お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第11章 執事の誘惑

限界

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「……白木さん」
「え?」

 結月の声に、レオが驚きその先を見つめると、そこには確かに、白木しらき 真希まきと思わしき人物がいた。

 長い黒髪をした優しげな雰囲気の30代後半ぐらいの女性。そして、その女性は賑やかな公園の中で、一人でベンチに腰かけていた。

「白木さ──」

 瞬間、結月が、思わず声を発する。
 だが、その時──

「ママー!」

 と、白木のそばに、女の子が駆け寄ってきて、結月は息をとめた。

 髪をツインテールにした4~5歳の女の子。その子は、白木の元に駆け寄ると、ギュッと抱きつき、そして、その後を追うように、父親らしき男性も近よってきた。

 それは、ごく普通の親子の光景だった。
 だが、結月は、それを見て視線を落とすと

「行きましょう……五十嵐」

 そう言って、また穏やかに笑った結月は、くるりと踵を返し、その場を立ち去った。

 そして、それから、どれほど歩いただろう。

 あまり人気のない場所までくると、結月は突然足を止めた。

 もう、子供たちの声も聞こえない。

 聞こえるのは、池の鯉が水面を跳ねる音と、風に揺れた紅葉が、ザワザワと靡く音だけ。

「お嬢様」

「あはは。ごめんね、急に……さっきの人ね。白木さんといって、前に少しだけ話したけど、昔、うちで働いていたメイドさんだったの」

「……」

「私の母親がわりみたいな人で……でも、私のせいで、急に辞めさせられちゃって」

「お会いしなくて、良かったのですか?」

「…………」

 背を向けたままの結月に問いかければ、結月はその後、何も言わず俯いた。

 会いたかったはずだ。
 ずっと、結月は白木のことを心配していた。

 自分のせいで、屋敷を追い出された彼女のことを──

「いいの……もう。白木さん、幸せそうだったし、安心したわ」

「……」

「本当はね。あの時のことを謝りたかったんだけど、わざわざ嫌なことを思い出させても悪いし……きっと、メイドを辞めてから、どこかで素敵な方と巡り会って、結婚したのね。白木さんなら、絶対に素敵なお母さんになれるって思ってたの。それに、あんなに可愛いお子さんもいるんだもの。きっともう、私のことなんて……」

「……っ」

 その言葉に、レオは無意識に結月の肩を掴み、そのまま自分の腕の中へと抱き寄せた。

 見ていられなかった。

 泣きたいのを必死に堪えて、気丈に振舞う姿があまりにも痛々しくて、レオはまるで自分の事のように、きつく唇を噛み締めた。

 だが、突然抱きしめられ、結月は酷く動揺する。

「ッ……五十嵐、どうしたの? 離して……っ」

「泣きたいなら、泣いてください」

「……!」

 すると、その言葉に、結月は目を見開いた。

 泣いていいと、抱きしめる腕に安堵する。

 それに、前にもこうして、抱きしめてくれたことがあった。昔の記憶を、すこしだけ思い出した時、錯乱した自分を、優しい抱きしめて、落ち着かせてくれた。

「こうしていれば、誰にも見られることはありませんから」

「……っ」

 その優しい言葉に、結月の瞳にはジワジワと涙が滲みでてくる。

 人前で泣くのは、はしたないことだと躾られた。何があっても、毅然とした淑女であれと言われ続けてきた。

 それなのに──

「……っ、うぅ……ッ」

 ギュッとレオの服を握りしめると、結月は肩を震わせ、声を上げて泣き始めた。

 白木を母親と慕っていた結月にとって、あの光景は、どんなに残酷な光景だっただろう。

 母のように思っていた人は、本当の母親ではなく、その上、その人には娘が出来ていて、きっと、思い知らされたのだろう。

 自分は、彼女の娘ではなかったと。

 そして、もうとっくに、忘れられているということに──

「っ……私ね、白木さんのこと……大好きだったの……お母様の代わりに、たくさん遊んでくれたわ。花を摘んたり、おままごとをしたり、絵本を読んでくれたり……っ」

「………」

「ずっと、白木さんが本当のお母さんだったら、良かったのにって思ってた……本当は、あんな家じゃなくて、もっと普通の家に生まれたかった。普通に家族でご飯を食べて、普通にお友達を作って、普通に──」

 ──普通に、恋だってしてみたかった。

「ッ、ぅう……っ」

 全身で、悲しいと、苦しいと訴えかける結月に、抱きしめる腕の力が更に強くなる。

 先日の冬弥の件で、結月は少なからず、自分の親に不信感を抱いていた。

 婚約者のことを、当日まで内緒にされていたこと、いきなり二人きりにされこと。

 お酒の件はもみ消されたが、それでも積もり積もった親の仕打ちに、結月の心は、もう限界が近かった。

 受験勉強にも身が入らず、時折、結婚したら学業はどうなるのだろうと、不安をこぼすこともあった。

「お嬢様──」

 腕の中の結月に呼びかければ、結月は、赤く腫らしたその瞳で、再びレオを見上げてきた。

 もう、こんなふうに、泣かせたくない。

 結月が限界のように、レオだって、もう限界だった──

「お嬢様……私に何か、叶えて欲しいことは、ありませんか?」

「え……叶えて……欲しいこと?」

「はい。お嬢様の願いなら、どんなことでも叶えて差し上げます」

「……っ」

 その言葉に、結月はまた涙を流した。

 ──叶えて欲しいこと。

 その問いかけに『ここから、攫って欲しい』そう、強く願って、また執事の服を握りしめた。

 もし、ここから逃げて、五十嵐と二人だけで暮らせたら、どんなに幸せだろう。

 でも、そんなこと、本当に叶えてくれるの?

 私が、五十嵐の彼女になりたいと言ったら、五十嵐は、私を選んでくれる?

「五十嵐……私……っ」

 頬には、とめどなく涙が伝って、同時に胸が苦しくなった。

 もしも、どんな、わがままも叶えてくれると言うなら……

「私───五十嵐の!」

 だが、その後、発した言葉に、レオは──

「…………はい?」
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