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第12章 執事の恋人
レオとルイ
しおりを挟む(はぁ……なんだか緊張してきちゃった)
普段と変わらぬお嬢様の部屋。だが、ため息をついた結月は、いつもとは違う意味で緊張していた。
両親が尋ねて来た時や、お客様を招く時とは、また違った緊張。
だが、それもそのはず。なぜなら今日招いた相手は、好きな人の恋人なのだから──
(……落ち着かなきゃ)
すると結月は、再び深呼吸をして、あの小さな『箱』を握りしめた。
幼い頃から、緊張した時、辛くて泣きそうな時などには、よくこの箱を手にして気持ちを落ち着かせていた。
何も入ってない、空っぽの箱。
だけど、不思議と何かが入っているようにも感じて、何度と中を見ては、温かい気持ちになった。
まるで、願いのような、希望のような、そんな、何かわからないものに縋りついて、他人が見たら酷く滑稽かもしれない。
だが、それでも自分は、たとえ記憶をなくしても、この箱に、何かを求めているのだろう。
「モチヅキくん……」
ボソリと呟いて、また箱を優しく握りしめた。
この箱をプレゼントしてくれたのは、きっとモチヅキ君。
だけど、何故か未だに思い浮かぶのは、あの餅津木 冬弥ではなく、少年の頃のモチヅキ君だった。
(モチヅキ君は、冬弥さんなのよね。なら、きっとまた、好きになれるはずよね?)
幼い頃の恋心を思いおこす。
話をするのが楽しかった。
会えるのが待ち遠しかった。
一度、芽生えた恋心。
あの時、自分は確かモチヅキ君が好きだった。
なら、また好きになれる。
でも、そのためには、今あるこの気持ちを
なんとしなくては───
(大丈夫……忘れられるわ)
執事を好きになってしまったのは、きっと、餅津木くんのことを忘れていたから。
だから、今日、五十嵐の恋人に会えば、きっと、忘れられるはずだ。
結月はそう願いながら、また箱を握りしめた。
✣
✣
✣
「お嬢様!」
その後、結月が箱を机の中に戻すと、その瞬間、扉を開けてメイドの恵美が顔を出した。
少し興奮しているような、その恵美の様子に、結月が目を見開くと
「お嬢様、来たみたいですよ! 五十嵐さんの彼女が!」
「え、ホント?」
「はい! なんだかドキドキしますね!」
「ふふ。恵美さん、なんだか楽しそうね」
「そりゃぁ! 私たち、ずっと気になってたんです、五十嵐さんの彼女! でも、まさかお嬢様もだったなんて!」
「え? あぁ、そうね……!」
「五十嵐さんの彼女、お嬢様と同い年みたいですし、お友達になれるといいですね?」
「お友達……?」
結月の手をキュッと握り、笑顔を向ける恵美を見て、結月も小さく笑みを浮かべた。
(そっか。五十嵐の彼女さんって、私と同い年なのね?)
日頃、この屋敷に招かれるのは、両親と関わりのある人ばかりで、自分から誰かを招いたことなんて一度もなかった。
だからか、不安や緊張も確かにあるが、少し楽しみでもあった。
自分と同じ人を好きになった、自分の知らない世界を知っている女の子と、話ができるから──
「さぁ、行きましょうか、お嬢様!」
「そうね」
恵美が結月の背中に手を添えると、結月も微笑んだ。
(お友達になれるといいな?)
そして、そんなことを思いながら、結月は部屋をあとにした。
✣
✣
✣
(まぁ……なんて綺麗な人なの)
そして、結月が一階に下りると、目的の人物はもう到着済みなようで、執事の隣には、金髪の美しい女性がたっていた。
異国の色特有の鮮やかな金の髪に、深いブルーの瞳。
その物珍しい姿もだが、見ればその女性は、まるで人形のように整った美しい顔立ちしていて、その姿には、結月のみならず、傍らに立つ恵美や物陰から様子を伺っている愛理も、同時に息を飲んだ。
(うわぁ、めちゃくちゃ美人)
(ていうか、背高ッ!)
