お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第12章 執事の恋人

核心

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(あ、あの二人、何してるの!?)

 執務室の中から聞こえてきた声に、恵美は顔を真っ赤にして立ち尽くした。

 確かに、二人は恋人同士。だが、いくら久しぶりに会えたからって、屋敷の中で!?

 恵美の頭の中では、ぐるぐると二人のいやらしい光景が浮かび上がる。

 だが、ただの友人同士でしかないレオとルイが、恵美が想像するようなことをしているはずがなく、事の発端は、今から数分前に遡る。


 ✣✣✣


「お前、胸の形 崩れてないか?」
「え?」

 きっかけは、レオのこの言葉だった。

 胸の形が崩れてる──そう言われ、ルイが自分の胸元を見れば、確かに左右の胸の高さが違っていた。

 どうやら、結月を抱きとめた際、その反動で形が崩れてしまったらしい。

 だが、それも無理もない話だった。さすがのルイも女性物の下着をつけるのには抵抗があり、胸のふくらみは、タオルを詰め、サラシでぐるぐる巻きにしているだけなのだから……

「あらら、これはマズイね。ちゃんと直してから行かなきゃ」

 そう言うと、ルイはそそくさと服を脱ぎ始めた。

 ワイン色のセーターを脱げば、華奢な男の上半身が現れる。だが、下はスカートを履いていて、顔も化粧をし女の顔になっているからか、その姿は、あまりにアンバランスで、レオはあからさまに眉をしかめた。

「おい、いきなり脱ぎ出すな。せめて、カーテンと鍵を閉めてからにしろ」

 そう言って、レオが執務室のカーテンと鍵を閉めれば、それを見て、ルイは素直にお礼を言う。

「ありがとう。でも、使用人はみんな屋敷の中だし、外から誰かに覗かれる心配はないんじゃない?」

「念の為だ。それより、今度は崩れないように、きつくしめとけよ」

「わかってるよ。でも、僕サラシなんて今まで巻いたことなかったし……そう言うなら、レオが締めてよ」

「はぁ……なら、きつく締めてといてやるから、じっとしてろよ」

 一般的にサラシを巻く機会なんて早々ない。特にフランス人のルイには、全く馴染みのない言葉だろう。
 そんなわけで、胸の(タオルの)形を整えつつ、レオがサラシを締めることになったのだが……

「痛ッ……ちょっとレオ、締めすぎ!?」

「そうか?」

「そうだよ! これじゃ、まともに息できないんだけど……っ」

「大袈裟だな。また緩んでタオルつめた男だってバレるよりはいいだろ」

「っ……そうだけど」

 バレないためとはいえ、容赦なく締め付けるドSな執事に、ルイは若干不服そうな顔をした。だが、バレたくはないのはルイも同じで、結局、それを素直に受けいれたのだが……

「あっ、レオ……っ」

「ルイ、もう少し声抑えろ」

「っ……そんなこと、言われても……レオが、優しく、して、くれないから……っ」

「してるだろ」

「してな……、あっ、や……待って、それムリ……っ」

「いいから、じっとしてろ。すぐ終わらせるから」

 若干、苛立ちながらも、レオが手早くサラシをしめる。
 だが、まさかそんな二人の会話を、恵美が聞いているなんて思いもせず、ルイの声は、更に苦しそうな声に変わっていく。

「んッ……レオ、僕もう……無理ッ……それに、早く……結月ちゃんの所、戻らないと……っ」

「わかってる。もう終わるから、じっとしてろ」

「んッ……じゃぁ、早く、終わらせてよ……っ」

 再度、説明しますが、彼らは、ただサラシを締めてるだけです。
 だが、恵美には一切そうは思えず、その後、荷物も渡せず部屋の前から逃げ出した恵美は

「愛理さーん!!」

 なんと、キッチンにいるシェフに泣きついていた。

「なに? どうしたの、恵美!?」

「い、今、執務室で、ルイさんと五十嵐さんが!?」

 顔を真っ赤にした恵美に、愛理は一回首を傾げるが、その後からかい混じりに

「なになに? もしかして、二人で、エロいことでもしてた~?」

 するとその言葉に、恵美の顔は、最高潮に赤くなって

「え!? ちょ、マジなの!?」

「マ、マジです!! さっき、すっごく色っぽいルイさんの声が聞こえてきて! それに、もしかしたらルイさん、男かもしれないです!!」

「はぁ!? いや、話がよく分からないんだけど!? あのルイさんが、男なわけないじゃん」

「で、でも、さっき『僕』って言ってて……それに、声もちょっと低くなってたし」

「いやいや、落ち着きなさいって。たまに僕っ子の女の子いるじゃん。お嬢様の前では、無理して私言葉、使ってたのかもしれないし」

「そ、そうですけど……でも、そうだとしても、私達の目を盗んで、屋敷の中であんなこと!」

「相原さん」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 瞬間、執事に名を呼ばれ、恵美が悲鳴をあげた。

