理解した瞬間、止まっていた時間が、急激に動き出した。
「ぁ、っ……なんで……っ」
唇が震えた。鼓動は痛いくらい早くなって、同時に身体は火を噴くように熱くなる。
────バレた。
私が、五十嵐のことを好きだって……っ
「お嬢様」
「……ッ」
再び声をかけられれば、硬直していた身体がびくりと跳ねた。
腕を掴まれているせいか、逃げることも出来ず、恐る恐る、その目を見れば、いつもとは違う執事の表情に、恥ずかしさと同時に焦りが込み上げてくる。
「ぁ、私……っ」
自分でも、顔が真っ赤になっているのが分かった。それはもう、言い逃れなんて出来ないくらいに──
だけど、もしここで、それを肯定してしまったら
もう、お嬢様と執事には
──戻れない。
「ち、違うわ! 違うの! 私は五十嵐のことなんて──ッん」
だが、その瞬間、唐突に言葉を奪われた。
声を発する間もなく遮られた、否定の言葉。
そして、その唇には、なにか柔らかな感触が伝わってくる。
唇が、熱い──
更に、それが何か気づいた瞬間、結月は大きく目を見開いた。
(……え?)
キスを──されているのだと分かった。
それも使用人であるはずの
"執事"に──
「っ……んッ」
軽く身じろぐと、その後、触れていた唇がゆっくりと離れた。
「ぁ、な……んで……っ」
何が起こったのか、わからなかった。
震える指先で唇に触れれば、その感触は、今もしっかりと残っていて、それが夢や幻ではないことを告げてくる。
ただ、触れただけ。そんな優しいキスだ。
でも、それは結月にとって、初めてのキスで──
「言っておきますが、初めてではないですよ」
「え?」
だが、その言葉に、結月はさらに困惑する。
「なにを……言ってるの?」
「……これでも、まだ、思い出せませんか?」
目を合わせ、頬に触れ、執事が囁いた。
とてもとても、悲しそうに──
「お前にとって、俺は……その程度のものだったのか?」
「……っ」
まるで、置き去りにされた子供のように、悲しげな表情をうかべた執事に、胸の奥がズキリと傷んだ。
「思い出して、俺のこと──」
どうして? 胸が苦しい。
「もう、これ以上、俺を忘れようとしないで──」
それは、今までに
一度も見たことのない表情だった。
今にも、泣いてしまいそうなほどの、切なく哀しい表情──
どうして、そんな顔するの?
五十嵐は、何を言っているの?
✣
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自分は、もっと理性的な人間だと思っていた。
だけど、結月が冬弥のことを好きになろうとしていることに気づいた瞬間、冷静ではいられなくなった。
『お嬢様は、俺のことが好きなのに?』
そう言って結月を見つめれば、真っ赤になったその顔に、心が震えた。
結月が、俺の事を好きになってくれた。
それが、嬉しくて、幸せで──
だけど、それと同時に、結月がその気持ちを忘れようとしていることに、酷く虚しさを感じた。
理屈では、分かっていた。
俺は執事で、結月は、この家のお嬢様。
そして、俺の事を覚えていない、今の結月にとって、なによりも優先すべきなのは、婚約者との縁談。
でも……
『違う、違うの!』
『……ッ』
俺を好きになってくれた、その気持ちですら、根こそぎ否定しようとする結月に、理性なんて一気に崩れ去った。
掴んだ腕を引き寄せれば、無理やり唇を塞いで、言葉を奪った。
子供の頃に、たった一度だけ交わしたキスのように、ただ触れるだけの囁かなキス。
思い出して──と、願いを込めた優しいキス。
だけど、キスで呪いが解けるのは、所詮、物語の中だけで、思い出すこともなく、赤くなるわけでもなく、ただ顔を青くし困惑する結月に、心が砕けそうになった。
『お前にとって……俺は、その程度のものだったのか?』
誰にも見つからないように
こっそりと会っていた、あの日々も
離れたくないと言って
流してくれた、あの涙も
そして、別れ際に交わした、あのキスですら
結月にとっては、忘れてもいいような、そんな、どうでもいい記憶だったのか?
