お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第12章 執事の恋人

お嬢様の役目

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 自宅に戻り、玄関の戸を閉めると、ルイは深く息を吐いた。

 洗面室に行き、手を洗う。すると、ふと鏡に映った自分を見て、また、ため息を吐いた。

「……はぁ、女の子の秘密を暴露するなんて、僕の趣味じゃないんだけどなぁ」

 何度と思い出すのは、結月のあの言葉。

『絶対に、誰にも言わないでください!』

 出来るなら、言わずにいてあげたかった。
 だが、話してしまった。

 それも、一番知られたくないと言っていた、あの執事に──


「ごめんね……」

 誰もいない自宅で、小さく呟く。

 自分が決めたこととはいえ、思ったよりダメージが大きかった。しっかり約束したわけではないが、それでも、彼女には悪いことをしてしまった。

 今後、あの執事が、どのような行動にでるかは分からないが、この先、レオが動けば確実に彼女は気づくことになるだろう。

 ルイが、レオに話したという事実を──


「こんなことなら、とんでもない悪女演じとくんだったな」

 鏡に向かって呟けば、女に成りすました自分が、とても悲しそうな顔をしていた。

 レオの顔を立てて、それなりに”いい女”を演じたのが仇となった。こんなことになるなら、もっと別れてもおかしくないような最低女を演じておくべきだった。

「にゃー」

 するとそこに、レオの愛猫であるルナが小走りでやってきた。ルイが目を向ければ、どうやら、洗面室の前で様子を伺っているようだった。

「おいで、ルナちゃん」

 未だ女装姿だが、いつものように声をかければ、ルナは、すぐさまルイの元にかけ寄ってきた。

「みゃぁ~」

 足元でじゃれつくルナは、まるで傷心中のルイを慰めるように、鳴き声を上げ、ルイはその愛らしい姿に目を細めた。

「慰めてくれてるの?」

 抱き上げ、滑らかな毛並みを撫でながら、ルイは、どこかほっとしたように呟く。

 レオと離れて、自分の元に預けられ、ルナだって心細いだろう。それなのに、こんなにも可愛い子を置き去りにして、あの二人は何をしているのだろう。

「ホント、君のパパとママは、世話が焼けるね?」

「にゃー」

「はは、ルナちゃんもそう思う?」

 ルナの返事に、ルイはくすくすと微笑んだ。

 多少のダメージは受けたが、それでも、結月に会うと決めた時に、それなりの覚悟はしていた。

 男とバレるかもしれない覚悟と、例え、どんな悪者になったとしても、自分だけは、レオの味方でいようと──…

「大丈夫だよ。後悔はしてないから。あんなに想いあってる二人が一緒になれないなんて、残酷すぎるからね」

 そう言って、また微笑む。


 ねぇ、レオ──

 今日、君に言った言葉は
 全部、僕の本心だよ。

 もう、忘れられたくないのなら
 本気で彼女を手離したくないなら

 少しくらい、ワガママになってみなよ。


 結月ちゃんが、困って困って


 どうしようもなくなるくらいにね?





 ✣

 ✣

 ✣




「はい、では……来週」

 広間の端に備え付けられた電話の前で、結月は静かに受話器を置いた。

 あのあと、婚約者の冬弥とうやに電話をかけた。初めはメイドが出て、その後すぐに冬弥に繋いでくれた。

 緊張で、冷や汗が流れた。

 あの日、お酒を飲まされた恐怖心が蘇ってきて、あまり話す気にはなれなかった。

 五十嵐から、あれはホテル側のミスだったと聞かされたのにも関わらず

 何故か、不安が消えなかったから──…

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ」

 電話する結月の背後から、恵美が声をかけた。

 恵美とて、不安だった。恵美は、結月から、親の決めた相手と結婚させられると聞いていた。

 なにより、冬弥と電話する際の結月の緊張が、恵美にも伝わってきたから……

「うぅ……お嬢様ぁぁ」

「恵美さん、泣かないで。私なら、大丈夫よ」

「大丈夫じゃぁ、ありませんよ~」

 まるで、結月の代わりと言わんばかりに、泣き出した恵美をみて、結月は苦笑する。

 恵美の言う通りだ。
 本当は大丈夫ではない。

 でも──

「ありがとう。でも大丈夫。いつかこんな日が来るって覚悟はしていたの。それに、冬弥さんは素敵な方よ。お父様たちが選んだ方だもの。だから、恵美さんたちも、冬弥さんのことを、いずれは阿須加家の御当主になるつもりで接してほしいの」

