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第12章 執事の恋人
好きな人の幸せ
しおりを挟む「実は今、冬弥様から、お電話が入っておりまして、お嬢様に繋いで欲しいと」
「え? 冬弥さんが?」
恵美の言葉に、室内の空気が一変する。
冬弥──それは正しく、結月の婚約者の名前だったから。
例の誕生パーティー以来、結月は、冬弥から何度と手紙や花束を贈られていた。だが、電話が来たことは、今まで一度もなかった。
それなのに──
「あ……ごめんなさい。今は来客中だから、後でかけ直すと伝えて」
とっさに、そう言ったのは、まだ覚悟ができていないからだ。
餅津木 冬弥と、話す覚悟が──
「かしこまりました。では、後ほどかけ直すとお伝え致します」
「えぇ、お願い……」
心なしか青ざめた表情で結月が頷けば、恵美は心配しつつも一礼し、また扉を閉めた。
その後、部屋の中は再び結月とルイだけになり、シンと静まる中、ルイが結月を気遣い声をかける。
ルイは、レオから結月の婚約者のことも、ある程度聞かされていた。
ワインを飲まされ、無理やり手篭めにされそうになったことも……だからか、結月が今どれほどの不安を抱いているか、わからないわけではなかった。
『結月ちゃん、大丈夫?』
「あ、はい。あの、ルイさん、お願いです! さっきのことは、誰にも言わないでください!」
『え?』
だが、その後、結月は、ルイと目を見るなり切実に訴えてきた。
さっきのこととは、きっと、執事を好きになってしまったこと──
「お願いです。特にうちの執事には、五十嵐には、絶対に言わないでください。知られたら、きっと困らせてしまいます。……それに、今日、ルイさんに、お会い出来てよかったといったあれは、私の本心です。五十嵐の彼女が、ルイさんで良かって、本当に思ってるんです。おかげで、五十嵐のことを、しっかり諦められます。ルイさん──どうか五十嵐と幸せになってくださいね」
『……っ』
幸せに──その言葉に、ルイは妙な焦りを覚えた。
──ああ、ダメだ。このまま、誤解したままでいたら、彼女は本当に、レオのことを諦めてしまう。
『待って、結月ちゃん。話を』
──コンコンコン!
『!?』
だが、またもや扉をノックする音がして、ルイは、その先の言葉を咄嗟に飲み込んだ。
それが誰かは、すぐに分かった。
あの男が、冬弥から電話があったと聞いて、結月の元に飛んでこないはずがない。
「失礼致します、お嬢様」
「五十嵐」
『…………』
案の定、やってきた執事に、ルイも笑顔ではいられなくなる。次から次へと邪魔がはいり、話すタイミングを完全に逃してしまったから。
「お嬢様。先程、冬弥様からお電話があったと」
「えぇ、大丈夫よ。このあとすぐにかけなおすわ」
心配する執事を見て、結月は安心させるため必死に笑いかけた。そして
「五十嵐、今日は私のわがままを聞いてくれて、ありがとう。ルイさんとお話できて、とても楽しかったわ。それにルイさんも、今日は本当にありがとうございました。よかったら、また遊びにいらしてくださいね」
『…………』
柔らかな笑みをうかべて、結月がルイに感謝の気持ちを伝える。
きっと、これも本心なのだろう。好きな人の恋人に嫉妬一つせず、また会いたいと言っている。
きっと、自身の立場をしっかり受けいれているのだろう。そして、その上で執事の……好きな人の幸せを切に願ってる。
(……思っていたより、強いな)
正直、もっと弱々しいお嬢様だと思っていた。だけど、その見た目とは違い、心根はとても強い子なのかもしれない。
「五十嵐、ルイさんを、送っていって差し上げてね」
すると、結月が再度執事に呼びかけて、レオが反論する。
「お嬢様、ルイなら一人で帰れます。そこまでお気遣い頂かなくても」
「ダメよ。もう夕方だし、こんなに綺麗な方を一人で帰せないわ! それに、五十嵐だって心配でしょう?」
(いや、全く)
そう心の中で呟きつつ、レオは苦笑する。
確かに、今の見た目は女だが、ルイはれっきとした男だ。仮に何かあっても、返り討ちにできる。
だが、あくまでも"彼女"として扱わなくてはならない以上、下手なことは言えず、レオは『お前からも断れ』と言わんばかりにルイを目配せする。
だが、ルイは
『ありがとう、結月ちゃん。じゃぁ、お言葉に甘えて、レオに送ってもらおうかしら』
「……!?」
あろうことか、ルイは、レオの望みとは真逆のことを言いだして
(っ……何言ってるんだ、ルイのやつ)
レオにとって、今なによりも大事なのは、偽物の彼女(男)ではなく、どう考えても結月だ。
だが、そんなレオの気持ちに気づいているはずなのに、ルイは、レオを完全に無視し、改めて結月に挨拶をする。
『それじゃぁ、またね、結月ちゃん!』
「はい、気をつけて。五十嵐、ルイさんのことお願いね」
「っ……」
『ほら、レオ! 行きましょう~』
困り顔の執事の腕を容赦なく掴むと、ルイは結月に手を振り、部屋の外へと出ていった。
そして、その後、扉が閉まるのを見届けたあと、結月は、振り返していた手を下ろし、小さく息をついた。
(……ルイさんの秘密って、なんだったのかしら?)
正直、少し気になった。
それに、できるなら、もう少し話していたかった。
だが、窓の外を見れば、空はもう既に夕日色に染まっていて、結月は悲しそうに目を細めた。
楽しい時間は、いつもあっという間。
そして、これからは
(……冬弥さんに、連絡しなきゃ)
──現実を、見つめる時間だ。
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