『思い出して、俺のこと──』
もう、これ以上
『俺を、忘れようとしないで……っ』
結月は、悪くない。
結月を、苦しめるべきじゃない。
そう、思ってはいるのに
一向に報われない思いに、次第に心が、真っ黒に染まっていくように感じた。
無償の愛を、注げたら良かったのかもしれない。
なんの見返りも求めず、ただ君を愛することが出来たら、良かったのかもしれない。
でも、俺はそんな出来た人間じゃないから
君に、無償の愛なんて注げない。
例えそれが、始めは、無償のものだったとしても、与えるだけで、なにも返って来なければ
いつか、その愛も朽ち果てる。
愛するだけじゃ、満たされない。
俺は、君に愛されるためだけに、これまで、生きてきたから──
「五十嵐……なにを、言ってるの?」
「………」
一方的な俺の話を聞いた後、それでも思い出す気配のない結月を見て、ふと悪魔のような言葉を思い出した。
『本当に愛し合ってるって言うなら、二人で苦しむべきなんじゃない?』
ルイが言った、あの言葉──
結月は、悪くないし、苦しめるべきじゃない。
ずっと、そう思ってきたけど。
──ごめん、結月。
俺、もう、一人で苦しみたくない。
「……ッ」
頬に触れていた手を離すと、そのまま肩を押しやり、結月をベッドの上に押し倒した。
容赦なく覆いかぶさって、触れる時は必ずつけていた手袋を、あっさり脱ぎ捨てる。
「え、……五十…嵐?」
「…………」
困惑する結月を見下ろし、執事としてではなく、"一人の男"として、直接、その手で頬に触れた。
お風呂上がりの肌は、しっとりと瑞々しく、まだ半乾きの髪を乾かそうと思っていたはずなのに
もうそんなの、どうでも良くなってしまった。
「──結月」
「……え?」
名前を呼んだだけで、驚く君は、なんて愛おしくて、なんて残酷なんだろう。
あの頃、俺は、何度と君の名を呼んでいたはずなのに、君はそんなことすら、忘れてしまった。
「もう、思い出せないなら……」
「──んッ、」
組み敷かれ、身動きの取れない結月の両頬を掴むと、再び、その唇に口付けた。
今度は子供の頃のような触れるだけのものじゃなく、食らいつくような激しいキス。
深く深く、呼吸の合間に、結月が声をあげようとするのを何度と奪っては、しがみつこうとする手に指を絡め、きつく握りしめた。
やっと好きになってくれた、その気持ちですら、何もかも、なかったことにしようと言うのなら
今度こそ、絶対に忘れられないように、その身体に、刻み込んでしまおう。
何度でも
何回でも
そう、忘れたくても、忘れられなくなるくらいに。
この先、君が、一生俺のことしか、考えられなくなるように──
「……っ、んッ……はぁ」
誰もいない屋敷には、邪魔する者なんて誰もいなかった。
触れたい気持ち
奪いたい気持ち
そんな欲望にまみれた自分を、先程理性で押し込めたばかりなのに、こうなってしまっては、もう歯止めがきかなかった。
俺にとっては、二度目。
でも、今の結月にとっては、初めてのキスの後、もう何度交わしたか分からないくらい口付けた。
不思議と、結月は抵抗しなかった。それをいいことに少しずつレベルを上げていく。
口内に舌を潜り込ませると、ビクリと震えた結月をみて、怖がらせないように、そっと舌を絡めた。
優しく、労わるように──
だけど、始めは優しかったそれも、煽るように発せられた甘い声のせいか、気がつけば、いつしか激しいものへ変わっていた。
「結月……っ」
「は、ぁ……んんっ」
何度と口付けては、名前を呼んで、その後、髪を撫でた。
もう、まともに呼吸が出来なくなった結月は、今、何を思っているのだろう。
軽蔑しただろうか?
それとも、嫌いになっただろうか?
それでも、俺は今までの時間を埋めるように、何度と結月を愛し続けた。
でも──
「っ……い、……が、らし……っ」
「…………」
切なく漏れたその声に、目を細め、また微笑む。
ずっと、名前を呼んで欲しかった。
五十嵐ではなく『レオ』と──
でも……もう、いいよ。五十嵐でも。
君が、俺の名を呼んでくれるなら
君が、俺を忘れずにいてくれるなら
もう『執事』のままでもいい。
だから、これからは、一緒に苦しんで?
執事を好きになってしまったこと
執事とキスをしたこと
執事に愛されたこと
それを一生、忘れずに、苦しめばいい。
例え、ここで、君に嫌われたとしても、君の中で、一生、生き続けることができるのなら
俺は、きっと『幸せ』だから───
「愛していますよ、お嬢様──」
視線を合わせ、そう囁けば、頬には、静かに涙が伝った。
結月の目尻に流れ落ちた、それが自分のものだと、気づいたのは、それから、暫くたって
結月が眠りについた後のことだった。
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