(なんだか、モデルさんみたいね)
愛理、恵美、結月とそれぞれ心の中で呟く。
やはりイケメンの彼女は、美人だった!
三人が納得していると、今度は、その女性の横に立つ執事が、結月に向かって声をかけてきた。
「お嬢様、紹介致します。彼女のルイです」
『初めまして。今日は、お招き頂きありがとうございます』
不本意ながらも、横の男を念のため彼女だと紹介すれば、またもやどこから出したのか、いつもよりワントーン高い女らしいルイの声が響いた。
だが、いくら上手く化けたとはいえ、やはり中身は男。この第一声で気づかれてしまう可能性は十分にあった。
だが、結月は──
「いぇ、こちらこそ、私のわがままに付き合わせてしまって。あの、来て頂けて嬉しいです! それに五十嵐も、私のお願い叶えてくれてありがとう。とても素敵な彼女さんね!」
(……俺の彼女、お前なんだけど)
(うーん。思ったより、チョロいかも? 全くバレてないや)
なんの疑いもなく彼女だと信じ込む結月+α。それを見て、レオとルイはほっとする。
なぜなら、今ここでルイが男だとバレたら、色んな意味で終わるからだ!!
「あの、ルイさんと、お呼びしていいのかしら?」
「はい。ルイのことは、お嬢様の好きにお呼びください。また、もしルイがお嬢様に不躾なことを致しましたら、すぐさま私にお申し付けください」
「な、何言ってるの! 私が無理言って来てもらってるのよ。ルイさん、どうか、かしこまらず普通にしてくださいね?」
『ありがとう。では、お言葉に甘えて、結月ちゃんと呼んでもいいかしら?』
「!?」
瞬間、横から聞こえた言葉に、レオは眉をひそめた。
日頃、結月のことを「結月ちゃん」と読んでいるルイ。だからか、墓穴を掘らないように対処したのかもしれないが、今はなんと言っても執事の恋人役だ。
さすがに、恋人の主人に「ちゃん付け」はいかがなものか?
「おい、ルイ」
『あ、ダメだった?』
「当たり前だろ」
『そっか。ごめんなさい、結月さん、失礼なことを』
「あ、結月ちゃんで、大丈夫です! 確かに私は五十嵐の主人ですが、そんなこと気にせず、好きに呼んでください! 五十嵐、私はルイさんと普通にお話したいの! だから、ルイさんのやりたいようにさせてあげて!」
(……やりたいように?)
それはそれで不安でしかない。
だが、主人の命令は絶対。
ここで、NOというわけにもいかず……
「……かしこまりました」
『ありがとう、結月ちゃん。実はレオの話を聞いて、私もずっと結月ちゃんとお話してみたいと思ってたの!』
「そうなんですか」
『えぇ。あと、これ良かったら』
「まぁ、ありがとうございます! 私ここのお菓子、大好きなんです!」
『良かった~♪』
「あ。今、お茶を淹れさせますね。どうぞ、あちらの部屋へ」
すると結月は、応接室の方にルイを誘導する。
見た感じは、可愛い女子が二人で和気あいあいと話をしているようにみえる。
だが、その片方は男で、もう片方は、レオが命より大事にしている正真正銘の恋人!(ただし、忘れてる)
レオは、そんな結月とルイをみて複雑な表情を浮かべたが、そんな姿には全く気づかず、横にいた恵美がレオに話しかける。
「五十嵐さん! あんな美女、どうやって口説き落としたんですか!?」
(口説いてねーよ)
あんな自由奔放すぎる男を、口説いた記憶はない。
だが、一応、フランスにいた時の幼なじみで、レオから告白したという設定になっていた。
「ル……ルイは幼なじみで」
「あ! そういえば、もうプロポーズしたんですよね!? ってことは、いつか、あのルイさんと結婚するんですね!」
「…………そ、そうですねー」
お互いに、話が食い違わないように示し合わせたとはいえ、男との馴れ初めを緻密に考えた自分に、軽く泣きなくなったレオは、今日この日の成功を切に願ったのだった。
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