 恐る恐るキッチンの入口を見れば、そこには、今まさに噂をしていた二人が立っていて

「すみません、相原さん。ティーカップが割れてしまったようなので、このカップを処分して、代わりのカップを用意して頂けますか?」

 と、割れたティーカップがのったお盆を手にした執事が、いつもと変わらず淡々と指示をしてきて、恵美は目を丸くする。

 その姿からは、さっきまで恵美が想像していた卑猥な情景など一切結びつかない程、あまりに清麗としていて……

「え?……カップ?」

「はい。私は、別の部屋にお嬢様達を案内してきますので」

『ごめんなさい。メイドさんたちの手を煩せてしまって』

 その後、ルイがにこりと微笑むと、恵美は更に困惑する。

(あれ? なんで、2人とも普通なの?)

 さっきまで、してたのに?

 もはや、頭の中はパニックだった。それに、改めて見れば、ルイはどう見ても女の人で……

「じゃぁ、後はお願いします」
「あ、はい!」

 すると、その後ティーカップをテーブルに置いたレオは、ルイと共にキッチンから出ていって、それを見た愛理が、改めて恵美に問いかける。

「あの二人、本当に、エロいことしてたの?」

「あ、あれ? 私、夢でも見たんでしょうか?」



 ✣

 ✣

 ✣



「五十嵐、ごめんなさい、私のせいで」

 その後、別の部屋を用意したきたレオに、結月が申し訳なさそうに、頭を下げた。

 カップを割ったことを反省しているのか、酷く落ち込んだ様子の結月をみて、レオが優しく声をかける。

「お嬢様、頭をあげてください。お嬢様にお怪我さえなければ、それで良いのです。どうか、お気になさらずに」

「…………」

 いつものように、自分を敬う執事に、結月は自分の至らなさを更に憂う。

 そして、その後また別の部屋に通されて、結月は執事が居なくなった部屋の中で、小さく息をついた。

「はぁ……」

『結月ちゃん、そんなに落ち込まなくても、レオなら怒ってないよ』

 隣に座ったルイが、気を利かせて結月を慰めるが、結月の気持ちは、ずっと沈んだままだった。

「ルイさんは、凄いですね」

『え?』

「だって、ルイさんは、五十嵐のことをすごくよく理解しているし、私なんかよりもずっと綺麗だし、気も利くし、女性として完璧で……」

『そ、そう……かな?』

 女として、むちゃくちゃ褒められたことに多少複雑な心境になるが、なんだか、さっきとは様子の違う結月に、ルイも困り果てる。

(カップを割ったのが、そんなにショックだったのかな?)

 それとも──

『そうだ。さっきの話、聞く?』

「え?」

『レオの話』

「…………」

 レオに口止めされていながらも、ルイは改めて結月に問いかけた。だが、結月は、その後、視線を落とすと

「……いいえ」

『知りたくないの?』

「……はい。私が知る必要は……ありませんから」

 そう言って、結月はスカートを握りしめた。

 知っても、ルイには、絶対に敵わないと思った。いや、敵う必要など、もとからなかったのだ。

 むしろ、ハッキリ敗北して、良かったのかもしれない。

 これできっと、断ち切れるはずだ。
 この想いを──

「ありがとうございます、ルイさん。五十嵐が、なんでルイさんを好きになったのか、よくわかりました。私、今日、ルイさんにお会いできて良かったです」

『…………』

 柔らかく微笑み、お礼を言う結月にルイは首をかしげた。

 穏やかに──だが、その結月の表情は、今にも泣き出してしまいそうなほど、苦しそうにも見えた。

(あー……、そういうことか)

 すると、ふと何かを確信し、ルイは、再び結月と視線を合わせる。

『結月ちゃん、だよね?』

「え……?」






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