「……っ」

 御当主──その言葉に、結月の覚悟が伝わってくる。

 婿を取り、男児をなすことが、阿須加家の娘として産まれてきた、自分の役目なのだと──

「ッ……かしこまりました。でも、私はどんな時でも、お嬢様の味方ですから!」

「……ありがとう」

 涙目の恵美の手を握り、結月は優しく微笑んだ。

 覚悟はしてる──それに、自分が迷っていては、この屋敷の使用人たちに、また心配をかけてしまう。

(……大丈夫。また、好きになれるわ。冬弥さんは、あのモチヅキ君だもの)

 冬弥さんと過ごすうちに、いつの日か、失った記憶を思い出すことも来るかもしれない。

 現に少しずつだけど、思い出してきた。

 だから、きっと

 あの幼い日の、恋心も───…



 バタン──!

 瞬間、広間の扉が開いた。

 見れば、いつもは冷静な執事が、珍しく息をはずませていて、その取り乱した姿に、結月と恵美は瞠目する。

 もしかして、走って帰ってきたのだろうか?

「お嬢様……っ」

 そう言って、真剣な表情で駆け寄ってきた執事に、結月は無意識に頬を赤らめた。

 ダメだといいきかせているのに、体は自然と熱くなる。なにより

(私のために、急いで帰ってきてくれたの?)

 そう思うと、胸の奥が、さらにドキドキと脈打つ。

 五十嵐が、心配してくれることが、こんなにも、嬉しい。

 だが、その後、見つめ合えば、結月は慌てて視線をそらし、そして、レオはそんな結月を見て、先程のルイの言葉を確信した。

 赤らんだ頬に、思いの外、動揺してしまう。

(結月は今、俺の事を──)

 恵美がいるこの状況で、確認することは出来ない。
 
 だが、それが必要ないくらい、結月の頬は赤らんでいて、その顔をみれば、前よりもいっそう、冬弥に渡したくないという感情が色濃くなっていく。

「……お嬢様。冬弥」

「あのね、五十嵐!」


 だが、冬弥のことを聞こうとした瞬間、レオと結月と言葉が重なった。

 ほんの一呼吸、間を開けてキュッと唇を噛み締めると、結月は、視線を落としたまま話し始めた。

「あのね。来週、冬弥さんとお会いすることになったの。だから……冬弥さんと会う段取りを……五十嵐、たててくれますか?」

「……っ」

 だが、その言葉に、レオは言葉を失った。

 段取りをたてろ。それはつまり──

「餅津木 冬弥と、二人っきりで、お会いになるというのですか」

「……そうよ。冬弥さんは、いずれだもの、いつまでも避けている訳にはいかないし」

「…………」

 それは、あまりにも残酷な言葉だった。

 こんなにも、結月の言葉を聞きたくないと思ったことはなかった。

 最愛の人から紡がれる言葉の一つ一つが、こんなにも、心を抉るなんて──

(やっと、好きになってくれたのに……っ)

 お嬢様と執事という、主従関係があっても尚、また好きになってくれた。

 それは、あの頃の『望月レオ』ではなかったけど、今度は『五十嵐 レオ』として、結月が自分のことを好きになってくれた。

 それなのに──…


「五十嵐、お願いね?」

「………」

 再度、念押しするように問いかけられて、レオは承諾の言葉を飲み込んでしまいたかった。

 できるなら、会わせたくない。
 絶対に奪われたくない。

 だが、それをギュッと堪えると

「……畏まり、ました」

 お嬢様の言葉を必死に受け入れ、レオは執事としての立場を全うしたのだった。
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